本日から7月がスタートしました。
令和6年が始まってからちょうど半年が経ち、
その間に今年も様々な出来事がありましたね。
博多ではいよいよ祇園山笠の季節がやってきた感じが街中に漂っております。
これは本日の博多駅前の様子。
たまたま一時雨があがり、報道陣を含めてカメラを構える人だかりができていました。
博多祇園山笠では立派な公式ホームページがありますので、
関心のある方は以下URLから詳細をご確認ください。
https://www.hakatayamakasa.com/
さて、この半年間を振り返ってみて、
学んできたことが自身の諸活動等にどう活かされているだろうか…
と考えてみました。
3月には新たな1級キャリアコンサルティング技能士が誕生し、
微力ながら社会貢献につながっているところも少しはあるかな…と思います。
また、私の講座を受けて下さった方々には、
その学びが日頃のお仕事などに直接的に役立っていると報告をいただくこともあり、
これも私自身が学んでいることを伝えることによる成果・効果でもあると考えています。
その他、企業様への研修提供活動や働く人への個別面談、組織への介入、
キャリア形成支援者へのスーパービジョン実践等、
社会貢献につながることはそれなりにやってきているつもりです。
先日参加したあるワークショップにて、
私自身がテーマとしてグループに持ち込んだものがあります。
それは「この半年間における自己の学びを意味づけできることの重要さ」というもの。
「意味づける学び、意味づけない学び」というテーマにしたい気持ちがありましたが、
意味づけない学びというのは、表現にどこか違和感を感じたのでやめました。
半年という時間は、
学びの中でも驚くほどの成長と変化をもたらすことがありますよね。
その学びが、自己内で意味のあるものになるかどうかは本人のアプローチ次第。
学びを意味づけていく際に必要な要素を考えてみます。
ひとつには、目的意識の明瞭さ、明確さといったことがあると考えています。
これは、1級対策講座の中で最初に言葉にしたことですが、
意味づけられる学びをする人は、自分が何を達成したいのか、
なぜ学ぶのかを明確に理解しています。
要するに、自己の課題を明確にして講座に臨んでいたり、
その時々でのやるべきことを言葉にできるように準備をします。
そうした目的と目標があることで学びの過程が有意義になるでしょう。
だからこそ、自己の振り返りがより適切になり、何を学んだのか、
どのように自分が成長したかを自己評価できるようになるのだと思います。
すると次に進むべき方向や改善点が見えてくるということにもなります。
前述した通り、講座で学んだことを現場で実践してみるという努力も重要です。
学んだ知識を実際の生活や仕事に活かすことは、学びの価値を体感できるでしょう。
これは、新たな学びへの動機付けにもなり循環的な成長を促すと考えています。
決して固定観念にとらわれず、
学びの中で多面的、且つ新しい視点やアプローチを受け入れることができるには、
学んできたことを自己にいかに結びつけ意味づけらるか、
こうしたことはとても大変なことで、その大変さに不快感を伴うこともあります。
それが学びであるということにもなるのだと私は考えています。
学びをどこか他力本願的にしたり、他人事にしてしまっていたりすると、
自己内で意味づけられない学びにもなり兼ねません。
そうした傾向にある場合、目的の欠如が感じられ、
何のために今こうして学んでいるのかが不明確にもなります。
ここでの学びを作業や義務的に捉えがちで、学びの過程に不信感を持ち、
また、無味乾燥なものになりがちです。
すると、振り返りを怠ることにもつながり、
自己の成長や改善点を見つけることが難しくなり、
結果として学びの効果が薄れてしまう勿体無いことにもなるのかもしれません。
この場合、
例えば、固定観念の塊になっている状態にあることに気づけない場合もあります。
学びを狭めてしまうことのないよう
「これまで必死にこうしてきたのに」的なとらわれから解放されると楽にもなります。
これまでの努力も良かった、さらに180度異なる発想も面白い。
あらゆる異なりに豊かな驚きをもち、
変化を恐れず、柔軟に対応できることがとても重要ですよね。
この半年という期間が長かった、短かった、あっという間だった…
とそれぞれの表現があると思いますが、
同じその期間でも、上記のような要素を意識することだけでも、
ご自身の学びの質は飛躍的に向上するのではないでしょうか。
この過程で得られる成長や変化は確かな成果として自分の糧となります。