こんにちは、なるみです。

 

 

 

 

 

 

先日、とあるきっかけで

手相鑑定を受けてみた。

 

 

 

 

 

 

過去に一度受けたことがあったが

その際は

鑑定士の主観が大いに入ったもので

わたしの手相についてより

その方の人生観を聞くだけの時間だった。

 

 

 

 

 

 

今回は、

無料鑑定ということで

正直あまり期待せずに臨んだのだが

それが奏功したのか

有意義な時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

鑑定士の方は

とても柔らかな雰囲気で

邪気がない。

 

 

 

 

 

 

なぜ手相鑑定を選んだのか聞くと

自分が受けた鑑定に納得ができず

ならば自分が学んでみよう、と

1年半ほど勉強しているとのこと。

 

 

 

 

 

 

手元にはタロットの本が置いてあり

タロットや四柱推命も学びたいんです、

と、

キラキラした顔で話してくれた。

 

 

 

 

 

 

ちなみに鑑定結果は

自分の背中を押してくれるものや

今までの答え合わせをするようなもの、

そして、

今後生きていくのが楽しみになるような

内容で

とてもうれしくなった。

 

 

 

 

 

 

その場で、改めて気づいたことがある。

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、

ひとが自分の好きなことを話すのを

聞くのが

とても好きだと。

 

 

 

 

 

 

それをうまく聞き出せたときは

思わず

ガッツポーズしたくなるほどだ。

 

 

 

 

 

 

それから、

ひとのステキなところを見つけて

伝えるのもとても好き。

 

 

 

 

 

 

ちょっと照れくさそうに

はにかんだり、

まんざらでもない顔をされると

こちらまでうれしくなる。

 

 

 

 

 

 

そんなこと言われたことない、とか

言われると

わたしがいちばんに見つけられた!と

またまたガッツポーズしたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしが

頼まれなくてもやってしまうのは

そのひとがまだ気づいてない、

光をみつけること。

 

 

 

 

 

 

 

わたしと話す前と、話した後で

そのひとが0.1mmでも

自分のことを

「なんかいいかも」

と思えるようになってくれたら

こんなうれしいことはない。

 


 

 

 

 

カウンセリングでもなく

コーチングでもないそれを

なんと表したらいいかわからないが

わたしのやってしまうこと。

 

 

 

 

 

inner reboot 

とひとまず名付けようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、なるみです。

 

 

 

 

 

 

前回のブログで書いたが、

腰を痛めてしまい

現在、動くことに制限がある状態。

 

 

 

 

 

 

しかし今までのわたしは、

フットワークの軽さが武器、

というくらい

常に動いていた。

 

 

 

 

 

 

その武器が奪われてしまった。

 

 

 

 

 

 

これは、一見すると

よからぬ状況にみえる。

 

 

 

 

 

 

そして恐らく

過去の自分だったら

この世の終わり、くらい

落ち込んでいたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

しかし不思議なことに

今のわたしは

そのように感じてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

出来事に意味はないし

意味づけをするのは自分。

 

 

 

 

 

 

ただ観察をしてみると

腰痛を発症した2回とも

 

①発症する少し前に

 ストレスに感じる出来事があり、

 

②前かがみの姿勢になったときに起きた。

 

 

 

 

 

 

さらに観察すると

日頃から呼吸が浅い、つまり

常にカラダに力が入っていて

グッと踏ん張っていたのかも、

という仮説。

 

 

 

 

 

というのも

今は日常動作で呼吸、

特に「吐く」ことを意識しているのだが

そうすると

カラダが緩む感じがするから。

 

 

 

 

 

ちなみに過去ブログでも

呼吸について触れていたが

ブログに書くだけで

変わっていはいなかったということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ショックを受けなければ

ひとは変わらない。」

 

 

 

 

 

とあるひとが

そのようなことを言っていたが

まさにその通りで

今回で言うと

痛い目に遭って初めて

今まで気づかなかった(気づけなかった)

自分の「動きすぎていた」部分や

呼吸や所作の粗さについて気づけた。

 

 

 

 

 

それはつまり、

やり方を変えたほうがいい、

といえるのかも。

 

 

 

 

 

 

大げさに言うと

自分の積み上げてきたものや

信じてきたものを

全部壊して更地にして

構築し直すときがきたのかも。

 

 

 

 

 

 

あくまで

そうかもしれないし、

そうでないかもしれない、という

今のわたしが考え得る

ただの仮説にすぎない。

 

