「脳と仮想」 茂木健一郎著



その中で書いてある。



夏目漱石の「三四郎」という物語の中に
九州・熊本から大学入学のために上京する車中で
広田先生との出会いの中で

日本は発展する・・・滅びる・・・・などの会話から
熊本より東京が広い!
東京より日本が広い
日本より世界が


世界より頭の中の方が広いでしょう



頭の中のほうが広い!
ここでこの言葉を持ってくる?(笑)

つじつまが合わなくもないが、う~~~~~ん・唸った・・・

ん~~~~確かに・・・確かに頭の中は無限大だ・・・

発想が豊かだね!


さてここで僕なら、なんて返すだろっ?
確かに頭の中は広い!

しかし自分の知識の中だけしか想像はつかないものだ!
知識の広さによって、広さがわかる・・・

だから、自分の知識が狭ければ
ひょっとして狭い世界しかなくなってしまう

宇宙だってそのまた向こう側だって今の化学では証明されている・・



それさえも知らないで広いとは言えない

頭も使いようだ。



 10年前にこうだと信じきって言い放った言葉は
 今もそのまま、言えるだろうか・・・・

 堂々と言えるだろうか・・・・


大抵が
「あの時はまだまだ若かったな~~」
ほとんどそういう言葉が出てくるような気がする。



しかし断言することは大切だ。
こうこうこうでしかじかしかじか・・・だ!

 と今はこう思う!

しかし 将来もずっとこうだとは限らない。


      今はこう思う!

この言い方だといいかも知れないな。


 しかしね~~~~~~こんなもんだと思うな。

今の知識、経験、感性、考え方だから・・・・


この先、素晴らしい尊敬する人にめぐり合い
いろんな事を学び、教養を身につけ、教えを請う。


成長の足跡があり自信もできる・・


自分ごとだが

変わった。変わっている。成長している?大人になった!
大きな考えになった。融通が利くようになった。
素晴らしい考え方だ。素晴らしい!


 こんなことがあった・・・・・

羽田からの帰り、千歳空港に着いた。
エレベーターに乗る・・・・・

後ろから来た若い女性が僕の横を通り過ぎる・・・

ぶつかる! 知らんふり・・・・・・・
僕の前の男性にぶつかる! また知らんふり・・・

  さすがに、腹が立つ!不快だ!

これなら  今までの自分だ!

 今回は腹が立たなかった・・・

ここでこんな事件が起こったら別だ。


年老いて必死で荷物を持ち、足元もおぼつかない方に
ぶつかって、知らん振りしてる用では常識外だ!
「おいおいおい~~~~!ちょっとまった~~~~~!」

しかしここでは大人の男性にぶつかっただけだ!


  でも黙って、通り過ぎるのは腹が立つ・・・・

 一言

「あっ、すみません。急いでたもので・・・」

な~~んて言ってくれたら

 「いいですよ~~~!これも何かのご縁です・・いかがですか?

  時間があれば、この後、札幌でお茶でもして、良かったら食事しながら

  夜景でも見て、気分がよければホテルでも・・・・・」 大ばか者~~~~~

 ばっか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!

 最低男~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!


どうしようもなんないな~~こいつ~~~~!誰だ!こいつは?


  それはないとしても(断言はできないが・・・)


何を書いているのかわからなくなってきた・・・・・・・・・・・・・

こういう状況で思ったことがある
 前なら腹立てて不快な気分にさせられていただろう
 自分ごとじゃなく、人の環境のせいで不快にさせられた・・・


 中村天風さんは 人に惑わせられるな!とおっしゃっているが。


(久しぶりに天風先生の本を読んでいた・・・・から思い出した)

今は惑わされない・・・・


逆にこう思う・・・・

 「あ~~~~~うちのスタッフがこういうことを
 知らず知らずにしてたらまずいな!
 このことを報告しよう!
 気づいたことを報告しよう!

いい悪いは別として、このことを聞いてどう思うだろ?
自分だったらどうするだろ?
自分ごととして皆で考えよう!


 わからないことは皆で意見交換しよう!
 そして自分がどんな人であるべきか?

  を考えていこう・・・・・・


いつもなら 不快な思いをする出来事だ!

しかし

ちょっと考え方を、視点を変えるだけで
まったく別な、感じ方ができる・・・・・・

 逆にこう思った


  FEEL SO GOOD=お~~、なんていい気分なんだ! 


ふざけてんのかあ~~~~~~~~~~~?  じゃなく

そう思った・・・・・・ 

 

 こうあるべきだ
こういう人になるべきだ。
たとえば


給料日まで あと4日・・・・
財布の中には 残り1200円+小銭ちょっと・・・
ちょっと厳しい
一日300円で過ごすことになる・・・
無駄なお金は使えない!

  そう思いながら町を歩いてるさなか

「すみませ~~~~~~~ん!寄付お願いしま~~~~す!」

 ぐわ~^~~~~~冗談じゃね~~~~よ~~~~!
 こっちが寄付してもらいたいくらいだ・・・!
 お金を持ってる人に頼んで欲しいよ~~まったく~~!」


と怒った顔をして
その場から 逃げ出す人であってならない!という言うことだ! 


  今の僕なら
ポケットの小銭を数える・・・・
ここで5円なら(たった5円かよ~~~~~)  そう5円だ!
5円なら寄付できるな! よ~~~~し!5円でも寄付するか~~~

ここで頼まれたのも何かの「ごえんだ!」   な~~~んちゃって!

 (そんな冗談を言ってる場合じゃない!すみません)

僕は思う・・・・・・・
一人のその好意が たとえば1億人がやったら
なんと  5円×10000000=500000000
なんと5億円だ~~~~~~~~~

  今お金がないから
お金が貯まったら寄付します。
余裕ができたら寄付します。

ではないと思う!

