涼しくなってきたら夏の疲れが出て来たのかやけに身体が怠くて痛い。
まあ、加齢による部分も大いにあるんだけど、部屋でTVを見るかスマホを見ている時間がやけに長い。
連続的に発生した台風で海が荒れていて釣りが出来ないのも大いに問題で、毎日の運動量が減っている。
昼に煮込み拉麺を食べ、食後にチョコレートパンと煎餅とベトナム製の贋八つ橋を食べた。
居間に移動してプレシネを観たが、一度観たやつなんだけど、ほとんどの場面が初めてのような感じがした。
銀行強盗が町にやって来て、バーで碌でもない奴らと売春婦たちにみぐるみはがされ、首に縄を掛けられ馬に曳かれるが、縄が古くて切れて投げ出されたところをメキシコ人の娘に助けられる。
町に帰って娘が調達した拳銃で十数人を撃ち殺しリベンジした、二人ぐらい逃げたやつがいたかな。
その後、判事になって法律を作り町を納めて顔役になる。
こういうところが開拓時代の西部のいい加減でいいところだ。
旅に出た間に娘が生まれたが、妻が死に、部下の保安官4人に造反され町を去る。
20年ほどたったころ、成人した娘が酒場を継いでいたが、酒場に立ち退きの命令が出た。
その頃は馬に乗ってる奴なんて居なくて自動車が普通に走っていたが、馬でオヤジが帰って来た。
落ちぶれたかつての部下の保安官4人と町を乗っ取った弁護士の一派と大立ち回りになり、可成りのやつを撃ち殺したあたりで眠ってしまった。
映画を観始めた時に、亡くなった裏のオジサンのところにお線香を上げに聴こうと妻に誘われたが、
腹もくちく映画も途中で腰を上げる気にならなかった。
夕方剪定をしようと庭に出たら、義理の息子さんがやって来たので、妻と次男と3人でお線香を上げに行った。
毎朝早く家の周りの掃き掃除をしてくれていたので、毎日顔を合わせていたが、8月からどうも見かけなくなった。
春先から体調に変化を感じていたが、8月下旬に具合が悪くて通院した。
精密検査の必要を云われたが、点滴も断り、家に帰って来た。
入院んするのが嫌で訪問医が来ていたが、最後は10日ほど寝て亡くなった。
良く話をしたので人となりは了解していて、酒は飲まなかったが如何にも薩摩隼人だったので、最後は死期を感じ、そのまま治療を拒否して家で死ぬつもりだった。
まさに思い描いた死を享受した見事な最期だった。
僕もこのように立派に死にたいものだと羨ましく思いながら、横になっている穏やかな顔を眺めた。