 

 

 

 

 

ある講座の中で講師が言っていた、

すぐに理解や納得できるものは

役に立たない、と。

 

 

 

 

 

 

そのときは意味が解らなくても

ずっと考え続けるからこそ

後になってから

全く関係ないところで腑に落ちたり

理解が深まるのだ、と。

 

 

 

 

 

 

そのことを

身をもって知れているわたしは

とても幸運なのかも、これも仮説。

とはいえ、、、

もう痛いのはごめんだが、笑

 

 

 

 

 

 

物理的に動けなくても

意識は自由に動かせる。

 

 

 

 

 

 

動けないから不自由、ではなく

今だからできることを探して

たのしもうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、なるみです。

 

 

 

 

 

 

数ヶ月前に

軽い腰痛を発症したのが

先日、前回より酷い形で再発した。

 

 

 

 

 

 

喉元過ぎれば、

とはよくいったもので

気を付けていたのは

痛みがあった期間だけだった。

 

 

 

 

 

 

GW初日、意気揚々と実家に帰省し

着替えようと

床にあった服を

拾い上げようとしたら

腰に「ピキッ」と電気が走り

そこから

直立姿勢のまま動けない。

 

 

 

 

 

辛うじて椅子に腰かけたが

そこから、座った姿勢か

立てても

擦り足で歩くのが精いっぱい。

 

 

 

 

 

結局発症した日は

ベッドに横にすらなれず

座ったままで仮眠をとり

翌日の朝イチで

整形外科を受診。

ぎっくり腰だと言われたが

その時は

ベッドにフラットに横になれなくて

レントゲンすら撮れない状態。

 

 

 

 

 

コルセット、湿布、鎮痛剤を貰い

それらすべてを駆使し

日にち薬で快方に向かっている。

 

 

 

 

 

 

で、今回のことでの気づき。

 

 

 

 

 

腰は肝心かなめ、と言われるだけあり

本当に痛いと「動けない」。

 

 

 

 

 

腰が少しでも動くと

痛みに繋がるので

前かがみの姿勢はもちろん

座ってもお尻を前後させたり

普通に歩いたり

手を伸ばして物を取ったり

振り返ったり

ベッドに足を上げることすら

一切できなかった。

 

 

 

 

 

普段普通にやっていたストレッチや

柔軟体操、ラジオ体操、速足で歩く、

階段の昇降、走る、お風呂に入る、など

日常生活のほとんどが

出来なくなった。

辛うじてトイレは行けたが

しかしこれももっと酷いと無理だったと思う。

 

 

 

 

 

 

車に乗る一つ取っても

シートに座るまで倍の時間かかるし

乗っていても

道のガタつき、カーブ、曲がり角、

ブレーキなど

いちいち響くのだ。

 

 

 

 

 

 

カラダが問題なく動くことの

尊さを、身に沁みて思い知っている。

 

 

 

 

 

 

そして、

今までの自分を振り返ってみると

もしかしたら「動きすぎ」だったのかも、

という仮説が立っている。

 

 

 

 

 

 

自分ではそれが長所、というか

フットワークが軽いことが

デフォルトだったが

見直しなさい、と

言われているような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「刺激中毒。」

 

 

 

 

 

たくさん動くことで

さまざまな刺激を受けてきていたが

量に振りすぎていたのかも。

 

 

 

 

 

だとしたら、少しずつ

質に転換してもいいのではないか。

今までの自分のままでなく

今のわたしの生活スタイルのように

本当に必要なものだけを

吟味して選ぶ。

 

 

 

 

 

瞬間的に反応するのではなく

一旦、持ち帰って検討するような

「溜め」の時間を

設けてもいいのかも、

そんなことを考えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にしても

現代の便利グッズには

本当に驚かされていて

例えばドライシャンプーシートとか

クレンジングシートとか

「不自由」のためのモノの豊富さ。

 

 

 

 

 

 

そして、

ネットスーパーのありがたさ。

時間指定できるし、

荷物を小分けにしてくれていたり

ちっちゃなことだけど

困っているときほど

くっきりとありがたさが見える。

配送料も数百円だし。

 

 

 

 

 

 

日本人の、こういった細やかな視点は

まさにデフォルトだと思うのだが

感心するし、

素晴らしいと日々感動している笑い泣き

 

 

 

 

 

 

今はまともに動けるようになるため

回復させることに集中します。