「あの人に会いたい・・・」
本物の信用できる人とは、
考えてる事、話している事、やっている事全てに嘘がない人をいう。

「私が、着物に魅了されるのは、
着物を着ると心の芯が真っすぐになる。背筋がしゃんとなる。
女性としてのしなやかさ、強さ、柔らかさ
「日本の美しい『和』の心」が呼び戻されるから。

脈々と受け継がれている日本の世界に誇れる文化の一つの着物。
職人さんが、長い年月をかけ丹精込めて着物や帯を作るプロセス
着付けをする一つ一つ、そこには、日本人の魂が入っているから。

札幌じゅん先生のPMAでいこう~!

毎日慌ただしく過ごす時間を着物を着ることで
少しでも、ゆったりと家族、友達、大切な人とのつながりや団らんを持てたら、
一人でも多くの方に着物っていいな、日本人でよかったなそう思ってもらえるよう、
そんなきっかけの一つになれたら

「自分も輝き 人も輝かせるお手伝いをしたい」
「日本の美しい『和』の心」と「輝く笑顔」を「着物とカラー」で広めたい。
これが、私の今の夢です。

一度、私と一緒に着物の世界を体験してみませんか。
あなたに、和の素晴らしさを、お伝えします。」

上の着付師・佐藤敦子先生のプロフィールを見て、実際にお会いすると、
そのままの姿があります。
着物の奥深さを伝えたい、輪の心を伝えたいという
真っ直ぐな気持ちのままの佐藤先生の姿があります。

初めてお会いした時は着物でした。
その時は、日本女性としての落ち着きそして「凛」としたイメージ。

札幌じゅん先生のPMAでいこう~!

2回目の洋服の時は、愛くるしい笑顔で綺麗な心の持ち主だなと感じたものです。(笑)
そして、息子さんのヘアカットした時は、
お母さんとしての佐藤先生をお聞きしても、
お母さんを慕ってあ尊敬してる気持ちが表れ、
佐藤先生、息子さんと千歳まで一緒に車でご一緒した時は、
息子さんにいろいろ教えられている可愛いお母様の姿が・・・

本当に多彩な佐藤先生の人柄を見せていただきました。
着物に対する情熱をしっかり聞いて見たい。そんな気持ちになりました。

当たり前のことですが、良くお金のために職業をこなしてる方には、
本物を求める奥深さを感じることができませんが、
誰かのために仕事をされてる方の話は興味深いものがあります。

今回のラジオゲストの佐藤先生の良いところを
しっかりと聞いて見たいと思います。
もう一人のゲストは佐藤先生と一緒にお仕事をしてる
ヘアメイクアップアーティストの寺長根あいさん。

5月29日(水) 21~22時
ラジオ「じゅん先生のPMAでいこう」
★札幌の人はラジオWITH-S FM 83.0
世界中で生動画ユーストリームで見れます  
http://www.ustream.tv/recorded/18518725
世界中でインターネットでも 聞けます
  http://www.830.fm/
iPhone&スマートフォンでも聞けます
  http://tunein.com/

★再放送は音声のみ☆金曜23時~、日曜21時~

佐藤敦子先生プロフィール
日本の美しい『和』の心と輝く笑顔を
着物とカラーで広めたい
山野流着装教室 奥伝準師範講師・着付師
AFT公認1級色彩コーディネーター
パーソナルカラーインストラクター
2010年  山野流着装コンテスト 振袖着付師部門   
北海道大会 最優秀賞 東京大会 審査員特別賞受賞

お楽しみに・・・じゅん先生
秋に日本一を目指す川根塾。

「シンプルをいかに完成度を高められるか」

川根塾Tシャツを着て記念撮影!

photo:01



「NO LIMIT」は、登山家、栗城史多くんを励ますためにも、川根塾生を勇気づけるためにも名付けた!

先週、栗城くんの講演会に全員を連れて行った。

みんなに印象に残った言葉は何かと聞くと、「感謝、ありがとう、あきらめない、父の言葉」など皆感激しすぎて、興奮したと…

わざわざ千歳まで連れて行って良かったと思う。

北海道民でさえまだまだ知らないは人がいる栗城くんの存在。

僕たちは、栗城君にどんなことがあっても応援団として心の支えになりたいと思う。講演会の感想文を栗城くんに送ろう!


