目覚めがどんどん早くなり、今朝は1時半に目が覚めた。

ところで昨日は何時に寝たんだろうかと思い、思い出そうとしたが覚えて無かった。

数時間前の記憶がないって、881じゃねえのかって思われるかもしれないが、この年になるとそんなものよ。

カボスの和製ジンリッキーを覚えてるだけでも4杯飲んだし、薄くなるとジンを追い注ぎしてたから、トータルアルコール摂取量は可成りのもんだったに違いない。

だが、アルコール過多により記憶が飛んだんではなく、酷い睡魔に襲われて夢現の境が分からないって感じかな。

 

音楽を聴こうと思い、スマホとSonyのブルトゥーススピーカーにしようかと思ったが、スマホがワヤで使えなかったんだ。

デスクまで行きPCを持って来て、中森明菜の2007年のアルバムを聴いた。

この頃の明菜って、声が掠れていて色ぽいし、歌唱力が一番有った時期じゃないのかな、実にいい。

30分聴いたところで目と頭が完全に覚醒して来たので、「ねじめ正一の商店街本気グルメ」を読み始めた。

 

「寒天」は鳥羽の海女が採ったテングサで作ったのが絶品らしい、僕も寒天が好きだが、家のは妻が粉末で寄せた寒天なので、海の香りが薄い。

「油揚げ」は、関西のは厚くて中に豆腐のようなのが残っているらしいが、近頃妻が使ってるのが正にそれで、食の傾向が関西に傾いているのか、内田百閒は、関東風の薄いパリッとした油揚げを焼いて酒の肴にしていた。

「さつま揚げ」地元の町に一見はさつま揚げ屋があり、何故か「蒲鉾・さつま揚げ」と看板に書いてあったが、練り物の世界も身分が厳しく、さつま揚げを先に書いた看板を観たことない。

「炒飯」は材料云々ではなく、作り方が問題でパラパラの飯になるかどうかにかかっている。

昔は家で作る炒飯はねっとりしていたが、最近じゃ妻が作る炒飯でさえパラパラだ。

「ラーメン」は、さりげなさが肝要で、チョットした町のさりげない食堂で出される、さりげないラーメンがさりげなく美味くなきゃいけない。

 

次の「カレーライス」に掛かったところで4時になり、寝室のドアを開けたら、イクラがそこで待っていた。

どうして僕がドアを開けるのが分かるんだろう、動物的なカンなのか。

朝飯が早く欲しいんで、雨戸を開けたり、米を研いたりしないで、気前よくウェットフードのパウチを開けろとアピールしているが、お生憎様、そんな事をしたら直ぐに喰い終わって、何か別のものを寄こせと騒ぐに決まっている。

 

4時半に家を出た。

今朝は浜に5人釣り人がいて、僕の定番スポットにはルアーマンが入っていたので、ロープ右の階段下に入った。

思ったより波の脚が長く、キャスティングの位置が後ろになった。

何時もと勝手が違うが、ここは30年前には知人のシーバス狙いのルアーマンが入っていたポイントで、僕は生憎釣れたことが無かったが、大兄もここで鰺の数釣りをしている魚が集まりやすいポイントだ。

1時間近く投げては巻を繰り返していたが、全くの無反応。

それでも波の中で何かがワームに喰らい付いていた、ギンガメ君だと確信していたが、上がって来たのは今まで観たこともない小さなギンガメ君だった。

チビのくせにワームを呑み込んでいて、キープしざるを得なかった。

でも、1時間無反応の後の生体反応に大いに救われ、今日もボーズじゃないぞと海に向かって叫んだ。

チョット筆が滑りました、心の中でにんまりしただけです。

 

スマホが無いので大兄の帰り時間が時計代わりなので、大兄が竿を納め帰り支度をしているのが遠目に見えたので、あと3投で帰ろうと決めた。

その第一投目の40メートル先のワームを何ものかがチェイスしていて、2度飛沫を上げたが喰い損ね、喰えーっと叫んだ時、竿が重くなりヒットした。

強い引きと左右の走りを愉しんだ後に、無事波を越し、寄せる波と共に引き上げてきたが、返す波の時に抵抗して逃げた。

目の前に横になっていたのにね、昨日と同じ30㎝くらいのショゴだった。

針が外れたものとばかり思っていたが、針が無く、結び目が切れていた。

1時間投げた後のワンチャンスは何が何でもモノにしなきゃね。

最後の最後の詰めで、結びの甘さが災いして逃してしまった。

投げる前にハリスを見て、傷や変な結び目が出来たりしていたが、あと3投だからとそのまま投げたことを大いに悔やんだ。

釣りってえのは、実生活より教訓を得やすいものらしいね。