ここ数日、僕の愛すべきぼろプリンターから廃インク吸収体がいっぱいになっているとの警告が出ている。

初めてのことなので、へーえ、こんなことがあるんだと不思議に思って調べたら、一定の枚数を刷るとこの表示が出て来るらしい。

まあ、センサーを付けると高くなるしややこしいから、この対処方法も悪くないけど、廃インク吸収体がどんなものか分からなかったので、動画でインクを吸収するスポンジというかタンポンというか、それを取り出して家庭のてんぷら油などを吸収する素材に詰め替えているところを観た。

 

いろいろな機械を直そうと思って分解したりすると必ずそれっきり終了ということになり、直ったためしがないから僕は無理だが、機械に詳しい人は、プリンターを開けて簡単に修理していた。

それでも、どんなものなのか、警告を無視して使えなくなるまで使って、廃棄する前に一度開いて見てみようと思っている。

しかし、こういった機械が好きで直して使える人は、壊れたプリンターやスピーカーやアンプなど何でもタダ同然で買えるから、安上がりでいい。

まあ、それまで散々いろいろな機械を分解しては愉しんだ末に得た技術なので、元手が掛かっているから、単純に安上がりともいえないんだろうけどね。

 

まあ、そんな訳で「政策レポート」を200枚刷って、自転車でJA湘南北口へ行き、小松菜と銀杏を買った。

皆さん大量に出て来た筍を目の色を変えて買い求めていたが、僕のところには大学の先輩から、裏山で掘った筍を直ぐに窯で茹でたのが毎年送られてくるので、そろそろその時期なので余裕を持って眺めていた。

 

自転車を吾妻山の大鳥居の大門脇に停めて、西に向かって配布をした。

初めてシーバスを釣った梅沢海岸へ出る谷の両側にも家が随分建っていて配ったが、長い階段の上に立っている家が半数以上あったので、そこはパスして旧東海道沿いに戻って配布した。

庭の手入れをしている女性がいて、チラシを手渡した序に色々と話しをしたが、梅沢海岸に車でやって来る人達のマナーが悪くて、近くの多くの住民は悪い感情を抱いていることが分かった。

コロナ期に急に釣り人が増えて、港へやって来たが、早朝から五月蠅いし、ゴミを放置するし、直火禁止の海岸でバーべーキューをやるしと不評で、釣り禁止にした漁港も多かったと聞いていたが、我が二宮町でも同様の問題が起こっていたんだね。

想像はしていたが、実際に強い口調で具体的なクレームを聴いたのは初めてだった。

 

今朝も身体が怠くて、Daisoで買った河川の麦わら帽子を被っていたが、暑さにもやられ早仕舞いした。

家に帰ると、次男が妻が焼いた米粉と蜂蜜の焼き菓子を全部食べてしましそうな勢いで、妻に留められて半分で止めたところらしかったが、小腹が空いていたので僕も戴いた。

例のヨーグルトの水分を飛ばしたクリームも作ってあったが、そのまま食べても美味しかった。

既に妻は昼の海老と春野菜のスパゲティを作っていて、焼き菓子を食べ終えたら出来上がった。

新玉葱と絹さやと水菜が入っていて、水分量と塩気減も良く、海老もふんだんに入っていたせいか、妻のパスタにしては最高の出来で美味かった。

アールグレイを淹れて、焼き菓子と煎餅を食べた。

 

プレシネは二回目になる渡辺謙が作った映画で、やりての営業部長が50前にアルツハイマーに罹病して、慌てるのを妻の樋口可南子が支える物語。

もう40年近く前に関内で樋口を見た時には綺麗だとも思わなかったが、映画ではやけに綺麗だったな。

好みの水川あさみを観ているのも愉しかったけど、渡辺のユーモラスなところが好きで、割と気に入っている映画だ。

この夫婦は陶芸教室のようなところで知り合って結婚したが、ラストに渡辺がその山の中の場所へマグカップを持って行き、絵付けをして師匠の大滝修二と二人で、野焼きをし、その火で燗酒と焼玉葱を飲みかつ喰らうが如何にも美味そうでね。