さっ!今夜の川根塾はブロードライのテストをする。

photo:02



ボブスタイルで難しい形ではない。しかし誰しもできるであろう形を、誰よりもうまく作る事が川根塾の使命だ。

今夜も22時までファイト~二発‼

川根塾長 じゅん先生
澄んだ瞳と 澄んだ心で 
人を見つめよ


疑う心 ねたむ心を
人生から追放するがいい

なぜなら

人は 人それぞれが 

自分のなした行為の罪と苦を 
負わなければならないからだ

人に知られずなした事も

時間によって 罪は消えることはなく

その人の心を 苦しめる

あなたが 疑いと詰問によって

さらに苦の荷を 
背負わせる必要はない

あなたは ただ 輝いていなさい

ただ 輝いていなさい

師匠・北川八郎先生の言葉より
http://ameblo.jp/manganjigama/

自分の美しさに対して厳しい目をもつ女性達。

自分を美しいと思う割合は、世界でたった4%しかいないそうです。でも気づいてください。

「貴女は自分が思うよりずっと美しい」

おはようございます。
女性の味方・・・川根順史です(笑)

自分認めてあげる温かくなる動画です

日本では、自分を認めたり自分の良いとこを素直に見つめる事は少ない。
でも、気づいてください。全ての始まりは、いつも自分しかいないことを。

そしてお願いです。今の自分を、そっと温かい気持ちで抱きしめてあげて。
そうすると動画の中でも女性が言ってます。
「全てが良い方向に動き出せそう。幸せになれそう」

そして、忘れずに一言つぶやいて…
「今までありがとう。そしてこれからもよろしくね。あなたの事が大好きよ」
ふふふ…

さっ!今日も一日、自分を好きになる事から始めよっか(爆)
ファイト~0.92発~‼

http://www.youtube.com/watch?v=E8-XKIY5gRo&feature=youtube_gdata_player

男だって・・・

いや、男だからこそ 学ばなきゃ!

札幌じゅん先生のPMAでいこう~!

ここ数年、断捨離や整理 整頓ブームでテレビや雑誌 書籍など
いろいろな情報が目に飛び込んで話題沸騰。

誰よりも早く そこに目を付け それを仕事として成り立たせた火付け役。
日本での第一人者 小松 易さん。

あの有名な テレビ東京『ガイヤの夜明け』にも単独出演

僕のラジオで1時間語り合った。
『かたづけ』はブームや流行などではなく
『生きること』に 直結していると

自分が何を選び取り 何を捨てるか。

そして、その厳選された選び取ったものを
綺麗に使い易いように 並べていく。配置していく。

無駄なものは『勇気』と『決断』で 極力 捨て去り
必要なもの 好きなものだけで固めてゆく。シンプルに!

そうすることで、お部屋や家の中身の回りのモノだけではなく
自分の脳みそもスッキリ!

容量スペースが空き そこで生まれる『心のゆとり』と『余裕』。

(中原さんのブログより抜粋させていただきました)


セミナー中の、小松易さん
札幌じゅん先生のPMAでいこう~!

男だって机の上は整理整頓からすべてが始まる。
大事なことですね。

札幌じゅん先生のPMAでいこう~!

小松さん、ありがとうございます。
川根塾、青地コーチの川根塾ブログより抜粋しました。

http://ameblo.jp/kawanej/entry-11528067810.html

今日のじゅん先生のお話は
『カワネスタンダード』 についてでした!

$札幌じゅん先生のPMAでいこう~!


~みんなの凄いが、僕らの普通~

トレーニング、考え方、

何事においても常に高いレベルを目指す。

挫折し、限界を越え、
やがてそれが普通になり

『カワネスタンダード』 に辿りつくのです。。

毎年、川根塾生はみんなこの
カワネスタンダードを身につけ、
卒業後はどこにいっても恥ずかしくない立派な大人へとなり
美容界に入っていきます。。


そんな熱い!話の後に

今度はブロー特訓です!