余裕がなくても1円でも5円でも・・・・・・
頼まれたときは、潔く寄付する。
少ない中から・・・・・・・

じゃないと
いつか、貯まったら・・・・・

いつか、余裕ができたら・・・
 そんな人は、少なくとも

いつになるかわからない・・・・

しない確立のほうが多いだろう(そうじゃないかもしれないが・・・)



  関係ないかも知れないが
自分が困ってるとき、誰かに相談したいと
会いに行く、または電話する・・・

「今ちょっと忙しいから・・・・」
「用事があってまた後からにして・・・」

 お金じゃなくとも、進路、就職、仕事の悩み、人生の悩み・・・
相談しに行ったら断られる・・・・  さみしいね~~~~~~~~~!

頼まれたらすぐ答えてあげたい。
そんなことも寄付とつながって考えてしまいます。

寄付をしよう   と言ってるのではない!
頼まれたことは、ほんとに答えて上げられない状況か?
少ない中でも何とかしてあげるのが、人として
気持ち良いことだ!


 人に嘘はつけても
 自分には嘘はつけない!


北川八郎先生は教えてくれた

  少し損をしていきなさい

 

あ~~~~まだまだ人生の途中・・・ON THE ROAD

    学びを忘れないようにしたいな・・・・

   愛と感謝と込めて・・・・・・川根順史




昨日の自分よりうまくなる・・
ただその繰り返し・・・

 よく「ライバルを作る・・・」
ということがあります・・・・・

僕はまったくの正反対です・・笑
変わってるでしょ? 普通じゃありませんから!
 反対意見もあるでしょうが・・聞いてください!

僕たちの世界での話です

美容室同士で勉強しあったり、触発しあったり
コンテストに出たり、一緒にステージに立ったり・・するとします。
 
そんな仲間が 
「お前には負けないよ!
 絶対抜いてやるから!」  

良きライバル!っていうやつですか?
皆さんはどう思われますか?
 僕の結論は 「負けないよ!」という人は
大きくなれません。断言できます。

自分のことしか考えてないからです。
 心で思ってても口に出すべきことではない!

だって、いわれたほうの立場はどう思うと思いますか? 
きっと 新しい情報が入っても
「絶対に教えてはやらないぞ!あいつに教えたらこっちがやられる」  でしょ?  

勝つ負けるは、戦争です。
ライバルじゃない!敵です。
これからいい関係を保たなきゃいけないのに
お互いの成長にはならない! 
自分だけの範囲の中だけの頑張り!
本当の成長と言うのはお互いの情報を交換し合い
二人で成長していく!
レベルの高い同士が研鑽し合わないとレベルが高くならない!



言ったほうはいいけど

言われたほうは良い気はしない・・・・・

良い気はしない・・・相手を苦しめている
相手を苦しめるのは、やがて自分を苦しめる

じゃなくお互いが伸び伸び何でも言い合えること
隠し事はしないこと。
そして勝ったのは自分が満足いく作品を作ったから。

 相手に勝っても
自分で満足のいく作品が作れなかったら何の意味もない!  

だって 結果論でしかなくなるから・・

もう 誰もが わかってると思う

結果論は 貧しいことだと・・・
貧しいだけじゃない・・・苦しい・・・

むなしい・・・人生の意味がわかったら
まったく反対のことをしてることに気づくはずだ!

誰かに勝つ、負ける、もうひとつあるならば
自分に克つ!も、しかり・・・・同じだ!




そうじゃなく  自分を越えることなのだ!


昨日の自分よりうまくなる
ただ
その
繰り返し・・・・

***************

「与え続ける」



与え続ける・・・・
学び続ける・・・・

気持ちよく
心地よく
美しくです。

「与え続ける」

その言葉の裏には
なにもないのです。

学び続ける・・・

だから

ただ学ぶだけ・・・



自然と謙虚になり
相手を尊重し、敬い
認める・・・

最後に得しようと思わなくても(笑)いいのです

得したって、そんな少しのことなんて一瞬で
なくなります・・・・

得するということは 相手が損をするということ

自分が損をする ということは相手が得をする

 WINWINの法則はどちらも勝つですが

英語を日本語訳になおすと
誤解が生まれますが

直訳では WIN は勝利するですが
それだけの意味ではなくもっと深い気がします
 
 だから、何かを成し遂げるとき
 人生を語るとき
 自分を語るとき
 成功を語るとき

勝つ負ける で片付けてはいけない・・

 一事の勝利でも
最後に負けては何もならない!

 
だから勝つ負けるで表現はしたくありません   

なんていっていいかわからなかった!
どういう風に説明していいかわからなかった

なぜかということが最近わかりました


それは


 小さな人間になりたくなかったからです。


勝つ負ける 
 は、小さな人間の言うことですよね?

まだまだ小さいですけど
大きな人間になっていた立場から考えると
間違いなく それは小さな人間のいうことなんです

結論を言いますと・・・・・これなんです!


     学ぶことを学ぶ・・・・



       

さぁ~水曜日のラジオ「 じゅん先生のPMAでいこう」 は
     

病気について語ります。

8月11日(水)午後9時~10時

  「 じゅん先生のPMAでいこう」

         img0b9c3fa9zik1zj.jpg
  世界中からパソコンから聞けますよ ↓
     http://www.830.fm/

どうして 病気についてのラジオで語るかといいますと
先日の日記でも書きましたが
http://ameblo.jp/cutcutjun/entry-10612849526.html

mixiで偶然知り合った方が1年前の交通事故で
脳脊髄液減少症」になり
数え切れないほどの様々な症状が
いまだに彼女を苦しめています。


そんなMさんのためにも、そして
ご病気でがんばってらっしゃる方に
少しでもお役に!そして気持ちを楽に持っていただければと。

僕一人では何もわからないので、
その道の専門家をお呼びします。

夜に知人の柳田正太郎事務所の正太郎先生
(医業経営コンサルタント&患者満足度向上コンサルタント)
に電話をしたらすぐOKの返事。


さすが世のため人のために動く柳田正太郎先生
 正太郎さん.jpg

正太郎先生はなんと医療機関の

『医業経営コンサルタント』柳田正太郎先生です
http://sirakaba.sunnyday.jp/


札幌市の医業経営コンサルタント&患者満足度向上コンサルタント 
「柳田正太郎事務所」

どんな方かといいますと 
正太郎先生のプロフィールです」HPより抜粋しました

内資系製薬会社、外資系製薬会社で23年間、
営業を経験して参りました。(プロパーからMR)
この期間に様々な医療機関の現場を見て参りました。
今までの経験を生かして別の側面でお役に立つ仕事がしたく
独立開業いたしました。
医療機関、患者さまの「悩み」や「困りごと」を
解決することが私の使命と考えています。
実際の現場を長年、見てきたから提案できることがあります。


