Voice Works Vivo5周年アルバム
『La Voix Briller』

5月13日発売先行 『インストアライブ』
発売前にゲット出来ます!!

日時:5月7日(土曜)
時間:18:00~
場所:ミュージックショップ 音楽処 店内

住所:札幌市中央区南1条西4丁目
4丁目プラザ7F 自由市場内

出演:尼子佑佳・三浦里菜・繭可・Leica・Hide-c.

唐突に思い出したのだけど、

以前というかビデオが普及した頃。

普及と言っても、ビデオにはVHSとβがあって、

β方式は、自分が小学生の頃には学校にあった。

札幌オリンピンックより少し後だったので、

多分、ベータ方式が出て直ぐだと思います。


でも自分が買えるようになったのは就職してからなので、

VHSが一般的になってから。

というかベータの勢いが落ちて来た頃かな?


丁度、その頃に登場したのがファミリーコンピュータ。

いわゆる「ファミコン」ですね。


でもこの頃のテレビってまだビデオに接続するという事はあまり一般的では無くて、

ビデオ端子を持っていませんでした。


そこでファミコンには、「RF入力」と書かれた部品がありました。

何をする物かと言うと、テレビのアンテナとファミコンの出力ケーブルを繋ぐ端子で、

簡単に言えば、アンテナの分配器です。


これが無いとファミコンをテレビに接続する事が出来ませんでした。

実は自分自身、その少し前学生の時にPCを買って持っていました。

当時は、PC(パーソナルコンピュータ)という言い方はしてなくて、

「マイコン」という言い方が一般的でした。

マイコンをMCと言うかというと、それは聞いた事はありませんが・・・。

それも同じくアンテナ接続。

何故かというと、当時専用のモニターだと高額だったのです。

しかも少し安いのでも、グリーンか白の表示で背景は黒。

カラーはかなり高額でした・・・。

当時から「解像度」とい事はありましたが、意味は全く理解出来ず・・・。

なのでPCも普通のテレビに繋いでという感じです。

ただPCと同時に、PC対応というテレビを買ったので、

普通のテレビよりは映りが良かったのかもしれませんね。

文字がぼやけてという事もありませんでしたので。


ただファミコンは、自分で買ったのは発売から5年くらい経ってからだと思います。

会社の寮で、ファミコンを買った人がいたので、その人の部屋にみんなが集まって交代でやってました。

ドラクエⅠも当然、「死んだら交代ルール」・・・。

今考えたら、レベルが上がれば死ぬことって無いんですけど・・・。

RPGゲームってどういう物なのかも理解していませんでした。


寮に入れるのが、3年間だけで、

その後は各自で住む場所を確保というのが決まりだったので、

アパートを探して住む事に。

幸いというか、そのファミコンを持っている人が近くだったので、

時々借りていたのですが、突然映らなくなってしまい修理に。

でも何日かかるかわらないと言われ、

仕方が無いので新しいのを買って、その人へお詫びして、

故障して戻って来たやつを自分で使う事に。


故障の原因は、借りていた時というより寮にいた頃にやっていた

「裏ワザ」というやつで、「カートリッジを引き抜く」というのがあったのですが、

それをみんなでやったのが原因なのでは?と思います。


今も裏ワザってゲームだとあるのだと思いますが、

当時は、かなり流行っていました。

ドラクエで続きをやる為の復活の呪文が消えてしまうのと同じくらいで・・・。


あれ?公衆電話で使うテレフォンカードの発売もこの頃だったような気がします。

そして東京での6年くらいの生活も終わり、北海道へ戻って、

数年してテレビの映りが悪くなったので、買い替えを。

するとあのビデオ端子も標準装備。

一瞬「おーっ!!」って思いましたよ。


当時使っていたステレオはミニステレオだったのですが、

アンプとスピーカーも買い換え。

アンプはAVというやつで、複数のAV機器を切り替えて使えるというやつ。


そしてファミコンもと思ったのですが、なーーーーんと。

ファミコンに繋ぐAVケーブルって無いんです。

という事で、ファミコンはアンテナ接続のまま。

でもその直後に「スーパーファミコン」というやつが出て、それに乗り換え。

とは言ってもファミコンも使っていましたけどね。


ただ学生頃に買った、PCは触ることもなく・・・。

