本日の福岡市内はとても良い天気で気温が20℃くらいあります。

もしかしたら桜の花がびっくりして少し開いているかな…

なんて思って福岡城跡近隣に行ってみたのですが…

まだでした^ ^

キャリアコンサルティング技能検定試験の合格発表頃には、

桜が開花をしているのではないかと楽しみにしています。


さて、

今回の記事についてタイトルをテーマに書いてみたいと思います。


キャリア形成支援者にかかわらず、

対人援助にかかわる諸活動等に携わっているひとは特に、

自身の中にある学びへの意欲や動機を持続的に喚起していくため、

大なり小なりなにかしらの工夫を凝らしていると思います。


中でも、

いつでも自身のコントールでできるセルフリフレクションは自己の主体性と自律性が問われますよね。


ここ数年、4月から5月に実施しているCVCLABの1級対策基礎講座でも受講者様と一緒に考える内容になるのですが、

自身の仕事の質を向上させる必要を真に感じていれば、

一つひとつの諸活動のリフレクション等がどれだけ意味があるかを経験していたり、

またそれを自ら積極的におこないたくなるものかもしれません。

どんな仕事に就いていたとしてもそれは同じことが言えるのだと思いますが、

なんにしろ、積み重ねていくとセルフリフレクションの限界も感じるようになります。


今回は上記の点にフォーカスして、

1級キャリアコンサルティング技能士による事例指導について考えてみます。


キャリアコンサルタント同士による事例指導…

事例相談者自身がひとりによる振り返りに限界を感じていることもあるでしょう。

または自己の環境内で振り返ることに頭打ちを覚えているかもしれません。


少し見方を変え、

事例相談者との関係性のうえで成り立つ事例指導という営みは、

事例指導者側が(こういうものだ)(こうしなければならない)(指導者が示さなければ)等

というような発想をわずかでも抱いていれば、

それはおそらく悩みや問題等をなんとなくでも感じている事例相談者に対して、

当事者の主体性や自律性を尊重しているかかわりからだいぶ離れてしまうことになり得ます。


勿論、事例相談者は常に主体性や自律性の質が高い状態にあるわけではなく、

例えば、

事例指導を受けるとき、

事例相談者自身が問題等を外在化し過ぎていたり、過度に内在化していたりする傾向にある場合もあります。


そしてそれは必ずといってもいいほど、

そのひとにとっての専門家としての価値観等が影響しているケースも多いものです。

※例え、環境に問題があるとしても多かれ少なかれ影響していることがある。


だからこそ事例指導者がそこで外側から変化を強制することは、

事例相談者からすると、その異なる意見をもつ事例指導者と、

益々共同的な作業を踏めなくなってしまうことにもなりそうです。


事例相談者が自分にあるものを事例指導者に対して自然にぶつけられるからこそ、

事例相談者には自己内での洞察が起こり、

事例相談者の内側からの創造的発想が豊かになっていくのではないかと考えます。


外側からの強制では自己洞察が起こりにくく、

洞察それなしには自らの豊かな発想は生まれないと思うのです。


事例指導者自身の経験値や価値観、

それらに関する発想等は今の事例相談者にまるで役に立たないことも多いのだと実感いたします。


事例相談者に脈々と流れている価値観や思想みたいなものに従っていくこと、

事例相談者の主体性や自律性が尊重された変化なりを事例指導者が側面的にサポートしていくしかできることはないのではないかと感じることが多いです。


これは私の現場感であり、

そして自分が無知であるからこそ恥や無力感、おそれをいつも抱いています。

それでいいわけではなく、終わりはないけれど、

これからも現場経験を含め、常に出会いやその環境などから学び続けるという動機をセルフ強化していく工夫を凝らし、

キャリアコンサルタントとしての主体的で自律的な活動の質を少しずつ深めていけたらと意識しています。


事例相談者も事例指導者もそういう意味では同じであると思っています。


だからこそ事例指導者の役割を担うひと、担おうとしているひとは、

事例指導というひとつの場において、

その全体での責任(事例相談者の主体性や自律性を尊重して強化していく責任)をもつ必要があるのではないかと考えます。

ケースの検討会ではないでしょう。