Let It Be





苦難のときには
聖母マリアが僕のもとに現われ
知恵ある言葉をかけてくださる
あるがままに


暗黒の闇の中で
あの方が僕の前に立ち
知恵ある言葉をかけてくださる
あるがままに


何事もあるがままに
無理に変えようとしてはいけない
知恵ある言葉をつぶやいてごらん
あるがままに

打ちひしがれて
この世に生きる人々の思いはみな同じ
いつか必ず答えが見つかる
今は堪え忍ぼう

たとえ別れわかれになっても
また会える日が来るかもしれない
いつか必ず答えが見つかる
今は堪え忍ぼう

今はただじっと堪え忍ぼう
このままそっとしておこう
いつか必ず答えが見つかる
今は堪え忍ぼう

何事もあるがままに
無理に変えようとしてはいけない
知恵ある言葉をつぶやいてごらん
あるがままに

厚い雲が空を覆う晩に
僕を照らす光がある
明日まで輝きつづけてくれ
今は堪え忍ぼう

楽の音にふと目覚めると
聖母マリアが僕のもとに現われ
知恵ある言葉をかけてくださる
あるがままに

今はただじっと堪え忍ぼう
このままそっとしておこう
いつか必ず答えが見つかる
今は堪え忍ぼう

何事もあるがままに
無理に変えようとしてはいけない
知恵ある言葉をつぶやいてごらん
あるがままに





When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom
Let it be

And in my hour of darkness
She is standing right in front of me
Speaking words of wisdom
Let it be

Let it be, let it be
Let it be, let it be
Whisper words of wisdom
Let it be

And whenthe broken-hearted people
Living in the world agree
There will be an answer
Let it be

For though they may be parted
There is still a chance that they will see
There will be an answer
Let it be

Let it be, let it be
Let it be, let it be
There will be an answer
Let it be

Let it be, let it be
Let it be, let it be
Whisper words of wisdom
Let it be

And when the night is cloudy
There is still a light that shined on me
Shine until tomorrow
Let it be

I wake up to the sound of music
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom
Let it be

Let it be, let it be
Let it be, let it be
There will be an answer
Let it be

Let it be, let it be
Ler it be, let it be
Whisper words of wisdom
Let ti be




*ちなみにマザー・メアリは
本来ポールの亡き母の事。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E...
比べようがない。比較することができない。

苫小牧の美容学校を卒業し
最初の就職は旭川でした。

二つ下の僕の後輩の知り合いが
北海道では有名なバンドということで
お休みの日に田舎に
練習風景を見に行きました。

メンバーはみんな髪が腰まであり
(美容師的に見るとボサボサ😱)

そのヴォーカルが旭川市内の「深海魚」
というスナックでギター1本で
弾き語りをやってるというので
見に行きました。

(なぜ名前まで覚えているのだろう)

バンドではギンギンのロックなのに
甘い甘~いバラードばかりでした。

シビれた‼ それだけしか覚えていません。

本当にうまかった!

ん?誰と行ったのだろう……?


歌ばかりに興味をそそられて
それすら覚えていない…

そのヴォーカルこそ玉置浩二さん。*\(^o^)/*


それから数年後彼らはメジャーデビューし
四作目の「ワインレッドの心」で
日本中で大ブレイクしました。

安全地帯というバンドは
特別というかオンリーワン❗

比べようがない。
比較することができないくらいに
ダントツのチームワーク。

玉置さんのヴォーカル、
バンドのうまさは、
他と比較することができません。
  
 唯一のバンド 安全地帯。

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安全地帯の名ギタリスト
矢萩さん、武沢さんのヘアカットをしながら
当時紹介してくれた僕の友達の名前を
言いましたが知りませんでした。

その後輩本人に確認したら
どうやら当時の彼女が友達だったみたいです。

そうでしょ?木津 裕治くん?(≧∇≦)

もう39年前くらいの話だ😱😱😱




「人生はわからないものだ‼」

それがね、昨年から繋がったんですよ!


