ホストファミリー体験日記 -8ページ目

ホストファミリー体験日記

日本で海外からの留学生を受け入れるホストファミリーを始めて10年が経過。いつの間にかゲストは25人を超えました。日本は狭くて、やっぱり世界はどこまでも広い。文化の違いに戸惑い、思考錯誤しながらの留学生との生活はどうして??だらけ。そんな多文化な日常の記録です。

新しいホームステイゲストが来た。国籍マレーシア、20代前半男性。名前は略して「キット」と呼ぼうかな。

ホームステイ3日目にして冷や汗をかいた。

キットの日本語はまだベーシックレベルなのでコミュニケーションがとても大変。英語は使おうとしないので、私もその気持ちを受けてすべて日本語で対応している。

ま、とりあえず鍵のかけ方やシャワーの使い方など最低限のルールを伝えて、後は少しずつ.......と思っていた。

その状態のまま3日目、私が朝仕事に出かけて夕方帰って来たら 、キットは昼間一人で家で過ごしたらしく家にいた。
「ポストの上、見ましたか?」
「ポスト?」
「手紙、手紙。」
「?」
「私はサインしました。」
「サイン!?」

要するに、「インターホンが鳴ったので出て、佐川急便が配達した封筒を受け取って、ボクの名前をサインして、靴箱の上に置いたよ。」という事だった。

ええーっ!!
それは困る!!
って言うか、それは予想してなかった私が甘かったか........??

しかも封筒はエコポイント還元商品の19500円分のJCBギフトカード.......。もう少し時が経っていて、お互い信頼関係ができていたら多分何でもない事で終わったと思うんだけど、

「PLEASE, PLEASE, IGNORE IT!!(頼むから出ないでくれ!!)」
と、思わず英語で叫んでしまった。

今までは私の留守中に留学生が勝手にインターホンや電話に出た事はなかったし、キットの日本語レベルが低いだけにその行動は私には意外だった。

これは何でもいつもより細かく指示しなきゃ、と思い、
勝手に引き出しとか開けないでね、とか、インスタントラーメンとか食べたい物があったら勝手に食べずにまず聞いてね、家のDVDとか見たかったら勝手に持ち出さないでまず聞いてね.........何でも、とにかく勝手にせずにまず私に聞いてね!!

...........と、結構しつこく言った(笑)。キットはかなり天然で素直っぽいので、このホームステイがうまくいくかは調教次第かなぁ。


070411
我が家でのホームステイ最後の週、メキシカンはとても忙しかった。数々の友達が彼の送別会を開き、彼が行き残した社寺を回り、レンタサイクルを返却し、その後の日本一周プランを組み立てる。

そんな中、彼がメキシコ料理を披露してくれた。

彼は授業の後ダッシュで食材の買い物に行って帰宅し、急いで調理。7時前に帰って来て、8時に出来上がったのは上出来。

シュリンプカクテル
(冷たいトマトスープ。エビ、トマト、アボカド入りで、リッツの上に具を乗せて食べる。)
エンチラーダス(シュレッドチキンを巻いたトルティーヤにトマトベースのソースとチーズをかけて加熱したもの。)
ライス(感じはケチャップライスに近い。)

サングリア(ワインのカクテル。)

大成功だった!
子供達も喜んでパクパク食べていた。

メキシコ料理とは.........という話を彼は普段いっぱいしてくれていたが実際に想像するのは難しく、本当に美味しいのか正直少し疑問を持っていた。
勿論日本で入手できる材料も限られているので、妥協した食材もあったにもかかわらず本当に美味しかった。

メキシコの彼の家ではメイドが料理をするので自分で作ったのは初めてだったらしい。「子供の頃メイドが料理するところをよく見ていたし、勿論味は完璧に知っているから、何とかできるだろうとは思っていたけど......うまく行って本当に嬉しい。実はもしうまく行かなくて最悪なディナーになったらどうしよう~って不安もあった!」ってさ。

残っていたエンチラーダスとライスが次の日の夕食になった。子供は2人共ペロリと平らげ、もっと食べたいと文句を言った。

材料を買って来たので、今日私がエンチラーダスを作ってみようと思う。
我が家にホームステイしたメキシコからのゲストとお別れの時、手紙を渡した。ホームステイ終了がカウントダウンに入ってもしんみりとした会話はお互い全くしなかったし、明らかに私はお別れを直視したくなかったのでできなかった(笑)。伝えたい事はものすごくたくさんあるのに、最後の最後までそんな話はきっとできないだろう。

メールじゃなくてあえて便箋に手紙を書いた。

とても時間がかかった。第二言語という問題以上に、言葉で表せない気持ちがいっぱいある事に気が付いた。

それをできるだけ正直に書いた。こんな風に手紙を書くのはどれくらいぶりだろう。自分が思った事を、何の駆け引きも計算もなしに素直に綴れるのは、きっと相手が彼だからこそだったと思う。

彼と本当のサヨナラをして家に帰って来た後、デスクの上に彼がずっと読んでいた本と彼のお気に入りのDVDが置いてある事に気が付いた。本の表紙をめくると短いメッセージが書いてあった。

These are for you.
I don't even know how I can begin to say
"Thank you for everything".

