皆さん、米国の心理学者、”マーズロー”の自己実現論をご存じでしょうか。

 

この理論を簡単に説明すると、”人間は自己実現に向かって絶えず成長するとし、その過程で人間の欲求が下記図のように5段階層に分けされる”と理論化したものです。

”マーズロー”についてウィキペディア検索すると、近年、”彼のこの理論は科学的厳密性に欠けている”と批判されていますが、この図を見ながら例えば僕自身の人生を振り返ってみても、まずまず分かりやすい理論なのではと思っています(^_^;)

 

そして幸運にも物質的に恵まれた現代日本人の多くは、この図の上から3番目・”社会的欲求”までは当然のように満たされているように思われます(^-^)

 

ところが厄介なのが次段階の”承認の欲求”、すなわち”自分の存在価値を他人から認められたい欲求”で、僕が厄介と言ったのはこの欲求が我々の”エゴ”と直結していると思われるからです(^_^;

 

この”承認の欲求”が強い方はいわゆる目立ちたがり屋さんで、それも子供が「お母さんほら僕を見て!僕ってすごいでしょ?!」とやっている分には良いのですが、一人前の大人があまりに”目立ちたがり屋さん”だと、周囲からやや違和感を持たれるのではないでしょうか(×_×)

 

ところが政治家や著名人の中には意外にも”目立ちたがり屋さん”が多いようで、そういう方々の目立ちたい欲求が強いのは、まだその欲求が完全に満たされていない??と冷静に眺めています(^_^;)

 

”承認の欲求”の上位には”自己実現の欲求”がありますが、このレベルに達すると”目立とうが目立ちまいが一向にお構いなし”という達観領域の方々も少なくないでしょう。

 

というのも”自己実現の欲求”は自分の能力・可能性への挑戦であり、そこから得られる達成感は内面から湧き上る何物にも代え難い幸せ・喜びのはずで、それが得られると、もはや人に認められたい”承認の欲求”は二の次となるのでしょう。

 

僕自身を振り返えると、過去には人に認められたいという”承認の欲求”が強い時期もありましたが、もはや自分の限界を知る年齢になって、今更人に認めらてもしょうがないというか、人から認められることにほとんど興味・価値を感じなくなりました。。

 

勿論、子供や若者たちは人に認めれたい欲求が強くて当然で、それを励みに成長してゆく訳ですから、”承認の欲求”はむしろ必要不可欠と言えるでしょう。

 

ところが今話題の”森友問題”に関与する政治家たちの如く、”明らかに不誠実なことをしたにもかかわらず、それを謙虚に反省するどころか、逆に開き直って大きな顔をしているようではまだまだ子供と同じ、”目立ちたがり屋さん”レベル。。”と思わず疑ってしまいます。。(>_<)

 

ところで、何故我々には自分の能力や可能性を最大限に発揮したいという”自己実現の欲求”が備わっているのでしょうか?

 

僕の頭ではその理由が分からず、”神様がそのように人間を創造したから??”くらいしか思いつきません。。

 

誰かその理由を知っている人がいたら是非お知らせ下さい(^_^;