『 私の役割 』
皆様のお役に立てる仕事として「長い待ち時間の解消」と
「理解される説明の実現」に特化した仕事をしています。
すでに多くの医療機関様との実績があります。


  私は "患者満足度向上コンサルタント" です。

医療社会に貢献できることを誇りに思っています。
どうぞ、当事務所の仕組みをご利用下さい。

多くの方と出会い知りあいながら
医療業界に貢献したく願っています。  

北の大地からお届けいたします。

柳田正太郎
1962年(昭和37年)北海道上湧別町生まれ 47歳
・北海学園大学法学部法律学科卒業
・内資系製薬会社 15年
・外資系製薬会社  7年勤務後
・2007年 事務所開設

好きな言葉・ 「夢」に期限を付けると「目標」になる

***********************************

よし!これで準備万端だ!

Mさんしっかり聞いててください。
そしてご病気の方も何かしら良い情報が得られると思います。

どんなことでも良いので質問ありましたら ここじゃなく

こちらへメールください

質問メール    junp@830.fm

正太郎先生が何でもお答えいたします。

なにか少しでもお役に立てれば 嬉しいです。

  熱意を込めて・・・札幌じゅん先生



グルッポがありました→「脳脊髄液減少症を知ってください」
http://group.ameba.jp/group/9cKf1mJ5fpPm/

脳脊髄液減少症
今は未だ認可されていないものです。
国から、病気とすら認めてもらえていません。
正常では、髄液の産生と吸収はバランスよく調整されています。
髄液バランスがくずれて髄液が異常にたまるのが『水頭症』、
髄液が異常に不足したのが『脳脊髄液減少症』です。
『水頭症』の診断と治療法は、ほぼ確立されていますが、
【脳脊髄液減少症】は、典型的低髄液圧症候群を呈する症例(次項)以外については、
その診断法も治療法も確立されていません
しかし、治療法は有り、確かにその治療で良くなる人はいるのです!


従来からよく知られている、『低髄液圧症候群』の特徴は、
“起立性頭痛”が主症状で、立位(座位)でいると、頭痛がどんどん悪くなり、
横になって休むと頭痛が治まってくることです。
何らかの原因で、くも膜-硬膜がほころび髄液の漏れ口となり
(殆どが脊椎レベル、まれには、頭蓋内)、立位でいると、
髄液漏れがひどくなり髄液がすくなくなり髄液圧(脳圧)も低下し、
横になると髄液漏れが弱まり圧も回復するからです。

特に誘因なく発症する“特発性”低髄液圧症候群では、
発症初期においては、多くの場合、安静臥床により自然治癒します。
髄液漏れが続き髄液量が足りない状態(髄液の漏出/過剰吸収=髄液の支出超過、
あるいは髄液産生量の低下=髄液の供給不足)が長期にわたると、症状は複雑多彩です。

原因はすべて交通事故後とは限りません!





追伸

 

先ほど、雅さんとお話しました。

僕は、簡単に考えすぎていた・・・・

事態は、深刻でした。

起きると具合が悪くなり横になる。

そうすると怠け病と言われるようになる。

誰も相手をしてもらえなくなる。家族までも・・

認知されてない病気だから病院の対応も悪くなる。

 

そんな患者さんがたくさんいるそうです。

今回のラジオは、脳脊髄液減少症を知ってもらうだけでも良いと

お話しました。

それだけではなくもう一人の患者さんとも

お話させていただきました・・・・

3歳のお子様がいる・・・泣き声を聞くだけでも

ビルから落とせば泣き止むだろうという錯覚や

そんな妄想などで 自分がイヤになる・・・・

仙台でアナウンサーが自殺されたのもこの病気だそうです。

 

 

ラジオの責任を軽く見ていた

病人の方の気持ちを軽く見ていた。

深く反省しました・・・・・

明日はしっかりと この病気のことを

お話したいと思います。

 

そして早くこの病気が認知されますように・・・・

 

願いを込めて・・・川根順史

美意識の核その2)


野暮は揉まれて粋となる(江戸時代の言葉)



映画「日曜日はダメよ」で

一人の娼婦が、日曜に休業し、

一週間の間に自分と寝た男達を

全部招いて一緒に食事をし

それから揃って海へ泳ぐにゆく。


  かたや



吉原の一人の娼婦が

「月を眺めて目に涙、

 あける年期を待つばかり・・・」  と

ひとりエレジー(悲恋)を口ずさむ




山本耀司=yohji yamamotoが 思いをはせる



「女」という



存在の圧倒的なレアリテには

いつもこうした 「光」ではなくて 


翳り」 


が射している・・・

$JUN



YOHJIの黒とは、

色という色をすべて吸い込む

抱擁の黒であると共に

この翳りの深さでもあるのだ




***Yohji yamamoto pour homme***

僕は 18年間 

Yohji yamamoto の服ばかり着ている!


僕の方向性を決定付けてくれた ブランド!

 とでも言うのか

僕を引き立たせ、

存在価値を与えてくれた服だ!


アウトロー的人生のわかった男の着る服

 ヨージの著書の中に書いてある



「いい歳をして、すねもの、

ふれくされ、つっぱり といった

とにかくおさまりが悪い生き方しかできないのに

不思議に可愛げがあって、

そのふてぶてしい不良性のすきまから

意外にもシャイで奥深い品位が漂ってくる

そんな男が着たら似合う服」




また こんなことも

完全は醜いと思うんです。

 人間のつくるものには、どこかに傷、

 失敗、崩れ、歪みが欲しい。

 そういうものが感じられるのが好きです。

 パーフェクション(完全)というのは、秩序でしょ?

 全体の調和とか・・・

 それは誰かが押し付けるもの

 自由な人間はそれを望まない」


だから左右対称は醜いと・・

ちょっと よれててたり 崩れてたり・・・

新品なジャケットでも 

前から来てたような親近感がある。



モードにスポーツマインドを取り入れるその凄さ!

