母から同居していた大叔父が軽便鉄道で働いていたことを聞かされていた。
もう30年以上前に西友で「軽便鉄道展」があり、大叔父が写真に写っていたとも聞いたが、当時は然程興味が無く上の空だった。
「けいべん」は湘南馬車鉄道(株)として明治39年(1906年)大山詣りの人を当て込んで開業し、その後、秦野のタバコの葉などを積んで二宮から東海道線で輸送するため大正2年(1913年)蒸気機関を導入し湘南軽便鉄道(株)となり、大正7年(1918年)には経営が変わり、湘南軌道(株)になっている。
残念ながら昭和2年開通した小田原急行鉄道や乗合自動車との競合で、昭和12年(1937年)には営業廃止となった。
大叔父が平塚の根坂間から二宮に出てきたのが昭和3年だから、衰退期の9年働いていたわけだ。
東海道線は海辺の町を走るが、同質なところを走っているだけで面白くない。
モノレールは二宮海岸から秦野盆地まで、南から北へ異質な風土と文化を通り抜ける。
荒井由実が「天気雨」で歌ったのは、まさに八王子から相模線で ”白いハウスを眺め“ ながら茅ケ崎の海までやって来る期待感だ。
情報過多の現代、人は興奮ストレス状態のレッドマインドになりがちだが、海の青がもつ鎮静効果、波の音がもつ揺らぎによるリラックス効果、水平線まで広がる解放感、母の胎内にいるような安心感で、穏やかで平和な幸福感に満ちたブルーマインドになる
「海の駅」を作って、秦野の人に目の前に広がる紺碧の相模湾を見せてあげたい。
僕は毎朝釣りをして海の恩恵に与っているので、秦野の「山の駅」から目前に迫る雄大な丹沢と大山を眺め、緑によるストレス解放や、アウェイ効果により圧倒的な安定感を感じたい。
モノレールの建設費用は100億から160億円/㎞だから、秦野・二宮間10㎞とすると、総費用1,000億から1,600億円となる。
Geminiに聞くと一日1,500人から3,500人の利用が見込まれると云う。
これでは赤字なので小田急、神奈中バス、神奈川県、二宮町、中井町、秦野町による第三セクターによる運営を目指し、通勤通学(グリーンテク中井や新たなスマートシティ)、観光客(吾妻山、震生湖)を二宮駅(東海道線)・中井IC駅(IC付近に広大な駐車場を造り、後半から車による観光客を集める)・秦野駅(小田急線)から集める。