Favorite土曜日に部屋を片付けた。懐かしいモノたちが 出てきた。好きで購入したがみんな もう使ってないモノばかり。懐かしさのあまり並べて写真撮り。おかげで掃除ができずに終わった(爆)😂#antiquerorex #rorex #watch #ロレックス #omege #オメガ#camera #カメラ #コンタックス #contaxvia 札幌じゅん先生 Your own website,Ameba Ownd
愛しているよ…入院中の母は、食事もできず、話もできず点滴で寝たきり2年間のすえ 亡くなった…食べたいとグチや、家に帰りたい とか一言も言わず、心配もかけずに いつも優しい目でじっと僕を見てくれていた。😭 手を握り じっと見つめ返したくさん 言ってあげた…「愛してるよ」「健康な体に産んでくれて ありがとうね」「愛しているからね」 ↓↓ 2013年5月14日の記事だ ここのとこ、休みの日もセミナー続きで休む暇がない。 今日は休みだ。明後日が母の日なので登別の母の所へ行ってこよう。 母は寝たきりで毎日24時間天井を見る生活。何を考えているのだろう?と思うとせつなくなってくる。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆表面的な言葉では癒されないものを感じる時がある。そんな時人の優しさと温かさが一番の薬となる 光あるうちに 光の中を歩め・・と晩年のトルストイは説いている。 俗世における恋情や私有欲、名誉心経済的成功が他の大事な人とのキズナを犠牲にした上 いかに私たちの心を金縛りにしているか。それを理解する間もなく多くの社会的成功者が一生を終えると悲しんでいる。 気が落ち込んだ秋も近い夕べに遠い山を眺めつつ椅子に身を沈めていると50年を一瞬に感じ「何をしてきたのだろう」と深いむなしさにとらわれる。 「人生に疲れたのだろう」とか「少し迷っているだけさ」という表面的な言葉では癒されないものを感じる時がある。 心の奥深い所から生じる不安と焦燥は快の追求でごまかせず絹服と高級車に囲まれても消え去ることはない。 フツフツとわいてくる 虚しさを消すには「忙しく立ち働くしかない」と人は言う。 心が揺らぐと、生活が揺らぐ。揺らぐ心を、買い物で埋めても揺らぎは止まらない。 そんな時 「人の優しさと温かさが 一番の薬となる」 私は青年時代から競争心と向上心を取り違えていた。今は欲と意欲の違いもわかる。多くの友人も、夢と野望を混同している。野望は、個人の欲であり周りの人を傷つけることを いとわない。 巧名を追う友は言う。死に際して「俺はやることはやったし 満足」と言って死にたい と…… その裏に周りの人々の悲しみと犠牲を伴っていたとしたら野望のうちに死んだにすぎない。あの世に持っていけるのは人に与えた悲しみと喜びだけだ。 生を終えた時仏様の前に差し出す白札が多いか黒札が多いか。自分の欲を優先して生きた時天に登る為のクモの糸は切れやすい事だろう。 欲と競争と野望にまみれた人生は罪のつまった砂袋だらけの気球みたいなもので決して天に昇れないだろう。 #北川八郎 先生の「光る足」より。 お母さん、僕を産んでくれてありがとう🙏そして また生まれ変わっても僕の母でありたいと 手紙を書いてくれてありがとうございます🙏😭耳かきが好きだった。まだ、流動食ができた頃…#母の日 安らかにお眠りください。感謝を込めて🙏
昨日の片付けでやはりこれも見てしまう。だから片付けに ならないから.#camera... 昨日の片付けで やはりこれも見てしまう。 だから片付けに ならないから😆 . #camera #contax #carlzeiss #カメラ #コンタックス #digitalcamera #デジタルカメラ #コンパクトカメラ #もう何年使ってないだろう 携帯カメラが良くなっているので 見てるだけ。 で、また片付けの邪魔になり、結局 #片付け終わらない #片付け#また今度 #写真好きな人と繋がりたい #instapic #instacamera じゅん先生さん(@junjikawane)がシェアした投稿 - 2017 May 13 11:13pm PDT