仕事でコンピュータを使っているのに、家に帰ってまでプログラムを作る気にもなれず・・・。

そうそう、今と違いインターネットがある訳でもないし、

ゲームが雑誌などに添付される事なく、

自宅のPCと言えば、プログラムと作るというのがPCの趣味のメインみたいな物でした。

PCの雑誌はあったのですが、プログラムが印刷されていて、

その通りに打ち込めば、そのゲームが出来るというパターン。

ゲーム自体が添付されたのは、Windows3.1が登場してからですね。


実はそれまでは、CPUもインテル系とモトローラ系の2種類が半々くらいだったので、

雑誌に添付というのは無理があったのでしょうね。

ちなみにモトローラ系って今でいうアップルコンピュータのMACの系統です。

インテルが、Windows系統で使ってますよね。

実際にはちょっと意味合いが違いますが、だいたいこんな感じです。


でもファミコンやスーパーファミコンの頃に出たドラクエには寝ずにやってましたね。

ちなみにスーパーファミコンはスーファミって言ってました。

違う呼び方する人もいるのかな?


そしてファミコンの偉い所。

ファミリーコンピュータという名前だけあって、実はゲーム端末以外に、

キーボードとROMの書き出し機器があったのですよ。

なので、自分でオリジナルのゲームやソフトを作ってゲーム端末で動かす事が出来るという

画期的なシステムだったんですよ。

※ファミコン本体とは別売

まぁ今だと、ハードディスクに書きだした方が早いし、楽ですけどね。

でも当時、ハードディスクは十万円以上していたので高価だったので、

マイコンの頃は、カセットテープに音で記録。

デジタルでは無くアナログ方式ですね。

実際にテレビの番組でプログラムの音を放送して、

それを録音して動かすなんていうのも出来ました。


それが少しして、プログラムをフッロピーディスクと呼ばれる、

薄い円盤状の磁気媒体に記録する方式が一般的になり、

Windows3.1の頃になるとCDも登場して、ようやく雑誌でもプログラムを添付。

でもCDへの書き込みはまだ高価・・・。

まだまだフロッピーが一般的でした。


ところでファミコンのカセット(ROM)と同じ様な形状の物で、

自分でマイコンを買った当時にあったのが、富士通で採用していた磁気バブルメモリというやつで、

かなり高価だったのを覚えています。

使えたのは、ホビー用というより業務用という感じの機種だけだったかもしれません。

当時は、FMVは存在していませんので、型番はFMです。

自分もこの富士通のFM-7というのを買ったのですけどね。

FM-7はホビー機です。

当時人気を2分していた、NECのPCシリーズと違って、

富士通の方がグラフィックが高速だったので富士通にしたのです。

高速と言っても、画面いっぱいに絵を表示するのに1,2分以上はかかっていたと思います。

つまり今のWindowsのデスクトップって全て画像ですが、

今のデスクトップを表示するのあれば、数分かかるという事になりますね。

でも実際にやったら、メモリ不足で駄目だと思いますが・・・。


でもあのアンテナ接続って、専用ケーブルを必要としないので以外と便利だったかもしれません。

今日は、深夜というか朝の午前2時頃から5時頃まで、

警察24時を某動画配信サービスで見ていた。

テレビを見れないので・・・・。


それが日中とかツイートを見ていると何故か、何かの事故などをツイートする人が多くて、

何かの予兆だったのかな?


この中で、気になったのが交通事故のツイート。

どちらも事故があったばかりの事なので、そのせいもあると思います。


何の話しかというと、どちらも問題になっている2つのケース。

一つは歩行者5人がはねられたというやつ。

自転車を使って走行中に車と接触をして背負っていた赤ちゃんが死亡。

北海道だと飲酒運転が原因でというやつが今日は大きいと思います。


ツイートで何を言っていたのかですが、

最初の歩行者5人がはねられたというやつに対して。

「道路交通法で運転出来る年齢を制限すべき。」これがかなり多かったです。

でも年齢だけで判断出来る事象だったのか?

意識が無くなる程の病にかかっていてそれを自覚していたのか?

単純に年齢だけで判断するのは難しいと思います。

高齢者の事故が増えている言われていますが、その人口も増えています。

人口の比率に対してはどうなのでしょう?

