これまで
「相対性理論で読み解く魂の在り方」
というシリーズで、光と物質、時間
そしてこの世界の成り立ちについて
考えてきました。
相対性理論で読み解く魂の在り方①|時間・重力と意識の世界 | 空くぅ ― ひとつの呼吸 ―
ここからは
その先にある魂・意識の世界について
私自身の体験と考察を交えながら
お伝えしていきます。
私たちは
なぜこの世界に生まれてくるのでしょうか。
そして
さまざまな経験を重ねることには
どのような意味があるのでしょうか。
まずは
世界の始まりを一枚のキャンバスに例えて
考えてみたいと思います。
何もない世界は、本当に何もないのか
何も描かれていない真っ白な
キャンバスを想像してみてください。
そこには、まだ何の形もありません。
しかし
何も描かれていないからといって
何も生み出せないわけではありません。
・どんな色でも描ける
・どんな形にもなれる
無限の可能性を持っています。
私は、この状態を「無」という
一つのフィールドとして捉えています。
何もないのではなく、何にでもなれる
そして、すでに満たされている世界です。
最初の動きから始まった経験
その満たされた世界に
あるとき一つの動きが生まれた。
それが光と闇という二極の始まりであり
経験する世界の始まりであると考えています。
ではなぜ
その動きが生まれたのでしょうか。
もし、自分が何にでもなれる
大いなる意識だったとしたら。
すべてが満たされているからこそ
何かを経験してみたいと思った
のかもしれません。
その一つの動きから
違いが生まれ、
比較が生まれ、
さまざまな経験が始まった。
私は、このように世界の始まりを
イメージしています。
もちろん
最初の動きが、なぜ生じたのか
その起源については
まだ答えを持っていません。
ただ、私たち自身の心を見つめてみると
そこにも似た構造があることに気づきます。
満たされていることと、満たされていると知ること
例えば、お腹がいっぱいのとき
私たちは、食べ物をそれほど求めません。
しかし、お腹が空くと
食べ物を強く求めるようになります。
そして、空腹を経験したあとに食べる食事は
いつも以上においしく感じられる
ことがあります。
満たされている状態だけでは
満たされていることに気づかない。
不足を経験することで
初めてそのありがたさを知る。
愛についても同じことが言えると
考えています。
愛がなかったから求めたのではない
愛を知るために、不足を経験した
もともと満たされていたものを
さまざまな経験を通して理解していく。
そこに魂が経験する意味の一つがある
と考えています。
経験を重ねることが、すべてではない
真っ白なキャンバスに
一つ、また一つと色を重ねていく。
それは
さまざまな経験を
積み重ねることに似ています。
しかし、色を重ね続ければ
必ず美しい絵になるとは限りません。
経験が増えるほど
満たされるとも限らないのです。
私たちは
何かを手に入れれば幸せになれると思い
さらに次の何かを求める傾向にあります。
けれど、どれほど手に入れても
満たされないことがある。
それは、本当に必要なものが
外側にあるとは限らないからです。
もともと満たされていたことを思い出す
私は、そこに
魂の旅の大切な意味があると考えています。
では、もともと満たされていた魂・意識は
なぜ肉体という限られた存在になって
この世界を経験するのでしょうか。
そして、肉体を持つことで
何が変わるのでしょうか。
次回は、魂と肉体の関係について
もう少し詳しく考えていきたいと思います。
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