この短いシンプルなメッセージが、私にとってとてつもなく大きな意味を持っている気がした。言葉はいらないと今までずっと思ってきたけど、それはそう思った方が明らかに楽に次に進める事を知っていたからに過ぎない。

やっぱり涙がこぼれた。

次の日、彼から電話がかかってきた。私が書いた手紙は、謙虚で、とても丁寧に言葉を選んでいて、日本庭園の様な手紙だと言った。

何じゃそりゃ。

行間の意味を読み取ろうと何度も読み返したと。日本語は言葉と言葉の間にとても重要な「間」があって、言葉以上の意味を持つ。彼はきっと私の書いた英語にそれを感じたのだろう。

「アメリカ人は絶対こんな風に文章を書かない。」ってさ。

それって褒め言葉?!

便箋を使う手紙の問題はコピーを取らない限り渡した内容は自分で見返す事ができない。でも残してある簡単な下書きを読み返すと決定的な文法間違いが.....!!

あぁ、やっぱりもっとスキルをあげなきゃ........。


221110
メキシカンの日本滞在は、日本語の勉強を第一の目的としていた訳ではなく、リラックスが第一だったと思う。大学を卒業してから就職するまでの約8ヶ月間の長いバケーション。超ハードな3年間の大学生活を終えて、これから働く会社でも相当ハードな生活が待っている。

長いバケーションの内の2ヶ月間を日本で過ごし、その後1ヶ月間でベトナム、ラオス、香港などにいる友達を訪問、その後はメキシコで家族と過ごす。

もし日本でのホームステイ先で英語が通じなくても勿論彼は十分ステイを楽しんだと思う。でも我が家で中途半端に英語が通じてしまったおかげで彼の日本語は全く伸びず、ホストマザーとしてはかなりビミョーな気持ち..........。ま、彼は3分間の沈黙にさえも耐えられないおしゃべりな人なので、コミュニケーションが困難というストレスにどれだけ耐えられるのかは疑問だけど(笑)。

ただ、コミュニケーションが(何とか)うまく取れたおかげで、彼が日本文化を深く理解する手助けができたのはものすごく良かったな、と思う。

彼が竜安寺の石庭に感動したと言ったのにはものすごく驚いた。日本人が心の安らぎを感じる風景に、殆どの外国人が退屈だと感じるという事をよく聞いていたから。

石庭の意味の説明をした訳ではなく........

日本人は何に美を見い出すか、歴史的背景や仏教からの影響、季節や自然との関わりなど、「切ない」とか「侘び寂び」といったとても定義が曖昧で分かりにくい「日本での美の価値観」の輪郭を1ヶ月間の何気ない日常生活を通して伝えることができたと思う。

メキシコという、原色で溢れ、音楽と笑いとダンスを重んじ、日本とはかけ離れた価値観で育った彼が、日本庭園を眺めながら静かに時間の移り変わりを感じるなんて、殆ど不可能な出来事だったと思う。「もしこの事を母に話したら僕は頭がおかしくなったと思う。」と言っていた(笑)。

それにしても、自分の持ってきた価値観にこだわらず、とても素直な心で新しい事を柔軟に受け入れ、理解しようとした彼の姿勢は本当に感心する。

201110
日常生活の何気ない出来事で我が家にホームステイ中のメキシコ人の頭の良さに感心する事がよくある。

例えば、自分のクレジットカードの番号と有効期限を暗記している。常にネットショッピングをする人はそれが普通なのかな。

薬を選ぶとき、「成分を読みあげて欲しい。カタカナならだいたい想像できる。」と彼が言ったので、パッケージに書かれている成分を読み上げた。

「この薬は麻薬に転用可能(摂取し過ぎると幻覚作用を引き起こす)という理由で今殆どの国で禁止されている成分が含まれている。日本ではどうして大丈夫なのか不思議だけど。すごく効き目が強そうだから少なめに飲むよ。」とか普通に言う。因みに彼の専攻は経済だけど。

そして、世界地図が彼の頭の中に入っている。これは地理知識のコンクールでメキシコ1位まで行ったからだと言う。基本的に勉強に関しては数々の賞を取ってきたらしい。「でも運動会ではいつもビリだった。」ってさ。

13歳でウェブデザインの会社を起こし、16歳で輸入会社を設立。会社がうまく行き始めるとお金と共に色々な人が近づいてきて、それを追い払ったり、賄賂が必要だったり(メキシコならでは?)、クレーム処理や部下の管理、輸入会社だったため取引先との時差で昼夜問わず対応せざるを得ず、ストレスがいっぱいで、社長業は自分のやりたい仕事じゃないと悟ったらしい............!!!

ある意味あり得ないゲストだなぁ........


191110