休日は片付け(似合わないが)Favorite Antique My Watch.時計し... 休日は片付け(似合わないが😂) Favorite Antique My Watch. 時計しなくなったがたまに見る☺️ #アンティークロレックス #ロレックス #antiquerolex #rorex #watch . 左上は、1920年代の懐中時計を リストウォッチに改良したという#レア #故障中 😂😫 . #時計 #腕時計 #アンティーク #antique #antiquewatch #Favorite #london #nottinghill #Portobell #ノッティングヒル #マーケット #ポートベロー #ショップで購入 #お気に入り #ながめるだけ #instapic #instawatch #写真好きな人と繋がりたい じゅん先生さん(@junjikawane)がシェアした投稿 - 2017 May 13 12:32am PDT
ヘアカット特訓中♪姿勢を気をつけよう。百人の美容師が見てる気持ちで普段から姿勢を正す... ヘアカット特訓中♪ 姿勢を気をつけよう。 百人の美容師が見てる気持ちで 普段から姿勢を正す♪ . がんばれーーー👏👏👏 トレーニングが楽しい❗️と 思える美容師を目指せ。 お客様のために👍自分を磨け❗️ 目指せ #7度目の日本一 #川根塾 #札幌ビューティアート専門学校 #札幌 #美容学校 #美容師 #トレーニングが楽しい #妥協しない #楽しく学ぶ #fashion #ファッション #女の子 #男の子 #楽してはいけない #最後に残るのは本物だけ #努力は身を結ぶ #信じて ね👍👏 #じゅん先生 #楽しかった #教えることは学ぶこと じゅん先生さん(@junjikawane)がシェアした投稿 - 2017 May 12 6:10am PDT
イギリスのワンドマスターKENちゃんイギリスは不思議な国だ。魔法の世界やハリーポッターストーンヘンジなどパワースポットが随所にある。イギリスのKen Komiya-Bakerさんは魔法の杖、願いを叶える杖のワンドマスター。クリスタルはストーンヘンジで浄めて製作するそうです👍👏素晴らしいワンドですね。僕も作ってもらったのですよ。(左が僕のワンド J )数年前からヘアカットでご来店🙏イギリスでは藻岩山はUFOが出現するメッカだそうだが 見た人いる?ケンちゃん いつもありがとうございます🙏Ken Komiya-Bakerクリスタルワンドマスターwww.crystal-wand.com感謝を込めて…札幌じゅん先生
札幌 元祖・味噌ラーメン 「味の三平」札幌というと ラーメンが頭に浮かぶ。そう味噌ラーメンだね。👍ラーメンが嫌いな人を探すのが難しいくらいに少ない。元祖を知らなければいけないと思う。味噌ラーメンといえば「味の三平」味噌ラーメンというとコッテリした感じをイメージするが三平の味噌ラーメンは、そうでもない。物足りなさを感じるのであればこれを少々入れると良い。だが 僕はそのままをいただくのです。元の味を知らずして味噌ラーメンは 語れない。食べていくと 味がわかるようになり旨味が増していく感じだ。麺を食べたら最後は残りの具をいただく。 脂っこいのがダメな人は スープは 残しておこうって、僕のことだ。膵臓炎で入院したこともあるのでスープは 最後まではご遠慮する😆なので1)はじめサッパリ味噌 シコシコした麺の歯応えを味わおう。2)徐々にちぢれ麺にタレが絡み付いて 味を感じる。3)完全にスープの中に麺が絡み 風味が出てきて 美味い‼️ という感覚。って、説明してたらまた食べたくなった😆皆さんも是非 お試しあれ👏「味の三平」札幌市中央区南2条西3丁目 セントラルビル4階(文房具のデパード)ラーメンに熱意を込めて…札幌じゅん先生via 札幌じゅん先生 Your own website,Ameba Ownd