  モードの世界に スポーツを融合する

見事なカッティング モデルの体系にそった

流れるような服

 それに アディダスの3本線が・・・・・・


JUN



最初に見たときは 感動しました!

3本線かい!!!!!!!ってね・・・笑


何年か後 アディダスとYohji の融合されたブランド

  スポーツ心満載の  Yー3 

  Y-3 = (Yohjiに3本線)  ができました!



その感性に脱帽です!

ヨージが好きでたまりません!



こんな部分も

 「 空間 」

「みんな オレの好きな空間っていうのを

 わかってないんだよな。

 オレの空間っていうのは 何も要らない。

 店なら 

 服だけがあればいいっていうそういう空間。

 でも何もない空間って

 言うのはありえないわけで・・・・

  だから大問題なんだよ。

 インテリアデザイナーにデザインするな!

 って言うわけだから・・・

 そりゃー苦しむよな。

 それなら自分でやれって

 言われる事になるだけれど・・・・」


      「女」

「どうして 女は ああなんだろうなぁ。

男が一生懸命、真剣な話してる時に





「あなたって 



眉毛に白髪あるのね・・」


なんて急に言い出す。

女っていうのはさぁ・・・・」 笑








ほんの一部分ですが 

Yohji yamamotoのこだわりや

女性観が垣間見れますね・・・



  自分を表現してくれるものには



ヘアスタオル めがね、ひげ、服、小物、

車、家、仕事、行動、生き方など

色んな、モノや考えがあります!

あなたは 

自分を最大限表現してくれる

ヘアスタイル ファッションを持っていますか?


僕は Yohji と知りあって、

ベクトルが決定しました!



 アウトロー的生き方・・・・・・・・



そんなおや~んずになりたい!



熱意を込めて・・・川根順史



注1)コンテスタシオン=異議申し立て



80年代
  それまでの世界のパリオートクチュ-ルに
  大革命を起こした!

  それまでの黒は 暗いだけの色!

 ヨージは 黒を完全にファッションに変えた!

JUN


 世界のファッションの歴史の あり方に

  コンテスタシオン=異議申し立て!


美意識の核・・・その(1)


 後姿の美学

 残り香の美学




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ファッションデザイナーのヨウジヤマモトさんに

こういう言葉があります。


「横姿、あるいは ちょっと斜め後ろから見た女の人の姿に
 妙な感動を覚えます。
 
 行くもの 通りすぎていくものに対する
 追いすがるような想い。

 ミッシングな(失う・・欠ける)感覚と言ってもいい。

 残り香もそう。

 何かせつなさみたいな・・
 過ぎ去りゆくものに誘惑されて・・・・・

 みたいなことが、いつも僕の中の女性に対する
 ひとつの憧れとしてあるのです。

 だから 女の人というのは、

 通りすぎるひと
 去ってゆく人としてしか ぼくには見えない。

 だから   背中

 服というものは、前からではなく
 後ろから作ってゆくものだとぼくは思う。


   s-IMG_7945.jpg

 後ろは服の支え


 それがしっかりしていないと 前は成り立たない」



偶然、僕のmixi日記を訪ねてくれた「Mさん」
彼女の日記を何気に見ました・・・・・

なんか・・・・・・

1年前の事故をいまだに引きずっていました

「脳脊髄液減少症」

数え切れないほどの様々な症状が
彼女を苦しめています

札幌の方でおそらく白石に住んでらっしゃるのでないかと
推測できます。

可哀想というか・・・なんかやりきれない気持ちになりました


    


雅さんの日記より

脳脊、発症から治療まで

一年前の交通事故から、脳脊髄液減少症が判明するまでは
私にとって長い道のりでした('◇')ゞ。

事故直後から、右半身の鈍さが始まり。。。

その後の数えきれない程の様々な症状。

《舌や顔面の痺れ、(ろれつが回らない)吐気、息苦しさ、冷えやのぼせ、吹き出物、耳鳴り、思考力低下(活字の読み辛さ)、激しい頭痛、目眩(歪み、気を失うような感覚、)、手の皮膚の焼けるような病み、動悸、目、鼻、耳の奥の痛み、咳、鼻水、倦怠感、聴力過敏、視力低下(眩しさ)、自律神経失調症状、息苦しさ等々》

徐々に、でも確実に症状は悪化していき、自分が自分ではなくなっていく(^_^;…

こ、恐い。。。

でも、きっと病院に通っていれば治してくれるはず?と、自問自答…

直感で

「もうすぐ身体が動かなくなる、言葉もでなくなり、
インターネットで調べる事もできなくなる。
今のうちに原因を見つけてくれる医師を探さなければ!サポートしてくれる弁護士を!
早く早く!」
とボーっとする頭で焦る日々。

病院にはいそいそと通ったけれど…(・ω・)

半年近く通った医師には、
『そのような症状、ある分けがないよ、アハハ(^o^)』
『痺れなんて専門外だし~、
 専門内の症状に関しては、もう治りません!はい、症状固定!!』
…(ΘoΘ;)…

と言う訳で、セカンドオピニオンをもらいに色々な病院を訪ねる日々

私『先生、頭が割れそうで。顔や舌が痺れるし、息苦しい~』

医師
『はい、筋肉注射してから点滴ね~。症状は気にしないでっ!』

…(ΘoΘ;)

      …気になるでしょ

その他、

『気持ちの問題!』
『気のせい!』
『むち打ちによる自律神経失調症状』
『外傷性ストレス障害』等々…。

非常に残念な見解の数々で(-"-;)…

中には、

『加害者が他人だから、未だに痛いなんて言っているんじゃ?
 身内だったら、もう治ってるって言うんじゃあないの~
 多いんだよね~』……

もしや、私は保険金目当ての当たり屋だとでも(¬_¬)

その間にも、割れるような頭痛だったのが、
徐々に頭にドリルで穴を開けられている感じに…
結果、十件以上の病院を周り…

今年の1月、人伝に「脳脊髄液減少症をテレビで見た」と聞き、
手探りでなんとか今の専門医にたどり着いたのが、
事故から、九か月後でした。

(事故直後であれば、二週間位安静を保っていれば、自然治癒出来たそうです。)

脳脊髄液減少症は国で未だに認められていない疾患でガイドラインもなく、医師も不足しています。

そのように情報もまだ少ない中、インターネットや本で調べて医師を見つけた事に対して家族会の方に

「よく、この短期間で専門医にたどり着けたね!」と驚かれました(*'-'*)。

ちなみに、その方は、五十年位?苦しんできたと聞き、それに比べて私は幸せなのだなあと思いました。

でも…本当にこのような聞いた事もない疾患なのだろうか。

自由診療の為、一回に30万もかかるブラッドパッチをして
はたして治るのか?

