先日友人たちと食事会中、子供たちの教育について話題となりましたが、皆それなりの苦労があるようで、その際友人の1人が僕に「あなたはどのような子供時代を過ごしましたか?」と尋ねたので、僕は「幼少期は北海道の片田舎に暮らしていたので、自然と戯れるながら過ごしました」と答えました。
というのも当時の北海道には塾もなく、そのため僕は幸か不幸か学生時代一度も塾通いをしたことが無かった話をその知人たちに伝えると、驚いた顔をしながら「それでよく医学部へ進学出来ましたね!?」と驚いたので、僕は「なんとか日本最北・国立医学部に滑り込み合格しました!」と答えました(^_^;)
この40代半ばの主婦友人たちは、ちょうど今中高生の自分たちの子供を教育していて、いかに子供たちに良い進路・人生に向かわせるかデリケートな時期なので、僕の意見も参考にしたかったらしいので、僕は続けて「多感な時期の子供たちへの詰め込み教育は避けるべきです。。」とコメントをしました。
そもそも価値観が多様化した現在、かつての日本社会のように高学歴を取得しても将来が約束されるとは限らず、例えば一流大学卒業後に既存の一流企業に就職したものの、その一流企業が斜陽化し新手企業に買収されたと思いきや、その新手会社に勤める若くて、しかも決して一流大学卒ではない社員の配下勤務となるなどの逆転現象も現実に起こりうるのです(O_O)
なので、中高生に詰め込み教育をガムシャラに行って“猫も杓子“も一流大学に進学させるような没個性教育は止め、その代わりに自分の興味・特性を伸ばす教育を受けたり、もしくはそれが何かを模索するのに様々なことを経験すべきと僕は考えていいます。
さて僕にも十分に当てはまり決して他人事ではありませんが、現代人の多くが“せっかち“で、この主婦友人たちも例外に漏れず“せっかち“の典型で、すなわち、10代半ばの自分の子供たちに学校での好成績を求め、その結果を見て安心したいはずだからです。。
ですが、自分の子供たちが中高生時代に好成績上げても、広い視野・客観的にみるとそれは周囲のママ友に自慢出来る程度の親の“エゴ“に過ぎず、正直子供時代の好成績は親の“エゴ“以外何も得られません(><)
そして子供たちにしてみると、子供時代に好成績を上げるのはプレッシャー以外の何物でもなく、そのプレッシャーが大き過ぎると勉強を“ギブアップ“したり、中にはその反動で非行に走ったりと親が期待する方向と真逆へ行ってしまうリスクを伴います(O_O)
そもそも人間の脳は15歳くらいまで成長し続け、その後も“高次機能“と呼ばれる知覚・記憶・思考・判断能力を脳の使い方次第で如何様にも発達させられるので、10代で学業成績の最大パフォーマンスを求めるのは時期尚早で、それを求めるのは“せっかち“な親の“エゴ“以外の何物でもありません>_<
むしろ中高生時代はよく寝て、栄養あるものをたっぷり食べて、適度な運動をして、友人たちとコミュニケーションを図るほうが、塾に送り込んで“じーっ“と座らせておくより脳の発達にはずっと良いはずです。
話がずいぶん長くなりましたが、子供教育に関してはもう少し掘り下げて語りたいことがあるので、それは次回ブログで述べさせて頂きたいと思います(^_^;)