今年初めてJA湘南北口店へ行った。

前の方に顔馴染みの常連のオバサンたちがいて、新年の挨拶をした。

店は昨日からやっていたようだ。

菜花、ほうれん草、大根、人参を買った。

町内会の知人が来て、家の古いTVを南会館に寄付することにした。

体操やカラオケをやる時に使う液晶画面が故障していて、新しいのを買おうとしていたが、現在8畳で使っているのを寄付することにした。

必要な時には居間のTVで観ればいいのでね。

人生最終章は持ち物を減らしていかないと。

 

帰りに勝負前貢献で運動をして、その後知人のところで選挙の準備について話を聞いた。

二宮梅沢海岸にもう少し使い勝手のいい港が出来ないかと思っていたので、過去の経緯を聴いたりしていたら、思わぬ時間が経過していて昼近くになっていた。

慌ててラディアンの図書館へCDを返却してから家に帰った。

 

玄関を開けようとしたら閉まっていた。

台所から入ったら、次男と二人でラーメンを食べに行くとのメモがあり、昼は出汁が取ってあるので自分で作ってのことで、お揚げと冷凍うどんが置いてあった。

友人が送ってくれた蕎麦のツユを出汁に加えて、小松菜とお揚げと刻み葱で食べたが、出汁が良く取れていて実に美味かった。

冷凍技術が高いので家で作るうどんのレベルはすごく高くなってるね。

次はぜんざいを作って食べたら、これもやけに美味くて、ヤッパリ小豆を自分で煮ると格別だよね。

餅をの2個食べたが、更にもう1個焼いて食べた。

その後は当然お茶を点てて飲んだ。

 

プレシネは3度目になる「ブラックレイン」を観た。

マイケル・ダグラスより、途中で死んじゃうアンディ・ガルシアが好きでね。

ワインの取引先にも、このタイプのやつがいて、実にいい感じなんだよね。

日本人では若山富三郎が良いね、この人が主演した「事件」は善良な弁護士だったけど、ヤクザの親分もいい。

勝新より渋くていい。

 

2時過ぎに妻と次男が帰って来て、柿の種を土産にくれたので食べてしまったが、いくらなんでも喰い過ぎだね。

平塚の二郎系の拉麺に行ったらしいが、次男は客層が合わないと云って嫌っていた。

僕は諄い味の拉麺は御免だから、話を聞いただけで食べる気がしない。

家系拉麺も同じ理由でダメだけど、若い頃は飲んだ後でも諄いの喰えたんだけどね。

中年になって梅田新地でバー・クラブを梯子して、連れていかれた「酔い覚め饂飩」が気に入ってから、さっぱりした味の饂飩や蕎麦を食べるようになった。

札幌のススキノで飲んだ後も、後年はもっぱら蕎麦屋だった。

北海道は地粉を使っているので、蕎麦のレベルが高い。

 

娘からメールが来て、2月にラマンチャのワイン会に参加するので、「ドン・キホーテ」を貸してくれと云って来た。

2階に前篇3巻後篇3巻が揃っていると思っていたが、前篇の1巻が見当たらず、文庫本は前後2列で本棚に収納してあるので、書斎と母の母のベッドルームと納戸と水屋の本棚を探し回った。

良い運動になったが、結局、お仲間が居た机の左の本棚にカバーを被って鎮座していた。

岩波文庫で新旧あり、新は牛島信明訳、買ったが読んでないので、綺麗だし文字も大きい、それを貸すことにした。

読んだのは旧の永田寛定訳で、僕はそっちに愛着がある。

 

 

 

 