安全地帯の名ギタリスト
矢萩さんと武沢さんと‼

{7EFF4FAE-4DA1-4D4C-9AB3-7DD940D463EF:01}



ラジオ局のりえ ぽんが声かけをして
星野 裕矢くんと三人でEZOという
ユニットを組んで
僕がヘアを担当することになり
何度も会ったのが演奏のない場所。
 

お二人とも優しくてオトナで
すぐ仲良くなりました*\(^o^)/*  

すぐ普通の会話になったり
何気のない会話  (主に下ネタ😱)

それで初めて
演奏するためのリハーサルに行って驚いた‼ 



すぐ矢萩さんに言いました。

「矢萩さん、ギター🎸弾けたんだ?」 😱

あの天下の安全地帯のギタリストですよ❗
だって、生で見たことなかったからね~♪😂
すみませ~ん、矢萩さん😂

○○○○○○○○○○○○○○○○○

矢萩&武沢による新ユニット
【ワタユタケ】結成‼

クラウドファンディング
限定アルバム【TWIN GUITAR】のお知らせ

詳細はここから→ https://www.muevo.jp/campaigns/192

{37A9ABA2-1292-4708-9B57-40AFACD82B44:01}

👆買わずにいられません!
○○○○○○○○○○○○○○○○○

前振りが長くなりましたが、ラジオで
12月2日(水) 21時~22時 
安全地帯特集やります‼

僕の視点からみた安全地帯を語ろうっと…

ぜひお聞きください。歌を流します。 
もう一度、ぜひお聞きください‼

全国から聴けますよ~♪


生ラジオ「じゅん先生のPMAでいこう」

生放送 2日 水曜21時~22時 (動画あり)
再放送 6日 日曜21時~22時 

★世界中でiPhone&スマートフォンからアプリ一発。
アプリをインストールしておくと便利です

★世界中で観れる生動画ユーストリームでインストールし札幌じゅん先生で検索。

★世界中で聴けるインターネット

☆FM白石 WITH-S 83.0


愛と熱意を込めて…札幌じゅん先生



ご報告したい❗️
大変嬉しいことがありました。

僕たちの仕事は美容業です。

お客様に愛されることが一番の極みですが

東京へ引越しされる城谷宏美さんの
お嬢様の愛ちゃんが
引っ越す前にどうしても僕に会いたい
とお店に来てくれた。

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何度も何度も手を繋ぎました。
愛ちゃんは恥ずかしいのか淋しいのか
悲しいのか
だんだん 下を向いていました。

愛ちゃん。
生まれる前から
「愛」と命名する事を知ってました。

生まれてからお店に連れてきて頂き
そのうちにヘアカットに来てくれたり
かな~り   なついてくれていた。

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それが東京へ行くから
引っ越すからと
会いに来てくれたのは

美容業という仕事を通して
本当に嬉しいことです。

サヨナラは 言わないよ。
また会えるから。 元気でね、愛ちゃん。

ありがとうございます。じゅん先生

預言はすたれ、知識もすたれる。   
だが 愛はいつまでも絶えることはない。

古風な広島 竹原の町で
醤油造りを手伝う少年に
弓道部に入り下駄を履くヒロイン。

奇天烈な展開、初々しい演技
斬新な映像と全てがSFの「非現実感」を
醸し出しているという超絶映画である。   


本編では幸せになれなかったヒロインに
もう一度やり直すチャンスを与えてくれた
大林監督の親心は素晴らしい。   
 

本編では、彼女の愛は行き場を失い
悲しい運命の前に引き裂かれる。

それがエンディングでは
ヒロインを全員が暖かく支えてくれ
拍手まで送ってくれる。


映像は、
ヒロインが振り向き際に深町にぶつかり
顔を上げ、自分を見守る深町を見て
微笑むシーンで終わる。

これは冒頭のシーンの使い回しではない
(冒頭のシーンではぶつかったヒロインは
驚いている)

 

それは
現実の歴史では実現しなかった夢物語である

奇抜にも見えるエンディングは
過去の全てを癒してしてくれる魔法のようだ  

 