専門医と言うが、今までの医師達と同じように、その場を取り繕うだけの心ない方だったら…等、猜疑心全開で(-.-)…。

でも、この疾患を教えてくれた方がいたからこそ、早い段階で専門医に出会えたし、近くにその専門医がいてくれた事だけでも感謝しよう!

でも、でも…パッチは『出産位痛い、男性は耐えられない人がいる、中には気を失う人も、神経に針が触れたら半身不随…』
ヒエ‐...((((((^_^;)

と言う情報達に尻込みしながらもσ(^◇^;)。。。


『今の苦しみを乗り越えられるなら!』等、

期待と不安のジェットコースターの中、この医師の元でブラッドパッチに挑むことを決心したのが、二月の事。

その月の末には、第一回目のブラッドパッチに挑みました(o^-')b。

***************************************************

何故?


相手方の保険会社に、債務不存在で起訴されました(*'o'*)。

それは、ブラッドパッチ後の症状悪化で、身体中が『HELP~』と悲鳴を上げている状態の頃でしたヾ(^_^;。

私が、色々な病院でセカンドオピニオンをもらって治療を続けている事が、かなり不満だったらしい…。
早く終わらせたいのよね、保険会社は(*'へ'*)

弁護士は、私が裁判所に出向いて、今の症状を見てもらった方が良いと言います…
が、
そこまで、たどり着く事が出来ない(¬_¬)
弁護士との打ち合わせ自体、家に来てもらっている状態なのです。

前回は、ボーッとする頭で、気合いだけで自分を奮立たせ、二時間イスに座って話し合い('◇')ゞ
結果…数日間は腰痛、目眩、頭痛等々でヘロヘロ状態にσ(^◇^;)。。。。

事故関連の電話が来るだけで、身体から汗が噴出しドキドキ
『く、くるしい~(・ω・;)』ってなるのに…

裁判所に出向くなんて、不可能なんですけど。
事故について、まだまだ、色々なやり取りやら書類やら…
やるべき事がたくさんある…
決着は何年先に…
ふぅ(^_^;

逃走した~い
<_<)o>>

でもこの身体じゃあ無理~W
私の事なので私が対応するしかないよね、と気持ちをなんとか奮立たせる…
ん、私の事……(・ω・;)(;・ω・)?
私、被害者なんですけど(ΘoΘ;)

怪我を負って闘病生活、早一年。
散々、仮病扱いされた上に治療費を打ち切られ、実費で治療を続けていたら、訴えられて。。。

年末には貯金も底を着き…
あのまま助けを求める場所がなければ、今頃…路上で一人…
『OH,NO~』(◎o◎)!!

加害者は、私がこのような症状で苦しんでいる事を何とも思わないのかなあ。
そういえば、事故以来、彼からは一度も連絡はない (*'へ'*)

彼はあの日
『これで、免停だ』…とシュンとしてたっけ。
そして、彼は携帯で話ながら運転し、帰っていった…

『人をひいたのは初めて』とも言っていたな。
…今まで何をひいてきたのだろう。。。

******************************************

大吉


久し振りに神社に行ってみました。

前回は、少し急いで行ったせいか、動悸や頭痛、目眩等で数日間大変な思いをしたので今回はゆっくりと歩いて行きました。
全ての皆様の幸せを願ってきました!(もちろん私の事も含めて)

そしておみくじをひいたら、大吉(^-^)v

年末も、その前も大吉でした(^-^)

病も将来治る!とのこと(o^-')b

将来って、いつかなあ…来月くらいW

***********************************

アウチ!

私は…
痛みに…弱いです…。
でも、事故以降、痛みがない日は一日もない<_<)o>>。

昨夜の夢は、事故で身体中に何かの破片が… アウチ!(ΘoΘ;)


ドキドキして起きたら…
怪我の部分が身体のあっちこっちで病んでいた。

三十代の女性が一番痛みに強いとは言っても、
限界がありますが|||(-_-;)

この身体では、交通機関を使って病院にも通えないので、まだまだ治療にも行けないし。

まあ治療に行っても、『気にしないで』『きのせい』、とか言われて、ほとんど治療らしき事はしてくれないのですが…(ΘoΘ;)

以前

『お金欲しさに、治っているのに痛みを訴え続ける人が多い。面倒だからみんな診たがらないんだよね』と
医師に言われた事がありましたが…
それが本音なのだろう、と十件近くのドクターショッピングをしてわかりました…。

でも、こんなに痛いまま生きて行けないよ~

近くに良い先生いないかなあ。。。

どなたか知っていたら教えて下さい(整形外科…かなあ)

御礼は…私の満面の笑みでいかが(^-^)/~w


*********************************

突然の事故にあい、こんな症状が残ってしまったMさん。
誰でも 合うかもしれない事故・・・
人ごとではないような気がして・・・・・

・・がんばって・・・!