ブローはドライヤーを使うため、、
ホントに熱い、暑い、あつい、、笑
教室が熱気に包まれます。。笑

三時間ぶっつづけのブロー!

誰かが見てもらってる時でも
自分の事のように、みんな、真剣に聞き、動きを真似してます。。

ホントにみんな熱いです!

$札幌じゅん先生のPMAでいこう~!

こういうところが
カワネスタンダードに繋がるのです!

教えるはずの僕らが
毎回みんなに気づかされる事もたくさんあるのです‼

今日もホントに内容の濃い
あっつあつの川根塾でした!!

みんな次回のブローコンテストに向けて
練習がんばろう‼

輝く未来を信じて…

by 青地正紀
「あの人に、会いたい…」
あの人の話しを聞きたい。何を考えて仕事してるか知りたい。
どんな活動してるか聞きたい。
川根順史が全世界へ向けて色んな人を紹介していきます。
皆さん「かたづけ士」の小松易さんって知ってる?
エステの有名先生は云う。「顔を洗う。心を洗う」
かたづけ士は云う。「部屋を整理する。心を整理する」
じゅん先生は云う。「髪を切る。悪いご縁を切る(爆)」

札幌じゅん先生のPMAでいこう~!
札幌じゅん先生のPMAでいこう~!

さぁ~22日(水)はいよいよ「かたずけ士 小松易さん」です。
日本で早くから「かたずけ」という誰もがやる事を具現化しわかりやすく全国で講演してらっしゃいます。

東京で活躍されてますが実家は旭川。
今回は、その札幌かたずけセミナーに来られてる佐々木馨さん、小笠原弘実さんも同席していろんなお話をして行きましょう。必聴です。

ラジオ「じゅん先生のPMAでいこう」
22日 水曜21時~22時 ラジオWITH-S FM 83.0
世界中で生動画ユーストリーム
http://www.ustream.tv/recorded/18518725
世界中でインターネットでも
  http://www.830.fm/
iPhone&スマートフォンでも 
  http://tunein.com/
札幌の人はラジオWITH-S FM 83.0

☆再放送は音声のみ☆金曜23時、日曜21時~

22日(水)かたづけ士の小松易さん、佐々木馨さん、小笠原弘実さん
29日 着付け師、佐藤敦子さん。
6月5日(水)英国在住JUJUこと小宮ベーカー純子さん 5次元思考のJUJULINGブログ http://plaza.rakuten.co.jp/jujurinland/
19日 引き寄せの法則 佐藤由美子さん軍団 今渕陽枝さん、伊藤理恵、山丸聖子さん
26日 癌を克服し全国の癌患者を励ます杉浦貴之さん

「あの人に、会いたい…」
今後もラジオでタメになる方、刺激になる方たくさん紹介していきます。
愛をもって生きよう!

かたずけ豆知識です(笑)
まず小松さんの著書『たった1分で人生が変わる片づけの習慣』をみていきます。
小松さんは、「片づけるということは、過去に経験したことや体験したことに『かたをつける』」ことだと述べます。ただの「整理整頓」ではすぐに元通りになってしまうため、この「かたをつける片づけ」をしなければならないというのです。そして小松さんはこの「片づけ」によって、「現在の自分が変わり、『自分の思い描いている未来』を手に入れることができるように」なると述べます(15-17、31p)。

自分が変わるという点について、もう少し具体的に解説します。
小松さんによると、片づけを始めるとぶつかる壁の一つが「『何を捨てて、何を残すか』『何が必要で何が不必要か』の線引き」だといいます。そして、この「線引きができない人は、『人生において何をしたいのか、が明確になっていない』」のだと続きます。このような意味で小松さんは、「『生きること』と『片づけ』は同じ」なのだと述べ、片づけを始めるにあたってはまず「自分は人生で何をするのか?」という「あなたのテーマ」を決める必要があるのだというのです(17、35p)。仮にテーマが見つからなくても、今述べたような線引きをしながら片づけを進めていくことで、「余計なものが排除されて、本当に大切なもの」が浮かび上がり、「埋もれていた『本当にやりたいこと』」が見つかるとも小松さんは述べます(36-37p)