それより病気が原因という事が増えているように思います。

年齢よりも、もう少し精密な診断を義務付けした方が良いように思います。

確かに年齢ととも、視野も狭くなるし

瞬発力というかとっさに動くという事が出来なくなるのも事実です。

なので年齢制限もあっていいようには思いますが、難しい地域もあるんです。

都会なら、公共の交通機関とかも整っているので、

何かしらの方法で移動も可能ですが、田舎になると、そう簡単には行きません。

その問題を解決しないと、簡単に年齢でというのも難しいと思います。

先の人口比で言えば、田舎暮らしの高齢者の割合って、

かなり多いと思います。

「歩く」というだけでかなり大変なんです。

都会の若者が田舎へ移住してくれれば、解決するのかもしれませんけどね。

逆に「都会に住む40才までの方は

20年間は、田舎に住まなくてはならない」という法律が出来たらどうします?

なので簡単に、年齢制限でというのは現実的に難しいと思います。

車業界を守ろうとする日本の構造が変わらない限り、

免許の取得を厳しくとか、途中で何かの規制をするというのも

法的にというには難しいのかもしれませんね。


そして2つ目、自転車と車の接触事故で、赤ちゃんが死亡というやつ。

自転車と車の接触だから、どの様な事情であっても車が悪い事にされてしまいます。

でも、この事故の場合、どうなのかな?

というか一般的にもありそうな事なんだけど、この自転車、

赤ちゃんを背負っていて、信号待ちをしないで車の間をぬって反対側に行こうといていたらしい。

つまりいきなり、反対車線から飛び出て来た形ですよね。

それでも自転車の赤ちゃんが亡くなっているので、

前方不注意による過失致死になってしまいますよね。

そうなんです、進路の車線では無く、進行方向全てが前方なんです。

それ自体については、否定は出来ません。

何故なら、普通に信号待ちをしていて信号のある横断歩道を渡るのは、

両方向から人や自転車が来ます。

なので進路全域が前方なのは理解出来るしいいのですが、

車道の途中から、いきなり飛び出て来たのはどうなのでしょう?

そもそも、ルール違反ですよね?

つまり事故の原因は、車では無く自転車側にあったのでは?

そして東京都の条例では認められていたという事ですが、

自転車の子供との2人乗りなど、

不便だとかそれが禁止されたらどこにも出れないとかいう人がいるけど、

自転車で無くてもいいのでは?

自分が楽をする都合だけを言ってますよね?

認めるのあれば認めていいけど、

それなりのリスクは利用者にあるという事も徹底した方が良いのでは?

自転車側に非があった場合は、車が一方的に悪いという判断はやめた方がいいと思いました。

裁判や保険の判断だけでは無く、そういう認識を持って貰う事が重要なのでは?


そして最後に、またもや飲酒運転での死亡事故。

これ無くなりませんね。

旭川の国道12号線ですが・・・。

元々お酒に弱い人が、お酒が混じった料理を食べてとかなら、

仕方が無い面もあります。

予期せず、混入している事だってあると思います。

でも明らかにお酒を飲んでとか、運転中に飲んだとかは全く別の話。

多分、罪の意識が無いのが原因。

酒気帯びで捕まっても、多くは罰金で済んでいるのだと思います。

まぁ点数も引かれるし、免停、取り消しもあると思うけど、

甘いのだと思います。

甘いというのは、罰則も甘いけど、その認識に対して。

殺人と同じ犯罪なんだという自覚を持っていないんでしょうね。

これも同じく、車業界という政治の事なんだと思いますが、

厳しく出来ないんでしょうね・・・。


交通事故で人が数人亡くなるより、車産業全体に影響したらもっと多くの人が路頭に・・・。

そして選挙の時に票が取れなくなりますしね・・・。

でも酒気帯び1回でも、免許取り消し、生涯取得不可にしないと駄目なのでは?

そしてコンビニやスーパーなど販売店では難しいと思いますが、

居酒屋、スナックなど提供者にも、もっと厳しい罰則を与えては?

「運転しますか?」というやつ。

当然「しません」と言うと思いますが、その後で何かあった場合、

確認不十分という事で、

経営者の禁錮刑や罰金も運転者の数倍を規定した方がいいように思います。

提供していたのは事実なんだし。


酒気帯びや飲酒運転は、運転者個人の問題なのかもしれませんが

こう無くならないということは、個人では無く社会的構造の問題もあると思います。

運転手個人をターゲットにして駄目なら、その元を。


車も自転車も便利だけど、

人命に直結する事故を自分が引き起こす可能性があるという認識を持っていないと

自分の人生を駄目にしてしまいますよ!

