日本では1960年代にテレビが一般化してから約60年が経過し、気づくと”現代人文化=テレビ(映像)”と言っても過言ではなくなり、テレビ中心の生活がしっかり根付いてしまったのではないでしょうか?(>_<)

 

確かにテレビほど手っ取り早い娯楽はなく、孤独化する現代人がもし独りぼっちで寂しさを感じても、テレビ・スイッチを付けるとすぐそこに仲間が現れたような疑似状態となり、寂しさも一気に和らぐよう即効性をテレビは有しています(O_O)

 

と言うのも我々の五感(見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触る)のうち、見る(視覚)は五感で得られる情報の80%を占めるらしいので、テレビで見る・聞く(視覚・聴覚)が支配されると、それだけで我々はまるで友達・家族と団欒しているのと大差ない刺激が簡単に得られ、満足するのです。

 

ただテレビ(映像)はそれだけ我々に強い影響力を与えるので、テレビ内容をたとえそれが偽りであっても簡単に信じ込む所謂”洗脳”状態に陥る恐れも高く、特に純粋でより影響力を受けやすい子供・若年者を映像に没頭させるのは厳禁です(>_<)

 

なので僕もテレビは出来るだけ観ないように心がけ、観たとしてもニュース(情報番組)や大好きなサッカー(Jリーグ)中継だけに限定し、しかもテレビはポータブル・テレビで料理を作ったり、お風呂に入ったり、部屋の後片付けをしながら、テレビのみに没頭しないよう常に注意しています。

 

と言うのもテレビはあまりにも受動的で、つまり自ら何ら努力をせず簡単に娯楽が得られるので、依存・常習性を有した麻薬的要素が強く、たまに仕事やジム・トレーニングで疲れた際、何も考えずに”ぼーっ”としながらテレビを観ているといつのまにか時間(2時間以上)が過ぎ去り、他に何も出来ず就寝時間がやって来たのを何度も経験しています(゜◇゜)ガーン

 

なので自制心なくテレビを観ていると、いつのまにかどんどん時間が経過し、何ら生産性のあることをせずに歳を取ってしまうという人生にとって最悪の結果に陥りやすく、特に僕は自慢ではありませんが、若いときに時間は無限にあると勘違いしてかなり無駄遣いをしたため、残された時間が限られた現在、テレビ鑑賞で浪費する時間は全く残されていないと実感しています(>_<)

 

ただ残念ながら世の中はどんどん映像・画像優位の時代となり、テレビのみならず、スマホやパソコンで”ユーチューブ”・”ティックトック”は勿論、”ツイッター”・”インスタグラム”での映像・画像中心の情報発信が日々増え続け、我々の情報は文字からでなく、映像・画像から得られるようすっかり置き換わってしまったのです。。

 

例えば若者たちに”暇なとき何をしているのか??”尋ねると、決まって返ってくる答えは「スマホでユーチューブ鑑賞しています。そうすると時間があっと間に流れるので。。」と僕も若い頃そうでしたが、”時間は無限にある”と勘違いしたもったいない時間の使い方をしている場合が殆どです(>_<)

 

まあそういった若者から「ユーチューブで情報を得るのが手っ取り早く、それのどこが悪いの??」とすぐに反論されそうですが、僕が思うに”文字の代わりに映像・画像のみから情報入手しているうちに脳が退化するのでは?”と危惧していますが、その理由は実は映像・画像情報は動物でも使用する比較的低レベルの情報伝達手段だからです。。

 

つまり人類と動物との決定的差異は人類が文字を用いて脳を発達させ、その結果高度文明を構築したことで、現代の若者が文字を使わずこのまま映像・画像文化に依存していると、脳が退化・劣化し始める可能性大だからです(O_O)

 

話が随分長くなりましたが、この辺りは大変興味深い内容なので、文字文化の価値を含めて次回改めて考察したいと思います(^_^)