10日、14日ラジオゲストはWatana Besta SOCIAL club さん毎週水曜日21時から60分間ラジオやってから 8年になる。終わって次が 渡部 謙さんの番組でした。いつもスタジオ入れ替えですれ違って「いい感じの人だなぁ〜」と思っていたが、ラジオも終了したので僕の番組にお呼びして色々話や歌を聞きます♪ラジオ じゅん先生のPMAでいこう5月10日 水曜 21時〜22時 生放送動画あり5月14日 日曜 21時〜22時 再放送ゲストは シンガーソングライター渡辺謙さんWatana Besta SOCIAL club さんです🎸1st Album シンガーソングライターtrailerhttps://youtu.be/h7wB3fpXoFk生ライブ弾き語りもあるかもしれません。ファンの方 お見逃しなく👍👏 全国から聴けますよ~♪ラジオ「じゅん先生のPMAでいこう」☆ラジオFM白石 WITH-S 83.0★世界中でiPhone&スマートフォンからアプリ一発。http://t.co/ubZ0kvk2FQ携帯アプリをインストールしておくと便利です★世界中で観れる生動画 Ustreamhttp://www.ustream.tv/channel/wMLJJKD3CFS★世界中で聴けるインターネット http://www.830.fm/ パーソナリティ 札幌じゅん先生&下山 一弘愛と熱意を込めて…札幌じゅん先生via 札幌じゅん先生 Your own website,Ameba Ownd
見えないものの中にこそ、真実がある人生とは思い通りにいかないとはまさにこの事だ 父の命日が過ぎた…「愛」見えないものの中にこそ 真実があるもうどの位前になるだろう?両親に、仕事で頑張ってる僕の姿を見てもらいたいとコンテストで幾度も優勝しある程度自信をつけドキドキする優勝という最後の名前を呼ばれるであろうコンテストに初めて両親を招待した。 コンテストとはいくら実力があっても本番わずかな失敗が勝敗を分ける厳しいものだ。 その時もう10回以上優勝してた僕にとってこの日も、まぁ悪くてもベスト3くらいには入賞参加選手の中では一番優勝に近いのが僕だと思っていた。 さて結果発表。北海道厚生年金会館。2千人の大観衆。両親がどこに座ってるか確かめ優勝の瞬間のガッツポーズ👍インタビューで何を話すかどんな顔をするか?いろんな事もちゃんと考え済みで結果発表に望む。 僅かな時間の表彰式の長かった事…結局名前も呼ばれずにステージ側ではない最後まで残った選外の選手たちの中で表彰式の最後を終える。 人生とは思い通りにいかないとはまさにこの事である。 室蘭から両親を呼んで栄光の姿を見せるはずが優勝候補が、入賞さえしない片付けも全て終わってもまだ帰らない僕。初めてコンテストに来た両親がひょっとして僕が会場から出てくるのを外で待っているのではないかと思い会場の撤去作業が行われる中ずっとずっと中にいた。 関係者も全ていなくなりおそらく両親ももう帰ったであろう時間に駐車場へ行くと白い車クレスタが待っていた。「やはり…いたか…」車の中から母が出てくる。僕は母に「まだ帰らなかったの?」すると「お父さんが待っていてやれ」と…母が云う。結果が恥ずかしくてコンテストの事は口に出す事もなく母と話していたら親父が車から出てきた。僕の前まで来る。 そしてかなりの沈黙。 嫌な空気だ。 普段でも口数が少ない父がボソッと口を開く…「お前、頑張ってんな…」その一言だけ言って両親は帰っていった。 あの大嫌いな父が認めてくれた…涙が、止まらなかった…今まで一回も褒めてくれなかったのにずっとずっと見てくれていたんだ。今日の結果は選外だったのにそれを一言も言わず今までずっと頑張って来たことを認めてくれてたんだ。その後も苦労した母を喜ばせたい父にも認めてもらいたい亡くなった姉のために結局18年間もコンテストに出続け17回のチャンピオンを獲る。 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○親はというのは優勝とかそんな結果にこだわらず一生懸命頑張ってる息子の姿だけでいいんだ? 入賞しなくてもその姿を応援してくれてるんだ…○○○○○○○○○○○○○○○○○○あ~気づいた。気づいてしまったよ。こちら側と、あちら側の壁を取り去った時それぞれの別な思いは実は一緒に 一つに つながっていたんだ。と…父のいるあの世に 届いてくれたかな?母のいるあの世に 届いてくれたかな?姉のいるあの世に 届いてくれたかな?父に、母に、姉に感謝します。愛は 僕に充分すぎるほど届いてます愛 - 形のないものの中にこそ真実がある愛と感謝を込めて・・・川根順史via 札幌じゅん先生 Your own website,Ameba Ownd