熱意を込めて・・・・・じゅん先生
昨日のmixi日記になんと1000アクセス

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1554875632&owner_id=6818821

ニュース記事から引用して日記を書いたら
凄い数のアクセスがあった。

おどろき

もものき


やしろあき(笑)


楽天ブログ、毎日平均300くらいだが
mixiで1000というのは異常な数字。

こんな日記でした☟





広島に原爆が落とされた日。

昭和五年、母みどりは広島に産まれました。
親戚の、札本の伯母さんは、未だにその原爆のせいで、身体中にガラスの破片があちこちから出てきます。

札本の息子のみっチャンは、僕と同い年。
被爆の影響があります。

だから、僕自身、原爆のコトには
あまり良い印象は幼い頃からありませんでした。(なんで原爆は悪いと書かない?)苦笑

それは、札本の伯母さん、母からも
原爆によりひどい被害を被ったことを
嘆いてましたが
悪いと聞かされたコトが
なかったからです。

さて、その原爆を投下した本人、ポール・ティベッツ氏の息子さんの言葉があります。

その言葉にものすごい数の反論の日記が
書かれています。

戦争を知らない僕たちは
学ぶコトが必要だと思います。


■原爆投下機長の息子、大使派遣に不満あらわ
(読売新聞 - 08月06日 11:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1300569&media_id=20
 【ワシントン=黒瀬悦成】広島に原爆を投下した米軍のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」の元機長ポール・ティベッツ氏(故人)の息子、ジーン・ティベッツ氏は5日、オバマ政権が広島平和記念式典にルース駐日大使を出席させたことに、「行かせるべきではなかった」と不満をあらわにした。
 ジーン氏はCNNテレビの報道番組に自ら電話をかけ、「(日本に対する)無言の謝罪と受け取られかねない」と政権の決定を批判し、「原爆投下で戦争終結が早まり、多数の命が救われた。我々は正しいことをした」との父の生前の主張を述べた。
以上


黙祷を捧げた8月6日です。
「あっけちゃん」こと伊藤あけみが
8月4日(水)午前11時
いよいよスタイリストデビューを、果たしました。

初めてのお客様は
二ヶ月前から決まっていた全国を飛び回るナニメンさんです。

ナニメンさんの
「習慣形成トレーナー・ナニメンの、人に能力の差はなしあるのは習慣の差」
http://ameblo.jp/nanimen12/

「終わりました」と写メールきました。

$JUN


あっけ!おめでとう!
そして
ありがとう!

君の喜びは僕の喜びであり
お店全体の喜びだ!

そして北海道の美容界にも
及ぼす影響は大であろう。


今日という日の「初心」を忘れないで
これからもがんばってください。

熱意を込めて・・・・川根順史
川根塾は今期で第7期を迎えた。

教えに行ってる美容学校では「川根塾」が広告宣伝の「ウリ」である。

なにしろ日本チャンピオン6回を獲得。
全国でも知られてる存在だ(笑)

来年美容学校に入りたい高校生を対象に
オープンキャンパスといって一日入学体験ができる。

その授業に川根塾が教える。

講師はスタッフである 
川根塾第1期生 渋谷亮 第3期生 青地正紀


トップモード北海道大会で
優勝と準優勝の二人である
$JUN


CUTCUTJUNでは技術者デビューするまでは
5年前後かかるが デビューするまでに
妥協しない徹底的な教育で 

カットができるだけでなく
人に教えるレベルまでに育てる

渋谷亮は昨年12月にデビュー&川根塾コーチ
JUN

青地正紀は6月にデビューしたばかりだが
もう人前で教えることができる。
JUN



技術を人に教える
簡単なものではない。


僕が昔から口下手だっただけに
スタッフに人前で堂々と話せる人になってもらいたいという
希望が根底に流れている

そして 「北海道を引っ張る美容室作り」にある。

カット新人でありながらも
カット用語、テクニック、過程などを
話しながらカットしていくことができるのだ。

明日は高校生ではあるが ヘアカットしながら
美容の楽しさを伝える役目をする。
いわゆるデモンストレーションだ。

堂々とそして親切に
細部にわたる気配りで
がんばってきてほしい

熱意を込めて・・・川根順史

デザインというものに思いをはせてみる

日常に有り余るデザインとは何だろう?と・・・

下記の筆者のブログを参考にしました。感謝します。 ↓ 

Yoshiaki Nishimura
at "Vison Plus 6"
10. July 1999 / Austrian Museum of Applied Arts / Vienna

Translation: Pamela Virgilio Miki
English-language director, Sensorium

http://www.sensorium.org/vp6/lecture/index-j.html

から引用しました。あえて僕なりの意見は書かないで

そのまま引用したほうが誤解がなく良いと思うので

前文引用させていただきました。ありがとうございます。

Designing World-realm Experiences:
The Absence of World "Users"

(世界経験のデザイン_"世界"に"ユーザー"はいない)

 

1. Summary
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今日は、「Senseware」というカテゴリーのデザインプロジェクトについて、実験報告をしたいと思ます。「Senseware」とは、生きている世界をビビッドに感じ取るための道具の総称で、造語です。
「感じること(sense)」にフォーカスしている理由は、「人が生きていること」の核心が、そこにあると考えるからです。私達は、インターネットを基盤にした「Senseware」のプロトタイプ製作に、この数年間注力してきました。

「Senseware」とは、いわば「生きている世界に向けて開かれた窓」のようなものです。そのデザインにおいて重要なのは、「ありのままを表現すること」です。

デザインとは、インターフェイスすることであって、インターフェイスをつくることではありません。私たちは、他の人々や生きている世界と接したいのであって、コンピュータなどの情報機器や、インターフェイスデザインと接したいわけではない。それらはあくまでも、媒介に過ぎないはずです。
にも関わらず、情報機器やインターフェイスのデザインが妙に雄弁化して、その邪魔をしていることが多い。本来、その間をインターフェイスすることが目的のはずなのに。そして、向こう側の世界へ私たちをつなぐ前に、その媒介物の「ユーザ」として拘束してしまう。
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これは、インフォメーションデザイン、インターフェイスデザインにおける、大きな問題でしょう。追ってご紹介する我々のプロジェクト群においても、それは大きな課題の一つです。特に、人々がまだ慣れ親しんでいない道具をデザインする時、私たちはこの問題に、正面からぶつからざるを得ない。
しかし、本来的には「ユーザ」なんていないのかもしれないのです。だって書籍ユーザなんていない。いるのは、リーダーです。サーフボードユーザなんていない。いるのは、サーファーです。最終的なゴールは、「ユーザ」と呼ばれる存在のいない経験の総体をデザインすることだ。それを忘れてはいけないと思うのです。