零時前にベッドに入ったが、直ぐに眠りについたのに1時間で目が覚めた。

目が覚めると、父が僕と同じ年齢だった頃、その後10年チョットで亡くなってしまったが、人生の最晩年に何を思っていたんだろうとあれこれ考えた。

最後の15年くらいは、平塚にあった低価格理髪店に通っていたが、電車に乗って態々出かけるのが厳しくなり、家で僕が散髪をしていた。

飽きっぽくて忍耐力に掛けるが、いわゆる器用貧乏で何でも中途半端に出来た。

横浜スタジアムの地方フェアの燕三条のブースで買った鋏と、銀座の百貨店で買った散髪用の櫛を使って何度か切ると、結構上手く出来るようになった。

まあ、時々耳を切っちゃったりした失敗もあったけどね。

髪の毛を受ける用具は、子供たちの髪を切っていた頃に、妻が何処からか買って来た頭から被る傘のような形状のもので、これが便利だったが、壊れて買い替えたら、子供騙しのようなものだったのに高くて驚いた。

まあ、子供たちが小さかった頃は、僕が3人の髪の毛を切っていたので、多少の心得はあったんだね。

 

父の身体に触れるなんてことは幼い頃にあったきりで、絶えて無かった。

遺伝子の半分が父から来ていることを実感し、散髪中に話をしたわけでもないが、親子であることがしみじみと感じられた貴重な時間だった。

今思うと散髪はかけがえのないことで、やって置いて良かったなあと思う。

 

その内眠ってしまったようで、次に目を覚ましたのが5時半、そのままYouTubeをザッピングしたが、ベネズエラはハイパーインフレになり、自国通貨が破綻してコロナ前から中国元を使っていたのを知って驚いた。

中国の影響がここまで強かったとはね、9兆円の貸し付けを行っているとも云われているが、これがパーになったので、そこもトランプの狙った所だろう。

この国は石油と金などの鉱物が唯一の表産業で、裏産業に麻薬がある。

それをマドゥロ大統領が私をして、国民は生活苦に喘いで800万人が国外へ逃れているが、難民を受け入れた近隣国もその数が多くて対処しきれていない。

アメリカの行動はもちろん国際法違反の可能性が高いが、国連や国際法は有名実実で執行力が無い、本来の実行が伴うルールは時の覇権国がもっているのが世界の常識だ。

第一次大戦後イギリスから受け継いだ覇権国家はアメリカであり、今その力が弱ってきていて、中国が名乗りを上げているので世界はギクシャクしている。

トランプは次なるターゲットをグリーンランドに置いているが、イランの内部崩壊が始まっているとの噂もあり、ある日突然イランの政権交代があるかもしれない。

CIAの諜報と内部破壊活動が結構効いているような気がする。

人は新たな事が起こると過去のことを忘れる、アルゼンチン攻撃の非難をかわすには、次なる政変を行うことだ。

アルゼンチンもグリーンランドもイランも政変があれば、そこに肩入れしている中国の動揺が激しくなり、本丸の中国の近平失脚まで案外時間が掛らないのかもしれない。

 

6時すぎに起きて部屋を出たけどイクラが見当たらなかった。

居間へ行ったら、向かいの6畳から顔を出した。

チョット間をおいて走り出し、机の下の棚の間を通り抜け、ソファーの背もたれの上に駆け上がり、見栄を切った。

ウェットとドライを少し食べたら、何時もと違って何処かへ出かけて仕舞った。

7時に台所で朝飯を作り出したら、ちゃっかり僕の椅子に座ってこっちを見ていた。

いつの間に来たんだろう。

鶏腿肉の切り身をやって、オワリと云ったら素直に椅子を降りて、廊下へ出て2階の妻に向かってアーウアーウと何度か声をかけて、起きろと合図してから何処かへ消えた。

ちなみにイクラは猫っぽくニャーとかニャーウとは鳴かない。

猫っぽいニャがアになる。

 

人類の朝飯は、昨夜、妻が作った蕪と芽キャベツと鳥と豚肉のクリームスープを温め、アジの干物とイクラが食べている鶏腿が古くなってきたので塩胡椒してグリルした。

桶から白菜を出し、ほうれん草の卵炒めを作った。

最近、藻塩の美味さに開眼したが、鶏腿のグリルに使ったら、味の奥行きが増しているようで、実に美味かった。

 