父を 憎んでいる人たちへ捧ぐ… 父を憎んでいた。早く死ねばいいと思っていた。「父 川根貞雄」 今から26年前 5月6日 68歳で人生を終える それはそれは 周りからは「おとうさん 大往生だったね」と言われるほど 誰にも迷惑をかけずにひっそりと病院で息を引き取った。 真夜中の1時半・・・ 気分良く お風呂で読書を2時間ばかししていた頃 自宅の茶の間の電話が鳴る 「ジリリリ~~ン」 こんな時間に嫌な電話だなぁ~~~。間違い電話ならまだ良いが・・・・ しかし なぜか不吉な予感が入った嫌な電話だなぁ~~~とその思いをつのらせると 「お父さんが・・・」 まさか・・・・入院はしていたが、まさか亡くなるとは・・ 何をしていいかわからず、お風呂でそのまま、また本を読み続ける・・・ 人間急な思いもよらず事態が起きたときは 一瞬何をしていいか、わからなくなるとはこの事だおそらく10分は本を開いたまま うつろっていたに違いないはず。 簡単に喪服を持って真夜中に札幌から室蘭へ車を急がす。 今から26年前のことだ。なぜか 悲しくなかったのを覚えてる。 やっと死んでくれたか・・・という気持ちで一杯だった。○○○○○○○○○○○○○○○○○○いつも家族で話していたこと。 「お父さん早く死ねばいいね」 「事故では相手に迷惑をかけるから 急死で死んでくれればいい」そんな父の死を望んでいた家族だった・・・ 今考えれば、ひどいと思う。○○○○○○○○○○○○○○○○○○思えば僕が 恐怖で言葉がでなくなったことも 姉が大人になるまで「おねしょ」をしてたことも すべて 父の酒乱のせいだ。 飲んだら暴れる、喧嘩する、暴力をふるう。その恐怖にいつも怯えて育った。 山口県で過ごしていたが あまりのお酒で、近所や親戚に迷惑をかけるからと 母が兄を頼って北海道・登別に来たのは 僕が小学の6年生の時だった・・・・・ 見知らぬ土地で父はお酒もやめ ちゃんと仕事をしてくれるだろう という母の願いも空しく 父は誰も叱ってくれない登別で ますますお酒を飲むようになる母が言うには 「お父さんは結婚生活の3分の一は入院してるね」 体が黄色くなり、顔が腫れて 何度も死に掛けては生き返していた。 いわゆる、お酒の飲みすぎによる肝硬変だ!病院の先生から 「生きてるなんて信じられない もし死んだら解剖させていただけませんか?」 死ななかったのが不思議だったようである 退院して お酒を飲まないのはほんの1週間 また朝からお酒を飲み続け仕事にもいかない 母を殴る蹴る 包丁を振り回す。子供だった僕達は、必死で止める。真夜中に何度、母から手を握られ 外へ飛び出していったかわからない… そのたびに「じゅんぼ どこに行こう・・」 髪を振り乱し青アザをつくり 母と一緒に泣きながら あてもなく歩き続けるのを 一緒に黙ってついていった・・・幼い頃・・・ 10年前に5日間断食をした。 九州の阿蘇山にある僕の師匠の元だ 「北川八郎先生」半農半陶生活を送る仙人みたいな人だ 北川先生は、陶芸が本職だからと 著書や講演会のギャラはすべて寄付をしている。 断食の3日目くらいだったろうか 先生は言う 「じゅんちゃん今日はお父さんの事を考えるとええよ」朝に散歩をして 露天風呂に入り 写経をして(ほとんどしなかったが・・)一日中父のことを考えていた・・・ 考えてもお酒を飲んで暴れることしか出てこない 「考えてどうなるんだろう 思い出したくもないのに」しかし師匠の言われたことは絶対だ 僕はずっと父のことを考えていた…… 幼少の頃、 酔った父の乗る自転車の後ろにしがみついて・・ ここまでしか覚えてないはずが・・・気づくと病院で頭を包帯でぐるぐる巻いて 入院してる僕がいた・・・ それは昔の写真 小学に上がる前があったので思い出した その写真でも父は酔って目がうつろだ。