「風に吹かれて」
生きることは求めることではなくて
感じること。
「いったいどれだけの海を渡ったら
白い鳩は安らかな眠りにつけるのだろう♪」
風に吹かれて by ボブディラン
10代の頃
ボブ・ディランの「風に吹かれて」を聞いた時
やっぱり自分も考えていて
この歌詞に惹かれてしまいました。
答えが欲しかった
多感な時期だったんですね。
人はなぜ生きるのか。なぜ死ぬのか。
なぜ、人は人を傷つけてしまうのか。
自分は、何をすればいいのか?
その答えは?
「その答えは、友よ…風に吹かれている」
僕は、愕然とした思いを抱えてしまいました。
それが、答えなの?
風に吹かれているってどういうこと?
そんなあいまいな答えは、欲しくない。
答えが分からない、どういうこと?
いいえ、違う。
今なら、僕でも同じように答えるでしょう。
「その答えは、風に吹かれているよ」と。
まるで
とりとめのない子どもだましのような
感じがするかもしれません。
聞き方によっては
「風に吹かれている」というのは
はぐらかしの言葉だと
思う人もいるでしょう。
でも、
これこそ本当に真実の「答え」なのですね。
本当にこれほど明確な「答え」はないのです。
風に吹かれている・・・
その答えは、いつも自分のそばにある。
どこか遠くにあるのではなく
すぐそばで吹いている
その答えは、自分で感じて
つかまなければ意味がない。
誰かに答えを出してもらうものでも
日本におけるヴィダルサスーンの
美容技術教育活動で中核的役割を
担われていた河井 清さんが
去る8月8日
62歳の若さで 逝去されました。
兄弟のような 心友でした。
茲に謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
ご葬儀につきましては
ご実家のある静岡県富士宮市において
既にお済ませになりました。
生前の河井清さんに親交のあった方々から
・氏とお別れをしたい
・氏との思い出を語りたい
との声が多数上がり 急ではありましたが
氏の遺徳や思い出にひたれる時間を
つくることとなりました。
河井清氏と 一番親交のあった
まるで双子のような存在だった僕が
音頭をとらせて頂き
会は 始まりました。
残念で仕方ありませんが
お悔やみ申し上げます🙏
河井清氏に 感謝を込めて…
札幌じゅん先生🙏


