また、小松さんが述べる「出す→分ける→減らす→しまう」という「片づけの基本動作」は、仕事の流れと同様だとされます。つまり、「やってくる案件に対して、優先順位を決め、何をどうするか判断し、減らして」いくという流れと同じだというのです。このような観点から、「できる人に片づけ上手が多い」といわれるのは、片づけに限らず、また仕事に限らず、このような基本動作が「習慣化」されているためだと説明されます(45p)
また、だからこそ片づけを身につけた人とそうでない人で、人生における差が徐々に広がっていくのだとも述べられます(16p)
ライブドアニュースより抜粋しました(笑)
http://news.livedoor.com/article/detail/7640051/

愛と熱意を込めて・・・じゅん先生
本日19時「栗城史多講演会満員御礼」
主婦の熱意が1200名もの人を集める!
感動で朝早くから目が覚めちゃいました。
おはようございます。川根順史です。
$札幌じゅん先生のPMAでいこう~!-image

僕たちは北海道出身の小さな登山家・栗城史多くんに多くの勇気をもらった。
「 今こそ、栗城くんを応援したい」
その熱意だけで千歳の主婦が集まり1200名の講演会をしたい!
それが本日19時から千歳で開かれます。なんと満席御礼で!(すごい)
主婦の気持ちに動かされ多くの方が協力体制に入る。動く!
会場探し、人集め、パンフレット作成、チケットさばき、何回も何回もミーティングを重ねる、明日に迫る昨夜遅くに、とうとう満員御礼が出ました!おめでとうございます。
ただ栗城くんを好きで応援したい!そのためだけに、大事なご主人の食事も作らず(笑)夜のお世話もせず(ん?)主婦の皆さんは栗城くんのことだけを思いずっとずっと過ごしてきました(爆)
その熱い想いに頭が下がります。
本当に満員御礼おめでとうございます。

「栗城史多講演会 千歳」
5月17日(金)開場18:15 開演19:00~
会場:北海道 千歳文化センター大ホール(約1,200名)


主催者ノラガールさん達は、とにかく栗城くんが好きで好きでたまらない主婦の皆さんだ。
栗城くんの為ならご主人なんかそっちのけ・・・な勢い(爆)

「ノラガールさん達の講演会の主旨です」
今、子育てを通し、小学生の口から「無理、できない、つまんない」など、多くのマイナスな言葉を多々耳にする。そんな子供たちを育てているのはその親たち。
ひきこもりや、ニートなど社会問題となっている夢を持てない若者達や子供たちに関わる大人達に、「命のの大切さ」「夢の登り方」「人と人とのつながりの喜びや、感謝の気持ち」そして「共感することの喜び」を、今、一人の何のとりえもないニートだった若者が、登山家となり単独無酸素の登頂を、必死に生き、感謝し、人に支えられ、自分の夢に向かって幾度も挫折を繰り返しでも、あきらめない生き方を、伝えてくださいます。
その繋げ役を、ごく普通のコネもお金もない主婦が人のつながり、手助けをいただき、達成しその姿を見せていくことで「無理なことなんて何もない!!」「強い志があれば必ず夢は叶う」ということを、一人一人の心に刻んでいける事業です。」

今、彼はエベレスト登頂失敗の上、凍傷により指を切断の危機に迫っている。
今こそ彼を応援しよう!
栗城史多くんを応援せずにいられない
ダウラギリの動画です。http://youtu.be/Q1hK3n2EJo4

『終わらない旅』栗城史多
生きることは、決して簡単なことではない。
息をして、目を開き、足を前に出して、一瞬一瞬の今を生きること。
その尊さ、そして難しさを、僕は風の吹き荒れる秋季エベレスト高度8000m地点で感じていた。