我々の人生には、やり直しなどない。
SFのようにタイムリープなど
できないとわかっている。
 

今では変わってしまった広島 竹原の町並みも
あどけない17歳の原田知世も

もう戻っては来ない。



だからこそ、NGを出してやり直しを請う
原田知世が、たまらなくいとおしい。   
 

「尾道三部作」第2作の本作で大林監督は
古風な竹原の町で、愛した人の記憶を
消されてしまう物語を描いた。

監督が訴えようとしたのは
失われていくもののいとおしさだったに
違いない。
 

第1作「転校生」では
ヒロインがボーイフレンドに別れを告げたあと
振り向いてスキップを踏んで帰る
ラストシーンを描き
忘れること、思い出に
さよならを告げること

それが大人への階段を登ることなんだ
と訴えた。

 

ところが本作では
二人とも記憶を消されるから
たとえ会ってもお互い判らないと言う
深町にヒロインは「分かるわ、私には」
と断言する。

そして遠のく意識の中で
「さようなら、忘れない、さようなら」
と訴えるのである。   

 
○○○○○○○○○○○○○○○

過去を失うことは

つまるところ、未来を失うことなのだろう。

過去の経験があってはじめて
未来があるからだ。

○○○○○○○○○○○○○○○

それゆえヒロインは
たとえ傷つくとわかっていても
過去の真実と向き合う道を選び
深町もまた、掟に背いてでも彼女の気持ちに
応え、全てを告白した。

そして深町は
「時間は過ぎて行くものじゃなく
   やって来るもの」  だと語る。

人生は過ぎ去った日々を思うものではなく
やって来る未来に希望を込めるものだ。

過去の思い出を大切にすることと
過去に拘泥することは違うと諭すのだ。    

10年後、大学の廊下で偶然出遭った二人は
デジャブを感じながら互いに振り返る。

それは残酷な運命に
二人がささやかな勝利を
収めた瞬間だったのだろうか。

カメラが後ろにすうっと引いて行き
深町がみるみる遠くなっていく演出には
胸が締め付けられる思いがする。   
 

指の傷は癒えても
傷跡は消えることはない。


たとえ愛した人の記憶は消えても
人を愛した記憶は
心の片隅に残るものなのだろうか。
 

もしもあなたが
何気なくすれ違った人に
わだかまりを感じたら

それは忘れてしまった過去の愛の記憶の
せいなのかもしれない。   

預言はすたれ、知識もすたれる。   

だが愛はいつまでも絶えることはない。
              
(第一コリント13章)

また 観たい映画だ。
「時をかける少女」

愛を込めて…札幌じゅん先生


カッコ良く決めて    語ちゃった……😁

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1)外面は、内面の一番外側の内面

2)自分らしく!は甘過ぎる。

自分を生きる‼️

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大変身!

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超満員でした。

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350名満席。気持ちよかったです😎


ありがとうございます*\(^o^)/*👏👏👏

感謝を込めて…札幌じゅん先生


「表彰式のドキドキ、身が震える瞬間だ‼」

SPCジャパン横浜アリーナ大会

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そして最後に大切な3つの事が書いてあります。

31年間 選手、審査員と
美容のコンテストに携わった。

元々、口ベタだったために、喋らなくても良いコンテストに参加した。人に認めてもらいたかった。

それが母に頑張ってる姿を見せたくてチャンピオンになろうと思った。父にも喜んでもらおうと思った。

参加して18年目のヴィダルサスーン全国大会は、
前年 ガンで亡くなった姉のために参加し優勝することができた。

結果 優勝17回、入賞数知れず。

 

もし    技術を競うコンテストに出てなければ
室蘭の田舎だけの美容師で終わっていたことだろう。

技術、感性、それをヘア作品で表現する。
NO1を競う。

勝ち負けなど関係ないと
誰かは言うかもしれない。

でも、一つだけ思うことがあるの。


勝ち負けが関係ないならコンテストを語る事はできない。勝ち負けがあるからこそドキドキ、ワクワクもする。

そこで学ぶのとも大きい。

僕が36才で北海道のコンテストに出なくなった最大の理由は、とてもシンプルです。
 

表彰式のドキドキがなくなったからです

36才から東京で行われる美容界では最大のヴィダルサスーンのコンテスト一本に絞りました。

そして18年がかりでサスーンチャンピオンを獲ったのは46歳の時でした。
 
 

