晩飯はカンパチの刺身などでサラッと済ませて、8畳のPCの前で新年の買い物を物色していたが、別に新年になったからと云って何か買わなきゃいけないってもんでもない。

それでも新しい年に新たなことをするのに何か必要な気がするのだが、そんな新しいことが毎年あるわけじゃないし、特にジジイになると色々なところから手を引いて行かなくちゃいけないから、どちらかと云えば手持ちのモノを処分する傾きにある。

 

ビンボーではあるが、その主な原因はエンゲル係数の高さにあるので、粗食を旨とすれば、後10年や20年乗り切れなくはない。

ということでシマノから発売されるスピニングリールを予約することにした。

昨年は矢張りシマノで投げ釣り用のロッドとリールを買ったが、結構これを使いこなすには力が要ってね、2回ほど使っただけだ。

これもまたシマノでアジング用のロッドとリールを買ったが、何だかセコ釣りの感じに馴染めず、2度ほど使ってそれっきりになっている。

結局、ロッド6本とリール3個を買い、リール1個を貰ったが、本当に良く使ったのはシマノの5000番のリールだけだったな。

まあ、30年前もロッドもリールを、もっと沢山買ったが、主に使ったのは1本のロッドと1個のリールだったが、物事はだいたいこんなもんだ。

万円筆に凝った時も50本以上持っていたが、何時も使ったのは1本だけだった。

要は一番自分に合うモノを探すには、裾野を広くしてみなきゃそこに辿り着かないってことだ。

 

そこで、どうも今の妻は僕に合わないような気がしているが、残念なことにこの妻以外いないので、この妻がいいのか悪いのか本当の所分からない。

Amazonで簡単に注文出来て、1か月以内返品が可能だと良いんだが、今のところ未だそういった商品は販売されていないようだ。

その、今の妻がTV鑑賞を終了して、23時頃、台所で「まる」を燗して呑んでいたので、僕も「夜明け前」をストーブで湯煎で燗して呑むことにした。

妻のスタイルは前に飼っていた猫がマルだったので、酒の銘柄も「まる」を好み、グラスに入れてマイクロウェーブ1分で燗するスタイルだ。

つまみは、晩飯に出て来た自家製米粉皮の肉まんじゅうの餡を、パンに挟んでサンドイッチにしたのに齧り付いていた。

よく見かけるのがソーセージにチーズを載せてマイクロウェーブで温めるつまみで、要は肉系のものが好みなのだ。

僕はとりあえず黒豆煮をつまみにし、銀杏をストーブで炒った。

その銀杏をやおら掴み、ペンチで割って食べだしたので、妻に譲ったら殆ど彼女が食べてしまった。

何時もあまり銀杏に手を出さないのに、結構好きなのが分かり驚いた。

 

「夜明け前」は3合弱しかなく、ゆっくりと飲んだが終わってしまい「まる」に手を出したが、明らかに作り物の味がして、成分を見たら醸造用アルコールと糖と酸が加えられていた。

まあ、安く売っているので味の調整をしないといけないのだろうが、昔はこんなものは無かった。

酒屋では儲けるために水増しして売っていたこともあったが、酒と云えば純米酒だった。

 

中華製品のお陰で随分日本の家計が助かって来たが、ただ安いだけが目的となると、それに付随するマイナス面を忘れがちになる。

経団連は未だ中国での生産と販売に固執しているところがあるが、必要な時にマスク一つ製造できないでは、国家安全保障上の重大問題だ。

 

本醸造酒の生産をやめて純米酒だけにすれば、自ずと米の需要が増え、農家がコンスタントに酒米の栽培が出来るようになり、僅かとは云え食糧自給率も上がる。

単価の安い酒を醸造アルコールを加え、糖と酸で味を調え消費者に廉く届けるのは、一見消費者に有利と思われるが、そこに内在する危険や最終的なコストを考慮した場合、本当に有利なのかどうか深く考える必要がある。

 

「まる」を2合ばかり呑んだが、菜花の山葵和え、焼ジャガイモ、煎餅などを肴にしたので、妻の酒の肴よりよっぽどカロリーが高かった。

 

