今朝は波も低く風も弱かったかので釣りに出かける予定で、昨夜から準備をしていたが、目が覚めたのが3時過ぎで、そこからYouTubeをザッピングなどしていたら、夢現が交錯して出かけるタイミングを逸してしまった。
思えば30年前の3月29日には初めてのシーバス67㎝を釣り上げたのだが、あの頃のような焼けるような情熱が無い。
当時、既に40を超えていたが、若し10代でルアーに嵌っていたらもっと良かったなと思った。
だが、そうなると学校など行かないで浜にへばり付いていたから、全く別の人生を歩むことに成ったろう。
かくも、釣りの快楽は強烈だった。
その強烈な快楽もジジイになると感性が鈍り感じられなくなるのは、生命維持機能が働いて、強い快楽から身体および脳を遠ざけるからだろう。
まあ、詰まらん言訳はこのくらいにしておこう。
6時に起きて何時ものようにストレッチと脚の運動をして寝室のドアを開けてもイクラの姿が見えなかった。
台所で洗米をしていると何処からともなく姿を現した。
昨夜、大量の水蕗を水煮にしてあくを抜き、水に放っておいたが、細いのとデカイ蕗を鍋に入るように切りそろえた先端部を食べてみたら、筋がさほど気にならなかったので、太いもの20本ばかりの筋を取り、短く切って酒と味醂と黍砂糖で火に掛けた。
30分ほどして醤油を加え更に30分煮て、最後に庭の山椒の若葉をたっぷり加えてさらに15分煮て水分を飛ばした。
朝飯の時に早速食べてみたが、皮をむいた蕗は色が濃くなりちっかり醤油などが浸み込んでいた。
米の浸水と蕗を煮込んでいる間は居間で松原みきを聴きながら江藤淳を読んだ。
二宮には三田文学を一時期引っ張った山川方夫が住んでいたが、若くして駅前でトラックにはねられて亡くなった。
この山川の推しで江藤は「夏目漱石論」を書き始めたとのことで、山川の亡くなった2月20日には、その恩義を忘れずに冥福を祈っていたようだ。
地元の作家ゆえに茅ケ崎の古書店で「山川方夫全集」全5巻を見かけたときは、最近の全集離れで価格も廉く、余程買おうかと思ったが、荷物になるので止めた。
新潮文庫や旺文社文庫で出ていたのを持っていたが、その後、時々注目され、編集されたものが単行本で出たりして買い集めた。
二宮駅の南口に小田原の伊勢治書店が支店を出していた時には、地元の作家ゆえに何時も文庫作品が置いてあったが、既に10年も前に撤退してしまった。
紙の本は消え去る運命とは云え、町の文化程度が低下したような気がして消沈した。
7時になったので人類の朝飯を作りに台所へ移動した。
カク鯵の干物を妻が作ったので、焼いて食べたが脂の乗り具合が絶妙で絶品だった。
塩の具合、干し具合、焼き具合も完璧な感じだったが、こういった事は年に数度しか起こらない。
葱と豆腐と若芽の味噌汁、若芽は先週の朝市で町長が販売している岩手の産で、復興に協力しているとのことだが、肉厚で固くて味が強くたくましい若芽で好みだ。
小松菜と油揚げの炒め煮、卵焼き、きんぴらごぼうは、適量残っていたので温めて食べた。
出来立ての蕗の佃煮は山椒の若芽がアクセントになっていた。
イクラの天然素材の朝飯は、妻が鶏胸肉を昨日全て蒸してしまい、沢山あった魚も開いて表に干してあるので困ったなと思ったが、豚肉を加熱してやることにした。
結構食べてくれたが、最後の方は嫌がって横を向いてしまったので、残りを味噌汁に入れて人類が食べた。