ナンバー1を目指したからこそ磨かれた技術&感性
そして全国にいる多くの仲間たち。

今回も大阪で東京で横浜でたくさんの仲間と逢えた。

そう、仲間とは逢えるだけで刺激をもらえるものだ。

○○○○○○○○○○○○○○○○

ナンバー1 から オンリー 1への道のりは
自然なまでに楽しく美しいと感じる。

厳しい人との競い合いから自分への闘いに変わり
限界や妥協しない事の大切さ。

1)美容の本質である立体構築の深さ

2)自我の訓練

3)もっとも大切な   精神性の確立。

コンテストを通して人生を学んで達観したという気持ち。

○○○○○○○○○○○○○○○○

だからコンテスト ありがとう。感謝します。

そして今日頑張った選手の皆さん、関係者の皆様
お疲れ様でしたーーーー*\(^o^)/*

川根塾生の三名も残念ながら結果は出ませんでしたが、次なる頑張りのための本日の結果と受け止めて欲しい。良い経験をしたと思います^_^

そう、明日はまたやってくる。

来て良かった。みんなと逢えて良かった*\(^o^)/*


愛と熱意を込めて…札幌じゅん先生

1970年代、日本人であることを武器に
たった一人で 世界に闘いを挑んだ女性がいた

渋谷で映画を観てきました。

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欧米社会に追いつこうと
文化や風俗もフアッションも
真似しようとする中
山口小夜子さんは日本人であるそのままで
世界へと羽ばたこうとした。

その一心に集まる粘り強い熱意が
「黒髪に和を感じさせるメイク」
ただ唯一の強い個性を生み出した。

ショーのトリに
世界のメゾン デザイナーが
彼女を使いたがった。

立ってるだけで世界ができあがる。
そこにいるだけで、世界がうまれる。



彼女は云う。

「服を身にまとえば
自然に足が出るの。手が動くの?」
 

是非観なくてはならないこの映画「氷の花火」 
札幌でも上映したいですね。

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また小夜子さんの写真を撮ってた
大石一男さんとお会いした時

「是非札幌でも、フォトグラファーが見たパリコレなどのトークショーをしたいですね」と仰ってました。

世界のセレブを撮り続けた大石さんのHP

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大石一男
日本で最初にパリコレを撮ったカメラマン

日本のファッション報道写真の第一人者として活躍するフォトグラファー大石一男は講演会で、
32年にわたってパリコレクションを撮り続けてきた同氏が、いま再び注目されている日本人初のパリコレモデル山口小夜子との想い出なども交えながら、コレクション現場の光と影を語った。


 大石一男は、パリコレクションに参加する国内外のブランドの撮影を手がけ、2013年にはファッション界で長らく功績のあった個人に贈られる「毎日ファッション大賞」鯨岡阿美子賞をカメラマンとして唯一受賞。


「経験した差別と偏見」「コレクション撮影の基本的条件」「80年代初期の日本人デザイナー達」「カメラ席を巡る熾烈な陣取り合戦」「デザイナーとセレブ」「世界のメディア」といった多彩な体験を語って頂きました。

東京都現代美術館で展覧会が開かれたり、10月からはドキュメンタリー映画 「氷の花火」が公開
大石さんは山口小夜子さんにまつわるエピソードも語られている。

この映画 予告編だけでもワクワクしますね
「氷の花火」  山口小夜子

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熱意を込めて…札幌じゅん先生

幸福とは・・・・・ 

1) 人に愛されること、2) 人にほめられること

3) 人の役に立つこと、4) 人に必要とされること



美容学校で教えるようになり15年が過ぎる。


以前、生徒と話してると

身内や叔母さんによく言われたそうです。


「美容師は大変な仕事なんだから・・・」


その大変なんだから……

この言葉をなぜ言うのか?