 

 

箱根駅伝7区を観に行って来た。

塩海橋の交差点は混雑するので、二つ大磯寄りの路地から東海道に出たら、隣のM君の奥さんと娘がいて、新年の挨拶を交わしていたら、同級生のM君もやって来て一緒に観戦することになった。

M君は48年前に、この7区を最下位で走って、応援の我々を落胆させたが、事情を聞いたら、6区の前走者が、箱根の坂道で凍結のために酷く転んで大きく遅れたために、ラス前からかなり離れて走ったとのことだった。

後ろからスピーカーで、これが最終走者ですと盛んにアナウンスされ、凄く気になったらしい。

今朝もラストの大東大の後ろで、女性の大きな声で同じ言葉を繰り返していたが、もう少し離れて走って欲しいと云っていた。

昔に比べて靴が進化したことや、あの時、小田原高校の卒業生が3人走っていたことや、M君以降も何人か二宮の子が走ったこと、メキシコオリンピックで初めてタータントラックが使われたこと、東京農大の服部誠や日体大の小沢欽ちゃんのことなど昔話をしながら応援した。

ランナーはよく訓練されていて、昔と違って皆さんかなり軽快に走って行く、だが、陸上をやってもプロになり大金を稼ぐ人はほとんどいないので、基礎的な能力を持った人材は野球やサッカーなどに集まってしまう傾きがあり、世界的なランナーは中々出ない。

 

その後、葛川沿いに南下して昨日とほぼ同じコースを歩いた。

やはりこのコースは土の道なのでいい、その日陰の土の所に霜が降りていたくらいだから、今朝はやけに寒かった。

ただし、朝から日が当たっていたので、日が当たるところはポカポカしていた。

 

そういや昨夜、妻が、ゲーム音楽の制作現場のドキュメンタリーのようなものを観て、素晴らしいと感心していたのを思い出した。

昨夜のワインパーティーの席で中森明菜や山口百恵の映像を観て、伴奏、録音、衣装、舞台装置などが凄いねと話しをしたが、要は当時の歌謡曲業界は物凄く儲かっていて、カネに糸目をつけずに全てにいいものを使えた。

今、ゲーム業界は多分物凄く儲かっているに違いなく、作曲家、録音、演奏家などカネに糸目をつけず、考えられる最高のものを作ろうとしているんじゃないか。

文化とか芸術って、カネ次第のところがあり、モーツァルトだって、大金持ちのパトロンがいなきゃ後世に残るような名曲は作れなかった。

そうしたら妻が、ゴッホは生前1枚しか絵が売れなかったと反論したが、本人は稼がなかったが、弟のテオがサポートして生活と画材を買うだけのことは出来たわけだ。

 

今、日本で漫画とアニメがこれだけ隆盛を極めていて、特許権の保護など、もっと儲かるような仕組みを作って、より多くのカネを再投下すれば、関連業態に広く人材が集まり、更に優れたものが出来る。

花形産業は、車だけじゃないことを認識して国家運営をしていかないと、日本の大きな躍進は望めない。

経団連や既成政党の頭の固くて古い人達は、旧態依然としたことしか考えられないか、利権構造が壊れることを恐れて現状維持をするが、高市政権はそのことを自覚しているので期待している。

 

箱根駅伝は、高々100年チョットの歴史しかないものだが、生まれた時から観続けたので、僕の全人生に係わっていて、駅伝が去ると、正月も走り去ったように思う。

 

 

 

 

いよいよ開けて3が日最終日だ。

既に駅伝は箱根芦ノ湖を出て小田原へ向かって下っている。

9時半過ぎには塩海橋にやって来るだろう。

早めに出て散歩しながら応援しなきゃいけない。

 