とは言え、私達は学術的な研究者ではありません。モノづくりの楽しみとして、「Senseware」のプロジェクト群を手掛けてきました。したがってこのプレゼンテーションは、ある論理の主張と言うより、私たちの実験報告として聞いてもらえればと思います。

「Senseware」とは何なのか。具体的な事例を通じて、紹介していきましょう。

2-2. Night and Day

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これは「Night and Day」というプロジェクトです。小さな画像は、インターネット上に点在している、リアルタイムのウェブカム画像です。

私たちがインターネットに初めて触れた1995年頃、まだ世界には数えるほどのウェブカムしか存在しませんでした。しかしそれから二年も経つと、世界にはゆうに5000を越えるウェブカムが存在していました。
ウェブカムの増加は、「みんなが少しずつうまくやることで、全体がすごくうまく機能する」というインターネットの特性を、そのまま体現しています。

「このカム画像を地球儀にマッピングしたら、今この瞬間に地球に落ちている影、太陽がつくり出している夜と昼の姿を、一望できるかもしれない」。そう思い付いた私たちは、緯線方向に地球を一周する24個のカム画像をサークル状に並べることで、そのアイデアを表現しました。これは、時計時間という人工の時間に対する、自然の時間の可視化。インターネット上に置かれた、新しいナチュラルクロックでもあります。

こうした地球の日影画像を、3Dグラフィックスで表現するソフトウェアはいくつか存在します。いいものもある。しかし、それらは計算に過ぎません。私たちは正確な時計が欲しかったわけではなく、インターネットを網膜のように使って、今まで見えなかった類の世界像が見れる、新しい「目」を作ってみたかったのです。

こうした「Senseware」の試みを、私たちは「Sensorium」というウェブサイトで展開してきました。「Sensorium」のメインテーマは「sense(感じること)」です。「人が生きていること」の核心は、五感と想像力をつかって、世界をいきいきと"感じている"瞬間の積み重ねにあると思うのです。

また誰もが知っているように、すべての創造行為で最後に問われるのは、つくる能力より、むしろ「感じる能力」です。音楽において決定的な力は、演奏する力ではなく聴く力だし、写真においては見る力です。環境問題も、環境そのものの問題というより、環境と自分の関係性をめぐる、感受性の問題ですよね。
人が真にクリエイティブであるためには、「生きている世界」をビビッドに感じつづけていることが、まず何よりも必要だと思います。ほおっておくと、つい当たり前な出来事の積み重ねとなって精細を欠いてしまう日常生活を、いきいきとした新鮮な世界経験に転化していく仕掛けが、いたるところに必要だと思うのです。

2-4. Net Sound

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「Senseware」という窓で開かれる「生きている世界」は、地球や宇宙だけではありません。
これは「Net Sound」というプロジェクトで、東京のある大学の研究室のネットワークを流れているパケット群を、デジタルサンプラーを使って、リアルタイムな音に変換しています。ネットワーク上に用意された、一種の聴診器ですね。

私ははじめてインターネットに触れた時、ものすごく感動しました。どんなページよりも、インターネットという大きな仕組みそのものに感激したのです。「これこそデザインだ!」と思った。デザインとは色や形ではなく、人の世界観を拡げる仕事でしょう?
なので、インターネットへのリスペクトとして、インターネットそのものを表現する何かを作りたかった。先の「Breathing Earth」や「Night and Day」も、地球と同時にインターネットそのもののを表現しているのです。

2-5. Web Hopper

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これはなんだと思いますか?

これは「Web Hopper」というプロジェクトです。インターネットを通じて、日本から海外のウェブサイトを巡っている複数の人々の姿を可視化している、ライブ・グラフィックスです。

ウェブページを見ている私たちは、それぞれ独りで行動しているように思っている。しかし目に見えないだけで、インターネットという空間の中を、複数の他者が同時にウロウロしているわけです。そんな有様を映し出す鏡を、インターネットの上に置いてみようと考えました。このリフレクターは同時に、インターネットという環境が、北半球に偏ったシステムである、という事実も描き出しています。

あらゆる近代のシステムには、洗練されていくに従ってインフラや構造を隠蔽し、ブラックボックス化してゆく傾向があります。しかし、それは本当の洗練なのでしょうか。
デザインの最大の目的は、人の「生きる力」を最大限に引き出すことだと思います。しかし、近代はこうしたブラックボックス化を通じて、人々を「生きる人」でなく、単なる「ユーザ」や「消費者」に限定してきました。これは、人間をスポイルしてしまう行為だと私は思います。

3. 「そのものになる」ことのデザイン
3-1. 風鈴


「Senseware」がどういうものか、理解してもらえたでしょうか。こうした「Senseware」の古典的な一例が"風鈴"です。英語で言うWind bellですね。

"風鈴"という装置のインターフェイスデザインには、一考の価値がある。風鈴の面白さは、それが、音色の美しさそのものを楽しむための楽器ではない点にあります。その傾向は日本の風鈴に特に顕著で、楽器的な性質が、海外のWind-bellよりも低いように思われます。

風鈴が表現しているのは、音そのものではなく、「風が吹いている」という事実です。庭に面した軒先に吊された風鈴は、暑い夏の日、軒下を流れる風の存在を伝えます。この時、部屋の奥にいる人は、「ああ、風が吹いている」と、イメージの中で涼を取る。そして同時に、数秒後には部屋の奥へ到達するその風を待ち受け、無意識に肌の感度が少し上がる。風鈴とは、五感とイマジネーションを駆使して外界の情報を享受させる、複合的な「Senseware」の好例なのです。

私は"風鈴"という「Senseware」を生み出した昔の人を、尊敬してやみません。冒頭で私は、「デザインとは、インターフェイスすることであって、インターフェイスをつくることではない」と言いました。そして、「しかしそのインターフェイスに、人を拘束してしまうようなデザインが多い」と指摘しました。この点において、"風鈴"のさり気ないデザインは、群を抜いてよく出来ています。

