外科医は手術中心の診療ですが当然デスクワークも伴い、その詳細は手術記録・カルテ記載などで、それなりの時間と労力が必要です。。

そして最近はブログを定期的に記載する外科医も増えており、この作業もデスクワークに含まれるでしょう(^_^;

ですが米国に比べると日本でのカルテ記載量は少なくかなり楽なので、僕のようにそれをぼやくべきではありません(>_<)

日本でのカルテ記載量が少ないのはこの国が単一民族で、邦人の治療を行う限り全てを(文字・文章)化しなくても、いわゆる”以心伝心(言葉によらずにお互いの心から心に伝えること)”でコミュニケーションを図れる日本独特の美徳があるからです(^_^)

せっかくの機会ですから、僕が垣間見た米国・外科医たちの生活をお伝えします(^_^;

僕が米国留学していた際間近で見ていた外科医の生活は本当に過酷で、一時は米国での臨床医を目指した僕も”正直この国で臨床医となるのは自分には無理。。”と直ぐに感じました。。(v_v)

米国東海岸にある米国店建国の地・フィラデルフィアで、紅葉が見事な晩秋に僕はこの外科研修を開始したのをつい最近のことのように覚えています。(実際は今から17年前(^_^;)

この外科研修初日のオリエンテーションの際”明朝は午前6時に病院に集合して下さい”と担当者に告げられ、僕はそれを聞いた途端、研修を始める前からすでにめげてしまったのです。。

当時の僕はかなり軟弱でその時思ったのは”朝6時っていつもはグーグー寝ている時間なのに、そんなハードな生活は耐えられない。。”でした(>_<)

ところが後年、米国で長く暮らしたことのある知人にこの話しをしたら「それはあなたが軟弱なのではなく、日本人は血圧が低めだから朝が弱いのです。米国人たちは血圧が高めなので朝早くから行動的なんですよ」と答えました。

確かに当時の僕は血圧が100足らずで、しょっちゅう立ちくらみをしていたくらいなので、朝がことのほか弱かったのかもしれません(^_^;

とにかく僕は眠たい目をこすりながら目覚ましで午前5時過ぎになんとか起床し、秋も深まり朝はかなり冷え込んでいたフィラデルフィアのまだ陽が昇らない真っ暗な道を寒さに震えながらとぼとぼと病院に向かいました。。

本当に米国人たちの朝は早くから始まるようで、病院に向かう途中眠気を覚ますために立ち寄ったコンビニにはすでに午前6時前だというのに多くのお客さんたちが詰めかけていました(・o・)

午前中6時に始まった術前カンファレンスにはレジデント(研修医)や中堅処の油ののった執刀医たち(いわゆる”エース・プレーヤー”)そして60代中半と見られる初老のベテラン外科医たち一斉にこの早朝カンファレンスに集まっていました(・o・)

外科医たちの多くは片手にコーヒーを持ちながら、午前7時から始まる手術に向けて激しい討論を繰り広げているのを見ていた傍観者の僕は、その白熱した状況にただただ圧倒されました(O_O)

それもそのはず、国民皆保険のない米国では外科医たちも人気商売、いかに良い手術をして患者さんに受けがよいかで、その医師の将来や成功が決まるのです(○_○)

外科医としてのサバイバル(生き残り)をかけて、各々の医師が自分をアピールし勝ち残ってゆかねばならない緊迫した雰囲気に僕はむしろ戦慄を感じていたのかもしれません。

それから僕は米国整形外科研修は半年以内で終了させ、僕は自国で外科医として身を立てようとこの経験を通して決断したのです。

あれから17年と長い月日が経過しましたが、今も米国の外科医たちは日も昇る前から仕事を始めていることでしょう。。

本日手術後カルテを記載しながら何気なく以上のこと想い出しましたが、それ故僕は彼らのガッツ(外科医としての情熱やプライド)に少しでも追いつけるよう、一層努力せねばと身が引き締まる思いをしているのです(^_^;)