音楽を聴いたり、投げ竿のスペックを観ていたら9時を20分も過ぎていて、「磯っ子」まで歩いてゆく余裕などなく、自転車を駆って出かけた。
獅子唐、甘唐辛子、この二品は好きで何時も買っているので、ストックがあるかもしれない。
スタミナ菜、名の花っぽいやつで黄色い花が付いていた。
原木椎茸、先日購入したが、明らかに菌床栽培の椎茸と違って美味かった。
帰りに六所神社裏の公園で運動を行った。
最近、少し腰が痛くなっているが、釣りの所為で右回転の運動に偏しているのが原因のような気がするので、真面目にやった。
家に帰って二階のベッドに横になって中野剛志を読了しようと思っていたが眠ってしまい、気が付いたら昼飯だった。
あと50ページほどで終わるので、兎に角これを片付けて、傑作小説短編集と神道の本に取り掛かりたい。
午前中に妻が叉焼を大量に焼いていて、ご近所に配るので、昼はまず間違いなく叉焼麺だが、昨日餡掛け五目焼きそばを喰ったので、中華麺が続き食欲が湧かなかった。
それでも腹が減ると喰えちゃうもので、大盛りを平らげた。
食後に茹で栗とクッキーとカロリーバーとかってのを喰った。
午後は昼寝をした。
も少し経つと24時間寝ている状態と同じになるので、睡眠時間が長くなるのはその予行練習だ。
年を取るとこんなに寝るようになるとは思ってもみなかったが、夜の睡眠時間は短くなるが昼に寝るんだなあ。
3時過ぎに目が覚めて、寝てばかりじゃ生きている実感が薄れるので、釣りに出かけることにした。
お外へ出かけるのは、釣りと買い物だけで他にヴァリエイションが無いと、ふと思ったが、世の中が他に何も求めないのだから、これはギフトなんだねきっと。
次男が浜まで一緒に行くと云うので出かけたが、いざ浜でロッドを繋げようとしたら、根元がラテオの10ftMHで穂先がエンターティナーだった。
普通ならそこで釣りを諦めるが、カモメが波打ち際に群れて海面の何かを捕食していたので、こりゃあ好機だと思い、慌てて家に帰ってラテオの穂先を持って戻って来た。
いざ釣りを始めようとしたら、犬の散歩で浜に来ていた大兄が後ろから声を掛けてきて、ナブラは出てるのと聞かれた。
ナブラなんてどこにもなかったが、カモメの捕食行動を観て可能性を感じていたのに、市五郎がクズの魚を海に捨てたのでカモメが寄ってると云ったので、ガックリした。
態々家まで往復してロッドを取って来たのにね。
小一時間投げ、何ら反応が無く完全なボーズで帰ってきたが、30年前のある日のことを思い出した。
市五郎がシラスの豊漁で網いっぱい獲れたのを浜に引きずり上げようとした時に、網が破れてシラスが海にぶちまけられた。
それが寄せ餌となり、ソーダ鰹と鯖がその日一日中釣れまくった。
どうせ魚をばら撒くなら、そのくらいの規模でやってくれなくちゃ。
家に帰り風呂に入ってさっぱりしたら、涼しくなっているのでやけに気分が良かった。
晩飯は小松菜の胡麻和えと、鮪の刺身、胡瓜と茗荷の糠漬けだったので、味噌汁を作って飯を食べるのが面倒になり、焼酎を飲むことにした。
せっかくご飯を炊いたのにと妻に文句を云われたので、途中で軽く一杯飯を食べた。
3年熟成の麦焼酎と長期木樽熟成の蕎麦焼酎をストレートで飲んだら、やけに酔いが回った。
その後は、雲海をソーダで割って酢橘を搾って飲んだ。
つまみは黒豆煎餅、ウエハウス、海老せん、チーズトーストと、かつて晩酌をしていた頃の悪癖が蘇ってしまった。
焼酎には中森明菜の演歌が良く合い、ヤッパリ40代の頃の歌唱がバアサンになってしまった今より色っぽくていい。
録音と云うものが出来て時間が止められるようになったが、それ以前は同時代を生きている喜びが劇的に大きかったので、時間は脳の中で止まった。