昨夜は随分飲んで帰って来たけど、今朝はヤッパリ夜中に一度目が覚めたが、難なく二度寝に入り6時20分に目が覚めて、思いの外快調だ。

既にイクラはドアの前に待機していた。

ストレッチの前にトイレに行ったので、一旦自室に帰りイクラを部屋に入れたら、机の脇の狭いところに入り、ロッドを立てかけてある壁に爪を立てガリガリやり始めた。

購入した縦型爪とぎ器でガリガリやって欲しいので、ガリガリを禁止する訳にはいかず、やっていい所とそうでない所を分からせなきゃいけないが、それが難しい。

イクラを引き連れて居間で朝飯をやったが食べない、昨夜、妻は遅くまで起きていたので、きっと何か貰って食べたのだろう。

 

昨夜は、居間でTVを観終えた妻が、零時頃台所で酒を燗して呑んでいたので、話に付き合った。

僕はあまり興味が無いが、妻は宇宙の成り立ちや今後宇宙がどうなって行くのかに多大な興味があり、関連のTV番組や動画を視聴するのを楽しみにしている。

地質のことや化石のことや生物の話に付き合った。

ロシアの北東はかつて騎馬民族が跋扈したところで、世間じゃ南のシルクロードが知られているが、北側の文化の方が実は面白い。

だが、文字が無かったので研究者が少なくて、良く分からないし、広く知られていない。

例えばトルコは今、ヨーロッパに接した位置にいるが、最初はロシアの北東部に居て長い時代を掛けて西進して、今のところに落ち着いている。

こなことを知ると、一体どうやって移動して来たんだろうかと興味津々である。

妻の話は、最近その辺りで人間の化石が発見され、壁画などもあり、それに大きな感銘を受けたとのことだ。

確かにその辺りは良く知られていないが、ユーラシアの北の方が面白いんだぜと話をしたが、僕はどっちかと人の営みに興味があるので、妻とは話の方向がずれる。

 

7時になったので台所のストーブをつけて朝飯の支度をした。

菜飯も残っていたが、雑煮の汁が大鍋に大量にあり、しかも馬鹿みたいに煮〆を作ったので、それを処理しなきゃいけないので、隣の納戸から煮〆が個別に入っているタッパーから人参、牛蒡、椎茸、筍、里芋など雑煮に合いそうな素材を皿にとって来て、大鍋の汁に入れて鶏もも肉を加えて味醂などで味を調えた。

餅はストーブで焼いた。

冷蔵庫を開けたらさつま揚げがあったので、これもストーブで焼いた。

煮〆の蒟蒻と酢蓮はチョット合いそうになかったので止めておいたが、喰わなくちゃいけない。

 

暮れに張り切って特大の鍋で出汁を引いているのはみたが、煮〆にする個別の素材をどれだけやったのかは見ていなかった。

長い間、7人家族の料理を作っていたのでその時の感覚が、今は3人家族にになっているが、中々消えないんだね。

 

そして、7人家族だった時には三が日の朝、父が神棚などに餅を供え灯明を上げて柏手を打ってから、家族そろって屠蘇を吞み、朝飯を食べたが、今ではそれもやらない。

若い頃はそういった儀式が嫌で、止めようとして、ほとんどを壊してしまった。

だが、年を取って、ようやくその意味が分かってきた。

何故日本では、新年に年を一つとるのかの意味も、最近になってようやくわかって来たが、既に重要な儀式や習俗の多くが失われてしまった。

 

フランス革命の時に、自由平等は無理だと指摘していたエドマンド・バーグのような思想家が居たが、明治維新の時に強大な西洋の力に対抗するために多くの文化や知恵を捨てて、技術だけでなく社会システムや思想も変えてしまった反省が生まれなかった。

大東亜戦争でその方向性が否定されたが、それでも日本が持っていた文化と知恵は復活せずに、アメリカ式の民主主義に追いやられてしまった。

ヨーロッパはEUが完全に行き詰まり、アメリカの状況も真似るべきことより反面教師にすべきことの方が多い今、日本が伝統的に持っていて捨てて仕舞った、社会を維持してゆくためのシステムと知恵をきちんと見直す時に来ていると思う。

 

そろそろ駅伝がやって来る、こんな駄文を書いている場合じゃない、出かけることにしよう。