金銭的な事は、

保険で何とかなっても、その事実が消える訳では無いです。


ちなみに、事故が多かった小型飛行機。

これ飛行禁止になりましたよね。

操縦している人も少ないし、その小型飛行機を作っている所も少ないからだと思います。

車産業を敵にしたら選挙で敗北する地域もあるでしょうね。
みんなお休み?

それとも仕事や学校?

何だかゴルーデンウィークって、極端に長い人と、全く関係ない人とに分かれますよね。

以前に勤めていた会社だと、とは言っても数社あるので、

大雑把に、前半と後半でわけて、お休みという形とカレンダー通りというものでした。


現在は、お休みはありません。

が、お休みにしようと思えばお休みに・・・・。

どっちでも自由です。


でもお休みにはしていません。

さて皆さんは、どちら?


ところで、あのゴルデンウィーク分散化ってどうなったの?

与党と野党の立場が入れ代わったから、

いつの間にかどこかへ行ってしまった感じだけど・・。

分散化して良いことより、皆が休みだからいい様に思うんだけどね。
普通ライブやCDでも歌って言いますよね?

あまり音楽とは言わない気がします。


でも作り手は「音楽」という言い方をする事が多いと思います。

それにはきっと、歌を歌う人、楽曲を演奏する人、ミキサーなどを操作する人、

曲を作った人、歌詞を書いた人など複数の人がいるので

安易に「歌」と言えないのかもしれません。


ただそれとは別に、音楽という言葉があって「歌楽」という言葉が無いのかな?

上記の通りに他の方への配慮もあってだとしても、

歌がメインなのであれば「音楽」では無く「歌楽」なのでは?とも・・・・。


そしてここからが実は本題なのですが、

「歌」という文字。

「可」が2つなのにも関わらず、「欠」という大きな文字が。

歌って何か大きく欠けているのかな?


何がそんなに沢山、「可」で何が欠けているのか?

そして音楽の「音」という文字。


「立」の下に「日」なんです。

つまり夜明け前に何かしらの音を出していたという事なのだろうか?

日の出前に立つんですよ。

そもそも音ではなく、出発。旅立ちという事を意味しているのだろうか?


日が沈んでからともとれる文字だけど、

現代なら照明もあるから、いいだろうけど、照明もない時代

日が沈んでから、どこかかへ移動するのだろうか?

そう考えると日の出前というのが合っているように感じる。


日の出前に旅立つ、楽しい事って何?

今日も元気で良かったという事?

ちょっと戻るけど、歌の「可」の部分が何を意味しているのだろう?

何に対して「可」なのだろう?

これ古語辞典とかを見ればわかると思うけど、

「歌」という文字は、象形文字なんです。

意味がある文字では無く、行動を形にした文字なんです。

可が2つ並んでいる部分は、実は「可」では無く、木の器で

木で出来た器を人が小枝で打つという動作を「欠」で示した物とされています。


なので、音をだす様子を示しているのが歌という文字なんです。

でも不思議なのは現代だと楽器演奏で「歌」という文字は使用しませんよね?

では一方、「音」ですが「立」「日」ではありません。

どちらかというと「言」が変形した文字なのです。

もっと言えば、楽器を示している文字なのです。


これは形状というより、成り立ちと使われ方を示しています。

元々楽器は、自然界にあった何かを加工して作られています。

それを手にしてというより、口を使って演奏をしていたらしいのです。


なので「言」に「刃物」を入れるという文字なのです。

言うという文字に一本の線をいれたのが「音」という文字らしんです。


という事は、「音」にも「歌」にも人間の声でという意味は無いようなんです。

この文字の意味だけを見れば、楽器演奏では無く「音歌」が正しいような気もしますね。

楽器を作り、それを口にしてみんなまたは個人が音をだすという意味になりますよね?

まぁこれはいろんな解釈があると思いますので、違う解釈もあると思います。


今でいう歌という文化というのは以外と新しいのかもしれませんね。

歌なしの演奏だったのでしょうね。


そして日本語に至っては、もっと不思議。

「歌」「唄」「詩」どれも「うた」です。

和歌は「歌」ですよね?

だとしたら「唄」と「詩」は新しい言葉なのかな?


という事で、漢字から見てどうなの?という事でしたが、

最初に書いた「歌楽」とは何故言わないのか?

これだけは不思議???

歌がメインの曲なら「歌楽」でもいいと思うんだけど・・・。