裏返しに取るとこうも言えるね。


「夜遅くまで働き練習もあるから帰りは遅いし

休みは勉強会に出て少ないし



もっと身体に無理がない

休みも多い人間関係も

楽な仕事もあるんだよ」と…

 

楽な仕事もあるんだよ………😱


生徒の身内の方に会いたいと思った(笑)


そしてこう言いたい


「叔母さんたちは、姪っ子を

楽な仕事、何のストレスもない職場で

働かせて楽な人生を送らせたいのですか? 


何の働き甲斐もなく成長の少ない事をさせて

それが姪っ子さんのためになると思いますか?


僕は長くこの仕事をやってますが

楽しい事ばかりです。


技術を覚え、成長するのを感じ

お客様からも喜ばれ感謝される。

素晴らしい仕事です。


すぐ簡単にできて

なんのストレスもないものに

意欲や喜びがあると思いますか?」

 


つくづく体育会系が好きなんだと思う(笑)



こんな素晴らしい話があります。

 


「日本でいちばん大切にしたい会社」


従業員約50名のうち

およそ七割が知的障音をもった方々で

占められている。


神奈川県川崎市のその会社は

多摩川が近くに流れる

静かな環境のなかにあります。



この会社こそ

日本でいちばん大切にしたい会社の一つです。


昭和12年(1937)に設立された

「日本理化学工業」は


主にダストレスチョーク(粉の飛ばないチョーク)を製造しており、50年ほど前から障害者の雇用を行っています。


そもそものはじまりは、近くにある養護学校の先生の訪問でした。


昭和34年(1959)のある日、一人の女性が、当時東京都大田区にあった日本理化学工業を訪ねてきたそうです。


「私は養護学校の教諭をやっている者です。


むずかしいことはわかっておりますが、今度卒業予定の子どもを、ぜひあなたの会社で採用していただけないでしょうか。


大きな会社で障害者雇用の枠を設けているところもあると聞いていますが、ぜひこちらにお願いしたいのです」


障害をもつ二人の少女を、採用してほしいとの依頼でした。


社長である大山泰弘さん(当時は専務)は悩みに悩んだといいます。


その子たちを雇うのであれば、その一生を幸せにしてあげないといけない。しかし果たして今のこの会社に、それだけのことができるかどうか。

そう考えると自信がなかったのです。

 


結局


「お気持ちはわかりますが、うちでは無理です。

申し訳ございませんが・・・」


しかしその先生はあきらめず、またやって来ます。

また断ります。

またやって来ます。それでも断ります。

 


三回目の訪問のとき、大山さんを悩ませ、苦しませていることに、その先生も耐えられなくなったのでしょう、ついにあきらめたそうです。

しかしそのとき、「せめてお願いを一つだけ」ということで、こんな申し出をしたそうです。



「大山さん、もう採用してくれとはお願いしません。

でも、就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験だけでもさせてくれませんか?

そうでないとこの子たちは、働く喜び、働く幸せを知らないまま施設で死ぬまで暮らすことになってしまいます。

私たち健常者よりは、平均的にはるかに寿命が短いんです」



頭を地面にこすりつけるようにお願いしている先生の姿に、大山さんは心を打たれました。


「一週間だけ」ということで、障害をもつ二人の少女に就業体験をさせてあげることになったのです。


「私たちが面倒をみますから」

就業体験の話が決まると、喜んだのは子どもたちだけではありません。


先生方はもちろん、ご父兄たちまでたいそう喜んだそうです。


会社は午前8時から午後5時まで。

しかし、その子たちは雨の降る日も風の強い日も、毎日朝の7時に玄関に来ていたそうです。


お父さん、お母さん、さらには心配して先生までいっしょに送ってきたといいます。


親御さんたちは夕方の3時くらいになると「倒れていないか」「何か迷惑をかけていないか」と、遠くから見守っていたそうです。


そうして一週間が過ぎ、就業体験が終わろうとしている前日のことです。


「お話があります」と、十数人の社員全員が大山さんを取り囲みました。


「あの子たち、明日で就業体験が終わってしまいます。

どうか、大山さん、来年の 4月1日から、あの子たちを正規の社員として採用してあげてください。

あの二人の少女を、これっきりにするのではなくて、正社員として採用してください。

もし、あの子たちにできないことがあるなら、私たちがみんなでカバーします。

だから、どうか採用してあげてください」

 