モダンデザインのパイオニアの一人に、イタリアのアッキレ・カスティリオーニがいます。以前彼は、こんなことを言っていました。「レストランに行くと、テーブルに置いてあるデキャンタ。あれは、ゆるやかなカーブを描いていますね。しかし、ワインをグラスに注ぐ人が、そのカーブに気付いてしまうようなら、そのデザインは失敗なのです」。

私はインターフェイスデザインにおいても、カスティリオーニの意見に賛成です。インタラクションデザインが究極的に目指す地点は、「そのものになる」という全体的な経験のデザインでしょう。私が考えるインラクティビティとは、ユーザが何か働きかけると、何か別のイベントが起こるといったことではありません。「そのものになる」という経験です。

たとえばそれは、フォークのデザインではなく、「食べる」という経験の全体をデザインすることに等しい。「『食べるになる』、をデザインする」とでも言えば良いでしょうか。「Senseware」が目的としている「感じること」も、まさにその全体性を必要としています。したがって私たちは、「Senseware」でインタラクションデザインを極めなければならない。しかし、これがなかなか難しい。

 

3-2. BeWare02: Satellite

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これは、「BeWare02: Satellite」というプロジェクトです。インターネットに繋がったライブのオブジェで、センソリウムではじめてつくった物質的なインスタレーションです。

高さ80cmほどの、9cm×160cmのプレートの上に、地球の周りを周回している気象衛星からの最新の画像が投影されています。その画像は、衛星の飛翔速度でジリジリとスクロールしています。このベルト状の情報空間には、約102分間に相当する地球一周分のデータが表示されています。そしてプレートの表面を触ると、それぞれの場所の温度が、手のひらを通じて伝わってきます。
誰もが知っているように、「触ること(Touching)」はとても強力で重要な感覚回路です。この領域は、デジタルなインターフェイスデザインにおける、次のフロンティアなのだと私は思う。

温度は、気象衛星の赤外線画像を解析することでデータ生成し、プレートの内側にあるペルチエ素子を制御することで表現されています。

このインスタレーションは、1997年秋にリンツのアルス・エレクトロニカではじめて公開され、シーグラフ98やモントリオールのビエンナーレを巡回した後、現在東京のICC、Inter Commnication Centerというミュージアムで、日本ではじめての展示を行っています。

実際に触ってみると、冷たい場所が多い。それは、地球がおもに雲に覆われた天体だからです。不思議な面白さがあるプロジェクトです。機会があれば、ぜひ体験してください。とは言え、情報デザイン的な見地から評価すると、おそらく課題の多いプロジェクトでしょう。

床面には、プレート上の帯が地球のどの部分に該当するかを表示するグラフィックが自動生成されているのですが、「触ってみてください」とのインストラクションに従って、プレート面ではなく、床の方をタッチする人も時折いる。情報構造も複雑で、私たちは情報空間の秩序をゼロから構築することの難しさを痛感しました。

しかしモニターやキーボードといった、現在の標準的なコンピューティングの端末環境を離れたい、という欲求も強かったのです。パーソナルコンピュータは、「何かをする(つくる)」ための環境であることを強くアフォードしています。しかし「Senseware」の目的は「感じること」です。それは先にも触れた通り「そのものになる」ことなので、コンピュータの持っている環境特性と「Senseware」の目的のズレによる、ストレスが発生しやすい。

モニター・キーボード・マウスといった標準的なインターフェイスも、実は過渡期的な一形態に過ぎないのではないでしょうか。インターネットの端末が、現在のパーソナルコンピュータに限定される必要はない。実際、ページャーやセルラーフォンなど、新しいインターネットの端末は登場しつつあります。

また、ネットワークという技術は、まだ表現として二度目の誕生を迎えるまでの端境期にいると思います。たとえば、シネマトグラフという活写技術は、現在「映画」と呼ばれる表現に定着するのに、30~40年の年月を必要とした。またその途中段階において、「映画」以外のものとしても育つ、様々な可能性を内包していました。
現在のインターネットは、技術としては生まれたけど、表現としてはまだ誕生していない。そのような段階のデザインに必要とされるのは、成熟ではなく「探索」と「実験」です。そして、コンピュータやインターネットに関わるすべての人が、未だその渦中にいると思う。私たちは、この新しい表現分野に探検者として参加できることの喜びを、忘れてはいけない。

「BeWare」は、そんなことを考えつつ模索された実験の一つでした。最終的なゴールは、(たとえば)インターネットに繋がったライブの教育機器です。知識でなく経験を提供するミュージアムプロダクトや、教室で使われる教具に発展させたいと考えています

4. conclusion

「Senseware」というカテゴリーのプロトタイプを、いくつかご紹介しました。またその紹介を通じて、インフォメーションデザインや、インタラクションデザインに関する、自分の見解を述べてきました。

「デザインとは、インターフェイスすることであって、インターフェイスをつくることではない」ということ。「インタラクションデザインの究極の目標は、『そのものになる』という経験のデザインである」こと。そして、「そのインタラクションが完成した時、『ユーザ』という概念は消失する」ということです。

ユーザとデザイナーという二分。ユーザとモノという二分。このような分離のない、全体的な経験をデザインすることが重要だと思います。より具体的に言えば、「ユーザ」という言葉をデザインの過程で使うことに、警戒心を持つべきです。

私の次の目標は「Senseware」について、センソリウムでのラボ的な実験と、商品としてのプロダクトアウトを、同時に進めていくことです。センソリウムのプロジェクト群は、メディアアートの分野で紹介されることが多いのですが、アートの領域にとどまってはいけないと思っている。何か共にコラボレーションできる機会があれば、ぜひ声をかけてください。

最後になりましたが、これらのプロジェクトは、個人の作者によるものではありません。センソリウムの仲間達は、東京に暮らす、それぞれ異なる職能を持った人間の集まりです。すべてのプロジェクトは、音楽家やグラフィックデザイナー、文化人類学者やプログラマーなど、異分野のメンバーによる協働作業の結果なのです。プランニング・ディレクターの立場から個人的な意見も多く語りましたが、これらの成果は優れた異才の集まりによって、形を成したものです。彼らに対する尊敬と感謝を、ここで表明させてください。

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そして貴重な機会を提供してくれた、Vison Plus 6のスタッフの方々に深く感謝します。
ありがとうございました。