福岡にある「石田卓球クラブ」のモットーに

「練習は不可能を可能に変える」という言葉があるそうです。

調べてみると、これは小泉信三という方の言葉であると紹介されていることも多く、

他にも様々な業界の著名な方々が、モットーにしているようですね。

 

多くの方はすでに現場等でこの言葉を体感されてきた方も多いのではないでしょうか。

 

私が若い時に好んだ松下幸之助氏の書籍などでも

「道は無限にある」というものがあります。

「不可能を可能に変える」という言葉は、

これに通ずる言葉だと感じます。

一方、どこか楽観的で無責任に感じる側面もあるように思います。

 

お話をキャリアコンサルタントによせてみます。

 

キャリア形成支援の諸活動において、

初めての相談対応に緊張し、言葉が出てこなかった、何をどう聞けばよいのか、

どこに焦点を当てればよいのか、

迷いのなかで手探りをしていた頃があったと思います。

 

その一つひとつの経験的な学習がやがて確信に変わり、

「目の前の人の言葉・心に耳を澄ませよう」

「ここで必要なのは沈黙だ」

と判断できるようになっていくのだと思います。

 

これは感覚的なセンスだけで身についたものではなく、

実際に試行錯誤を繰り返した日々、

つまり、実践練習の積み重ねがもたらした成果のはずです。

誰もが最初からできたわけではないでしょう。

 

1級を挑戦している方にフォーカスしてみても、

初学者時代のご自身とは異なり、

また新たな「できない自分」(もしかしたら、できないと思い込んでいる自分かも)

に直面している方も少なくないことと思います。

スーパービジョンに近い形での事例指導というものを実技試験で求められることに、

戸惑いや不安を覚えている方も多いと聞いたことがあります。

 

1級キャリアコンサルティング技能検定実技試験の難しさは、

「自分が指導者・支援者として正解に導けば良い」

という姿勢からの脱却にある、というニュアンスを講座でお伝えしています。

 

目の前にいる事例相談者(相談に来ているキャリアコンサルタント)を理解しようと、

一貫して努力し続け、その人は育つのだという信念に基づき、

問われるのは「知識の量」や「理論の正確さ」だけではないはずです。

 

「相手の視点に立って共に考える姿勢」

「今目の前の事例相談者にとっての適切な問いかけは何かを見極める感性」

「相手の可能性を信じるまなざし」

といった、人間的なあり方の部分が大きくなるはずです。

技術を超えた関係性の技法でもあり、一朝一夕に身につくものではありません。

だからこそ何度も何度も練習する意味があるのだと思います。

そしてこれは1級に合格してもずっと続きます。

 

これまで個々がそれぞれに経験している個別の歩みが証明しているように、

人は練習を重ねることで「不可能を可能に変える」ということがあります。

 

事例指導の実践的練習を重ねるたびに、

「これは指導ではなく誘導だったのではないか」

「私が語ることで事例相談者の気づきを奪っていたのでは」

といった反省的な振り返りが浮かび上がってくるかもしれません。

それらをひとつずつ検証し、修正していく過程そのものが、

事例指導者としての感性を育ててくれるのだと信じています。

 

「どう練習したら良いのかわからない」

と感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

そして、1級への学びは孤立に陥りがちですし、

一方で、SNS等のコミュニティでのパワートーク等に影響を受けがち、

それに偏りがちだという見解もあります。

 

多数派的・嗜好性の高いネットワークから得られる情報だけでは、

それをいつまで・どれだけ掴んでいても、

個別である自分の中に落とし込みきれないことがあります。

また、自分より経験豊富な人と比べて自信をなくす、

どんな学習方法が正しいのか確信が持てなくなっていく。

そんな現象すら顕在化しています。

本当にもったいないことだと感じます。

 

こんな時、まず自分を心底信じ、

「すでに自身が持っている実践知」

だけを棚卸ししてみることも面白いです。

 

一旦、他から入ってくるものをシャットダウンする。

これは孤立とは異なります。

 

これまでにかかわってきたクライエントの方との対話の記録、

もしくはロールプレイ等で仲間と練習してきた記録やフィードバックのやりとり、

はたまた事例指導やスーパービジョンで得た学び…。

これらをじっくりと振り返ることで、

「これまでこんな感じに人と関わってきたのだな」

という自分自身の原点となるものが見えてくることがあります。

 

練習というものは、単なるロールプレイの反復ではなく、

自らの実践を素材とすることです。

だからこそひとりでじっと振り返ってみることが重要なのです。

 

「どんな支援を信じてきたのか」

「それをどう言葉にして伝えてみるか」

これらを探究する営みです。

 

自分を自分の言葉で語れるようになるまでに時間がかかるのは当然。

だからこそこのプロセスを誠実に歩む姿勢だ生まれ、1級にふさわしい実力にも繋がる気がします。

 

「不可能だ」と思える壁の前で足を止めがちですが、

普段、我々はクライエントに心で語りかけているはずです。

「できるかできないかではなく、やってみたいかどうか」

「今できないと思っても、学んでいけばきっと変われるかも」

 

それは決して言葉で人を誘導するわけではなく、

そのように前向きに変容していくであろうクライエント像を信じ、

その場にじっと見守っていく覚悟をもって臨んでいるのではないでしょうか。

 

自分自身に向けられてこそ真実の力を持つのだと思います。

 

練習には失敗がつきもの。

何度やってもうまくいかない日もあります。

 

その一つひとつが基盤となって、

ある日ふと、これまでとは違う見え方、感じ方、応答の仕方ができるようになる瞬間が訪れる。

これは誰しもが大なり小なり経験しているのではないでしょうか。

 

魔法のようなミラクルな変化ではありません。

 

日々の努力が静かに、しかし確実に積み重ねられた結果として訪れる変容なのだと思うのです。この変容の積み重ねが1級の力の本質です。

 

試験を「受かる・落ちる」の二択だけで捉えると、

その重圧に押しつぶされそうになることもあるかもしれません。

 

1級への挑戦というものは、試験という通過点を超えて、

キャリアコンサルタント人生としてのあり方そのものを問い直す道。

つまり「道は無限にある」ということでしょうか。

 

だからこそ、その時々での学びや気づきは決して無駄にはなりません。

このプロセスを経ることで、現場で出会う後進や仲間へのまなざしが変わっていく。

 

「あの人にもきっと、可能性がある」

「今はまだできないことがあっても、大丈夫」

そのように本気で思うことができる自身になるための道のりが、

1級に挑戦しているとき、目の前にあるように思います。

 

「練習は不可能を可能に変える」

単なる精神論ではありません。

 

すでに実証されたものを日々の実践のなかで見聞きし、または果たしてきました。

 

自らの学びを信じられることは大切です。

自身が今も育み続けてきている「他者を信じる力」を、

自分自身にも向けてみることで気付けることもあるのではないでしょうか。