エノキと筍と豆腐の味噌汁に分葱を刻んで散らし、妻が作った鯵の干物を焼いた。
糠床には3本胡瓜が入っていて、昨晩入れたのに本数を失念していたが、これがやけに美味かった。
納豆は付いているタレに添加物が多いので、皆さん推奨しない。
カナダ産の大豆の無添加品醸造を垂らしたら、垂らし過ぎで、これじゃあ塩分獲り過ぎだなどと思いながら、過去数十年に渡り身体に悪いものを摂取し続けて来たのに、今更気を使ったところで5年の寿命が6年に延びる程度の事ではないかと、実際のところ否定的な気分だ。
過去に摂取してきた有害物の最たるものはエチルアルコールだろう、これが物凄く身体に悪いのは、二日酔いを体験すればすぐに察することが出来る。
昨日、妻がいわゆる江藤米を買って来た。
カルフォルニア米、台湾米と食べていたので、日本の銘柄米に如何に糯米の遺伝子が組み込まれているのかが分かる。
今までパサパサして淡白な味わいだったが、ねっちりとして甘い。
長い間友人が南安曇野で作ったササニシキを美味いなあと思って喰っていたので、それが当たり前になっていたが、実は主食の糖度を上げるのは良くないことだ。
最近じゃあ健康にいいとされている果物が、品種改良で高糖度になっていて、これじゃあ砂糖汁を飲んでいるのと同じで身体に悪い。
だが、それが主食となると弊害は更に大きい。
パンが良くないのは、グルテンが持つ粘り気が腸にへばりつき腸内環境を悪化させるからだが、そのもっちりとした食味が好まれ、この含有量の多い品種改良をしてきたことと、製造の家庭で糖分や油脂を加えるためだと考えられる。
単純化すると美味しいものは良くないとなってしまうね。
性欲については、昔は大いにあったが、セックスが淡白だったので、身体を壊すほど貪ることが無かった。
食欲に関しては父母から頑健な胃腸を頂戴したので、人の何倍かの飲食が可能でとことん飲み食いしてきた。
金銭欲も大いにあったが、性欲と一緒で熱中できなかったので、カネに冷淡でいられた。
権力欲はどうかと云えば、あまりなかったんだろうね、周りから用意された役職をこなしてきたにすぎない。
知識欲は旺盛で未だに衰えないが、惜しむらくは脳が然程上等ではなかったので、自己満足の域を出ることは無く、世に貢献することは無かった。
米の話しだったね、「甘いは旨い」は本能に根差していて、生まれたばかりの赤ちゃんが母親の乳房を求めるのは、成人男子の意図とは異なり、甘さを求める本能だと云われている。
サトウキビやサトウダイコンによる砂糖作りが始まる前から、人間は蜂蜜や貴腐ワインや干し果物など保存性の高い甘味食品を大切にしてきた。
これらがハレの日の食べ物であるときには良かったが、今では毎日がハレの日になったせいで、過剰摂取になり、多々身体的な不都合を起こしている。
餅も正月などのハレ日の食べ物だったが、今では主食の飯にその遺伝子を組み込ませ、日常の食べ物になっている。
好きなものを好きなだけ食べて置いて、健康診断をして病魔の早期発見治療をするより、主食のコメの品質について拘ったほうが、未病に繋がるような気がする。