 

廊下の神椅子で中野剛志を呼んでいたが、この間から思っているんだけど、今回のアメリカのベネズエラ攻撃は2006年の現実主義者クリストファー・レイン「幻想の平和 1940年から現在までのアメリカの大戦略」の内容を実行しているように感じる。

要はアメリカは南北アメリカ大陸の地域覇権国家となり、オフショアバランシング戦略で日本や韓国、台湾に自主郷枻力を強化させ、中国に圧力を掛け、開戦となり同盟国が劣勢に立たされた時に初めて援護するといった方針だ。

ヨーロッパからも兵を引き、自主防衛を進めさせる考えは、現に実行に移されているし、韓国への核シェアリングを念頭に置いた原子力潜水艦製造の容認や台湾への先端兵器輸出などがみられる。

日本の核保有の容認論が昨年論文として発表されている。

そして、裏庭ではベネズエラの石油を輸出させないことでの、キューバの国家機能弱体化が、この戦闘の本質的な目的だったとも云われている。

中国・ロシアが配したベネズエラの防衛システムは、内部通報者がいたにしろ、いとも簡単に無力化され、両国の防衛システムを採用している国をビビらせた。

となれば、日本への中国からの圧力もトーンダウンするのではないか。

 

4時を過ぎた頃に、お寺から来ている墓の管理料と「家内安全」のお炊き揚げの費用を振り込みに郵便局へ出かけた。

その後、西へ向かって歩き、駅前の乾物屋で大豆と新海苔を買った。

以前焼き鳥屋だったところがクラフトビールを出す店に替わっていて、ようやく場所を突き止めた。

閉店をするという「山小屋」の前を通ったが、ここでワインの販売とグラス売りをやって若いオネエチャンを相手にするのも愉しそうだ。

 

家に帰った時には薄暗く、雨戸を閉めて風呂に入った。

ここ5年くらい蓄えていた顎髭を剃り落とした。

いよいよ70台を迎えて心機一転、利休庵の大将じゃないが青春時代を謳歌しようか。

だが、鏡を覗いたら顎のあたりに老いを感じたね。

 

娘が飯を喰いにやってくると云っていたが、風呂から出たら台所にいた。

リーさんのカンパーニュ、ヤギのチーズとトリフが入った白カビチーズ、アンダルシアの白ワインとナバーラの赤ワインを持って来ていた。

妻は蕪と芽キャベツのクリームシチュー、肉は鶏と豚が入っていた。

個々が過剰なのだ、娘も両方は云ってるの?と云っていた。

自家製米粉の皮の豚まん、最初食べた時に米粉の皮に違和感があったが、3度目なので違和感も消え美味しくいただいた。

ブロッコリーとアボガドとリーフレタスのサラダ、好みの玉葱のドレッシングが無かったので、塩オリーブオイル胡椒リンゴ酢で食べた。

この白ワインは、3度目くらいだが、褐色がかった濃厚なタイプで美味い。

赤は、この間娘がスペインに行ったときの持ち帰ったものらしく、鮮やかなフルーツでビオディナミのワインにありがちなスタイルだったが、まごうかたなきビオディナビだった。

良いワンだったが、きっと高いんだろうね。

豚まんには白ワインが素晴らしく合う、昨日長男が「王将」には白ワインが置いてあると云っていたが、点心には白ワインが良く合うね。

フランスの中華料理屋は、昔は何故かロゼだったが、今じゃ紹興酒を飲む人が多いと聞く、でも白がいいと思うね。

シェリーも良く合わせて飲んだが中々いい。

 

娘にお茶を一服立ててやった。

八つ橋で飲んでいたが、その後、イクラと少し遊んで帰っていった。

家には3匹の猫が待っているんでね。

 

昨日で酒を少し休むつもりだったが、結局、松の内は飲みっぱなしだった。

明日からは少し禁酒しよう。

でも、日曜日のどんど焼きの後には飲み会があるなあ。