これが私たちみんなのお願い

つまり総意だと言います。


社員みんなの心を動かすほど、その子たちは朝から終業時間まで、何しろ一生懸命働いていたのです。


仕事は簡単なラベル貼りでしたが、10時の休み時間、お昼休み、3時の休み時間にも、仕事に没頭して、手を休めようとしません。


毎日背中を叩いて、「もう、お昼休みだよ」

「もう今日は終わりだよ」と言われるまで一心不乱だったそうです。


ほんとうに幸せそうな顔をして

一生懸命仕事をしていたそうです。

 
社員みんなの心に応えて、大山さんは少女たちを正社員として採用することにしました。


一人だけ採用というのはかわいそうだし、何よりも職場で一人ぼっちになってしまいやすいのではないか、二人ならお互い助け合えるだろうということで、とりあえず二人に働いてもらうことになりました。


それ以来、障害者を少しずつ採用するようになっていきましたが、


大山さんには、一つだけわからないことがありました。


どう考えても、会社で毎日働くよりも施設でゆっくりのんびり暮らしたほうが幸せなのではないかと思えたのです。


なかなか言うことを聞いてくれず、ミスをしたときなどに「施設に帰すよ」と言うと、

泣きながらいやがる障害者の気持ちが、はじめはわからなかったのです。


そんなとき、ある法事の席で一緒になった禅寺のお坊さんにその疑問を尋ねてみたそうです。

するとお坊さんは


そんなことは当たり前でしょう。


幸福とは、

1)人に愛されること

2)人にほめられること

3)人の役に立つこと

4)人に必要とされることです。


そのうちの

2) 人にほめられること

3) 人の役に立つこと

そして

4) 人に必要とされることは

施設では得られないでしょう。


この三つの幸福は

働くことによって得られるのです」


と教えてくれたそうです。


「その4つの幸せのなかの3つは、働くことを通じて実現できる幸せなんです。


だから、どんな障害者の方でも、働きたいという気持ちがあるんですよ。


施設のなかでのんびり楽しく、自宅でのんびり楽しく、テレビだけ見るのが幸せではないんです。


真の幸せは働くことなんです


普通に働いてきた大山さんにとって、それは目からウロコが落ちるような考え方でした。


これは、働いている多くの人たちも忘れていることかもしれません。

それを障害者の方によって教えられたのです。 


この言葉によって、大山さんは「人間にとって“生きる”とは、必要とされて働き、それによって自分で稼いで自立することなんだ」ということに気づいたそうです。


「それなら、そういう場を提供することこそ、会社にできることなのではないか。

企業の存在価値であり社会的使命なのではないか」


それをきっかけに、以来50年間、日本理化学工業は積極的に障害者を雇用し続けることになったのです。


出典元:(日本でいちばん大切にしたい会社 坂本光司)


熱意を込めて…札幌じゅん先生
いつも人は
サヨナラを用意して生きなければならない

孤独は 
もっとも裏切ることのない
友人の一人だと思う方が良い

愛に怯える前に
傘を買っておく必要がある

どんなに愛されても
幸福を信じてはならない

どんなに愛しても
決して愛しすぎてはならない

愛なんか季節のようなもの
ただ巡って人生を彩どり
飽きさせないだけのもの

愛なんて口にした瞬間
消えてしまう氷のかけら

サヨナライツカ

永遠の幸せなんてないように
永遠の不幸もない

いつかサヨナラがやってきて
いつかコンニチワがやってくる

人間は死ぬ時
愛されたことを思い出す人と
愛したことを思い出す人に分かれる
私はきっと愛したことを思い出す


サヨナライツカ…
坂本龍一 さんのシェルタリングスカイ

過去に、感動的なヘアショーやりました。

来年2016年
川根順史ワンマンカットライブやります。

ご期待ください。





350名集客 #cutlive #カットライブ 


このビデオは
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熱意を込めて…札幌じゅん先生