夜が明けて、焼き上がったカップを持って渡辺が駅へ向かう途中、樋口がやって来て会うが、既に妻であることが分からなくなっていた。

 

映画が観終わった頃、先輩から筍を送ったから明日そっちに着くとメールが来た。

 

 

 

 

 

 

今朝は波も低く風も弱かったかので釣りに出かける予定で、昨夜から準備をしていたが、目が覚めたのが3時過ぎで、そこからYouTubeをザッピングなどしていたら、夢現が交錯して出かけるタイミングを逸してしまった。

思えば30年前の3月29日には初めてのシーバス67㎝を釣り上げたのだが、あの頃のような焼けるような情熱が無い。

当時、既に40を超えていたが、若し10代でルアーに嵌っていたらもっと良かったなと思った。

だが、そうなると学校など行かないで浜にへばり付いていたから、全く別の人生を歩むことに成ったろう。

かくも、釣りの快楽は強烈だった。

その強烈な快楽もジジイになると感性が鈍り感じられなくなるのは、生命維持機能が働いて、強い快楽から身体および脳を遠ざけるからだろう。

まあ、詰まらん言訳はこのくらいにしておこう。

 

6時に起きて何時ものようにストレッチと脚の運動をして寝室のドアを開けてもイクラの姿が見えなかった。

台所で洗米をしていると何処からともなく姿を現した。

昨夜、大量の水蕗を水煮にしてあくを抜き、水に放っておいたが、細いのとデカイ蕗を鍋に入るように切りそろえた先端部を食べてみたら、筋がさほど気にならなかったので、太いもの20本ばかりの筋を取り、短く切って酒と味醂と黍砂糖で火に掛けた。

30分ほどして醤油を加え更に30分煮て、最後に庭の山椒の若葉をたっぷり加えてさらに15分煮て水分を飛ばした。

朝飯の時に早速食べてみたが、皮をむいた蕗は色が濃くなりちっかり醤油などが浸み込んでいた。

 

米の浸水と蕗を煮込んでいる間は居間で松原みきを聴きながら江藤淳を読んだ。

二宮には三田文学を一時期引っ張った山川方夫が住んでいたが、若くして駅前でトラックにはねられて亡くなった。

この山川の推しで江藤は「夏目漱石論」を書き始めたとのことで、山川の亡くなった2月20日には、その恩義を忘れずに冥福を祈っていたようだ。

地元の作家ゆえに茅ケ崎の古書店で「山川方夫全集」全5巻を見かけたときは、最近の全集離れで価格も廉く、余程買おうかと思ったが、荷物になるので止めた。

新潮文庫や旺文社文庫で出ていたのを持っていたが、その後、時々注目され、編集されたものが単行本で出たりして買い集めた。

二宮駅の南口に小田原の伊勢治書店が支店を出していた時には、地元の作家ゆえに何時も文庫作品が置いてあったが、既に10年も前に撤退してしまった。

紙の本は消え去る運命とは云え、町の文化程度が低下したような気がして消沈した。

 

7時になったので人類の朝飯を作りに台所へ移動した。

カク鯵の干物を妻が作ったので、焼いて食べたが脂の乗り具合が絶妙で絶品だった。

塩の具合、干し具合、焼き具合も完璧な感じだったが、こういった事は年に数度しか起こらない。

葱と豆腐と若芽の味噌汁、若芽は先週の朝市で町長が販売している岩手の産で、復興に協力しているとのことだが、肉厚で固くて味が強くたくましい若芽で好みだ。

小松菜と油揚げの炒め煮、卵焼き、きんぴらごぼうは、適量残っていたので温めて食べた。

出来立ての蕗の佃煮は山椒の若芽がアクセントになっていた。

 

イクラの天然素材の朝飯は、妻が鶏胸肉を昨日全て蒸してしまい、沢山あった魚も開いて表に干してあるので困ったなと思ったが、豚肉を加熱してやることにした。

結構食べてくれたが、最後の方は嫌がって横を向いてしまったので、残りを味噌汁に入れて人類が食べた。

 

