男なら誰しも持っていた
という定番といえば
ジーンズ、コンバーススニーカー
Gジャン、ライダース軍パン、G-shock
チェックシャツ、3本線のジャージ
懐かしい…
「NO WAR」
誰が、戦争を好む人がいるだろう?
昔からファッションが好きだった。
40代の頃
再び軍パンを買おうと思って探した。
誰もが履いているようなものには
したくないので結構探した。
が
妥協したくなくて結局
東京の代官山のセレクトショップで
これを見つけた。
軍パン、ミリタリーというのは
戦場の服だ。
それに、 「NO WAR」
むぅ~イカしてるね。
見つけるなり即 購入したのを覚えてる。
いつまでも、こだわりを忘れないでいたい……
戦争について語れば
どんな理由であれ
自国は正義で、敵国は悪だ。
少し 見方を変えてみると、そうであろう。
ベトナム戦争反対の時代の合言葉
「銃を捨てて 花を飾ろう」
「ベトナム戦争とは…」
第二次世界大戦の終了した1945年9月
それまでフランスの植民地だった
ベトナムは
ベトナム民主共和国の独立を宣言した。
しかし、フランスはこの独立を
認めないために
翌年ベトナム南部にコーシチナ共和国を樹立。
両者は対立し
1953年まで7年間の戦争が始まりました。
(第一次インドシナ戦争)
朝鮮戦争やベルリン封鎖など
東西陣営の冷戦が
激化していく中で
このインドシナ戦争も
両陣営の代理戦争と化していきました。
西側:コーシチナ共和国。
それを支援(操る)フランス
それをバックアップするアメリカ。
東側:ベトナム民主共和国。
支援するソ連、中国。
1954年
フランス軍の要塞ディエンビエンフーが
陥落し
ジュネーブで停戦協定が結ばれ
第一次インドシナ戦争が終結。
南北ベトナムは北緯17度線で分断され
社会主義の北ベトナム
(ベトナム民主共和国:首都ハノイ)
南ベトナム共和国
(首都:サイゴン=現在のホーチミン)
という2つの国が生まれた。
北は共産圏諸国から
南は西側(主にアメリカ)から
援助を受けます。
しかし、南ベトナムの政権は腐敗し
民衆を弾圧したため
1960年には南ベトナム解放戦線ができ
北の支援を受けつつ
反政府活動を始めました。
1963年に南ベトナムの政権は
クーデターで崩壊。
でも、アメリカは、そこを付け込まれて
ベトナム全土が共産化するのを恐れました。
「ドミノ理論」と言って
ベトナムが共産化すれば
アジア中が共産化する流れができる。
だからベトナムを死守せねば!
という理屈で。
1964年、アメリカは
南ベトナムの共産化を防ぐとして
とうとう本格的な軍事介入を始めます。
~これがベトナム戦争です~
直接介入のきっかけは
トンキン湾事件といい
「アメリカの駆逐艦が
北ベトナム軍に攻撃された」
と主張しました。
でも、実際は誤射で
積極的に攻撃されたというのは
アメリカのでっち上げ
開戦の口実だったことが公表されています。
PS/ アメリカは、ベトナムの少女を使い
国民にアメリカが正当に見られるように
演技をさせたビデオを作り
戦争の火ぶたを切ったともいわれている
(これはじゅん先生の知識から)
自国の正当を装おって
戦争を始めるなんてナンセンス
平和な世界でありたいと願います。
愛と熱意を込めて…札幌じゅん先生