小学の頃に 自分がうまく話せないことに気づく いわゆる「どもる」症状だ。 酔って見境のない大きな父の声 母を大声で殴る父 恐怖でおののく姉と僕・・・・ あぁ~~~こうやって書いていても また心臓がドキドキする 中学、高校・・・父が嫌いだった と同時に母が可哀想だった。なんで母さんは文句も言わず ただ黙って殴られてるんだろう! もっと強くなればいいのに。 僕が強い女性を好きになるのには そういった弱いかわいそうな女性は 母の面影を見るような気がするからだ「弱い オンナの人は かわいそう」美容学校・・・・ そして自分で独立してから・・・書くときりがない 最悪なのは 営業中にお店にやってきて 「じゅん お金あるか・・・」 とお客さんがたくさんいるのに 酔った顔をしてお店に出入りする父がいたそれでも母を心配させたくないから 僕はそのことを母に言ったことがない そういえば 幼稚園のとき お年玉や親戚からもらった小銭を ブタちゃんの貯金箱に 小銭を入れて貯金箱が重くなるのを 楽しみにしていた頃 学校から帰ってきたら貯金箱がない‼️探すと台所に転がっていた 母に聞いたら知らないという子供の楽しみにしていた貯金箱の小銭まで お酒代へと消えていく・・・・ でもそんなことも 誰にもいえないし 父が酒を飲んでいるということも 母には言えないだから父のことを思い出しても 悪いことしかないんだ でも北川先生は一日中お父さんのことを考えなさいと言う 朝からずーと考え 夕暮れに差し掛かる頃 なんだか悲しくなって 泣けてきた・・・・ 父が死んで思い出しても 何一つ可愛がってもらったことがない「だいっきらいだ」 その気持ちが夕暮れと共に やがて・・・・ 温かい気持ちに変わる時がきた あれっ・・・・ 小学6年のとき 野球部で試合があるからと スパイクを用意しておくようにと 野球部の先生から言われたことを思い出す僕はお金に困る母に スパイクを買ってとか そんなことは言えなかった。 いくらなのか見当もつかない高いんじゃないか?だからずっと黙っていた。スパイクがなければ試合に出れないのか? 運動靴でもいいんじゃないか? 母には言えない が、試合は迫る仲間は試合が近づくにつれ スパイクを履く選手が多くなっていく 僕は・・・・・・・・ とうとう試合の二日前、こっそり母に言う すると母は僕が一番いって欲しくない言葉を言う「お父さんに聞いてみるね」 なんで なんでお父さんに聞くんだ! お母さんだけの胸に留めてこっそりスパイク買ってよ! 父に言ったらだめだ・・買ってもらえない 僕のお小遣いまで 黙って奪っていく父だあきらめていた スパイクのないまま試合に出る覚悟でいた その頃の僕にとってみんなスパイクはいてるのに 僕だけ運動靴は恥ずかしかった。 あきらめていた 夜ご飯を食べようと思っていたとき父が 「じゅん、ちょっと行くぞ」どこへ行くかわからなかった・・・・ 登別から汽車に乗り隣町の幌別に着いた先はスポーツ店 「お前の足何センチだ」 「ぼ、ぼ、ぼく24センチかな・・・・」 忘れていたはずの父からのプレゼントこんなことがあったなんて思いもしなかった汽車に揺られ 一言も会話もないまま 「どこへいくんだろう」と 不安がってた小さな頃の僕がいた・・・ 深く思い出すと、すごいものだよ。こんなとこまで思い出した。 スパイクの紐を結んだときの 「asics」と言う文字・・・ なぜ・・・ なぜ、そんなことまで思い出すんだろう一日中父のことを考えて アレだけ嫌いだったのに 優しくされたことなんて一度もなかったはずなのに それからと言うもの あれよあれよと出てくる そういえばキャッチボールもしたよ 高校の頃マージャンもしたよ 。父は友達に国士無双を振ったよたくさんたくさん可愛がられたよ・・・ すみません もう書けなくなった これを内観と言う 亡き父に お水を上げようっと・・ 最後に言おう 「お父さん ありがとね」全てに 感謝します。🙏追伸 人生でもっとも大切なこと! それは 「人生の師匠を持つことです!」過去日記より・・・・川根順史 via 札幌じゅん先生 Your own website, Ameba Ownd