 

3時過ぎに本を持って廊下の神椅子に横になって真面目に読書をと思ったが、ついスマホに手を伸ばしてしまった。

小中学生のスマホ依存の問題より先にジジイのスマホ依存についての対策が必要だなと思う。

子供は今後どっぷりスマホに使っていれば反省が生まれ、自ずと対策を考え生きる道を切り開いてゆくだろう。

だが、ジジイは先が無いから嵌ったままで人生を終わることになる。

仕舞が悪いと人生そのものが悪かったことに成って仕舞う、そうなりゃ大変だよ。

 

そんな事をしていたら裏の人が水蕗を取って来たからと両手にいっぱいに抱えて持って来てくれた。

晩飯の後、妻が昼飯作成で疲れて不機嫌で、私は蕗をやるの嫌だと云ってTVを観に居間に行ってしまった。

蕗はなるべく早くあく抜きをしないと駄目なので、やむなく葉をむしり取り、太いのと細いのに分けて、鍋を二つ用意して茹でてあく抜きを行った。

太くて根元に近い部分のあくが凄かったね、細いのと先っぽの方は佃煮にする予定だ。

 

少し動画を眺めていたら、人間は自動制御装置が付いているから、眠ってしまったようで、肌寒いと感じて目が覚めるまで寝ていた。

YouTubeには、毎回大興奮するような動画が流れているわけじゃなく、殆どが同じ情報の同工異曲で幾つか観れば厭きる。

外が少し薄暗かったので風呂に入ることにした。

風呂から出て居間で遊んでいたら晩飯が出来たと妻に呼ばれた。

昨日は鯛の刺身だったが、今日は塩焼きだった。

長さを測ったら25cmほどで、このくらいの大きさが皿に乗るから塩焼きにするには丁度いい。

これでも結構食い出があり、他に蟹擬きが入った玉子焼き、小松菜と油揚げに炒め煮、きんぴらごぼうがあった。

昼に全精力を使って飯を作った割に、夜も色々作ったので妻は完全に疲れていた。

エノキと葱と豆腐で味噌汁を作って食べ、抹茶を二杯立て、米粉の檸檬ケーキと黒砂糖のかりんとうを食べた。

 

その後、朝、二日酔いだったのにすっかり忘れ、目の前にあったモンターニュ・サンテミリオン、シャトー・フォン・ベルナール2022を、胡桃を肴にしてグラスに2杯飲んだ。

昨日は酒とスコッチとジンの後で飲んだので、感覚が鈍っていたが、今日は敏感で、しかも一日空気に触れて香りが開き、味もまろやかになっていて美味かった。

ドライコンテナで輸送したと思われ、コンディションが万全とは云えないが、それでもこれだけの味わいのワインを千ニ三百円で飲めるのは幸せだ。

ブライが千円チョットだったけど、もう少しだけ出すと、これだけのワインが飲めるから、味を占め上へ上へと昇って行って、仕舞にはサンテ・ミリオンならオーゾンヌに行きつく事に成る。

まあそうなると8倍から∞の金額を用意しなきゃいけないから、こうやって気軽に晩飯後に胡桃かなんかで飲むわけにゃいかない。

 

それでも妻の部屋にはシャトー・ラフィット・ロートシルト1982があるから、いつ何時気の迷いで晩飯の後に開けないとも限らない。

このワインは長い間地下収納庫で保管していたが、10年ほど前から他の僕の高額ワインと共に妻の部屋で保管されている。

妻の部屋は自分のワインを保管しているので、6月から9月まで、冷房が点けられていて保管の条件は良い。

表向きは、僕が酒を呑んで良い気分になって、うっかりワインを空けて飲んでしまうのを避けるためだが、僕が無き後、独り占めにしようとの魂胆があるのではないかと疑っている。

妻は赤ワインより、シャンパーニュと貴腐ワインが好きなので、素直に好意として受け止めるべきなのかも知れない。