山を登ることは、それほど難しくはない。
山に登り続けること、そして生き続けることが難しい。
頂に登ることができても、また頂に向かうだけ。

ずっと僕はその頂の先にある世界を目指し、誰も登ったことのない自分の山を登り続けていた。
その山はマッキンリーから始まり、8000m峰三座を登り、秋季エベレストと、まるで山脈のように長い縦走。
振り返ると、ずいぶん高い所までやってきた。
その遥かなる頂は、それほど遠くなく、あと少しで到達できるかもしれない。
2012年秋季エベレスト西稜。
未だに忘れることはなく、登り続けている山。
10月17日、標高7500mのキャンプ4。
テントの入り口から、目の前にエベレスト西稜が鋭くそびえ立っていた。
SpO2(血中酸素濃度)は53と低く、心臓の鼓動がずっと高鳴っている。
稜線から見える景色は、北側はチベット高原が地平線奥まで広がり、赤茶色の砂と山が北を覆っていた。
ネパール側は真っ白なクーンブ氷河と神々の頂。

エベレストの稜線を挟んで、南北まるで陰と陽に別々の世界が混じり合っていた。
時折、地吹雪でテントがあおられる。沈みかけていく太陽。

今日の夜7:30に、アタックをすることに決めていた。
標高7200m以上で3日間、風が止み登れるチャンスを待ち続けていた。
エベレストは通常、春に登る登山隊が多い。
僕は人が多い時期を避け、生身のエベレストを感じるために「秋季」という時期に挑み続けた。
だが秋季エベレストの登頂率は春に比べるとかなり低く、挑戦する登山隊も少ない。
秋季エベレストの一番の厳しさは、「ジェットストリーム」という猛烈な風と寒気。
それが長くて2週間も山に居座り続ける。
外見は快晴だが、強風が山に当たり、張り付く雪を高く舞い上げていく。
複雑で巨大に動く風は、まるで龍のようだった。

2日前に屈強なポーランド隊がローツェにアタックしたが、シェルパ2人がこの強風に飛ばされて滑落。1人が1000m以上も滑落して死亡し、もう1人は重傷。

サウスコルの上部が目の前に見え、いつもなら雪で真っ白だが、今は強風で雪が飛ばされ真っ黒い岩の地肌が見えていた。
日本の山岳気象予報士とベースキャンプを通じて連絡を取り合い、このジェットストリームの中でのアタックを探っていた。
日本の山岳気象予報士とベースキャンプを通じて連絡を取り合い、このジェットストリームの中でのアタックを探っていた。

秋季エベレストを単独・無酸素で登るには、針に糸を通すようなタイミングと運が必要とされる。
2010年・2011年は、このジェットストリームを前に下山を決めた。
2009年は、天候ではなく中国の国慶節60周年で登山期間が短縮され、無理なスケジュールの中での強行アタックだった。
この秋季エベレストは、体力や根性だけで登れる世界ではない。
まさに山の神様からの手招きが必要とされる。
今まで秋季エベレストは、僕にスタートラインにさえ立たせてくれなかった気がする。
だが今、僕は西稜にいてエベレストと向き合っている。
予報ではジェットストリームが比較的弱まる16-17日以外は、もうチャンスはない。
8000m付近で風速20m/sの予測で、これを過ぎると30-40m/sになってしまう。

心は迷ってはいなかった。
自然と身体が山と向き合いたがっていた。
太陽が沈むにつれて、テントの中は真っ暗なクレバスの中にいるかのような寒気が身体を覆い、僕は手足を動かし続けていた。

午後6:00 SpO2 54、脈107。
順応がうまくいっているのか、脈は高くても一定を保っており、息苦しさは感じない。
テントの中で食事を済ませて、アタックの準備をしていく。
食欲は、過去の登山と比べても最もあった。
まるで子供の頃に初めて行く遊園地のように、心では不安よりもワクワクが勝っていた。
太陽が沈み闇に包まれた午後7:17、「頂上で会いましょう」と、ベースキャンプに無線で出発を伝える。
いつもなら気持ちが高ぶってしまうのだが、意外と冷静で高まる気持ちを抑えて無駄な力を使わないようにする。

ここから先はいかに自分を「無」にし、無駄な酸素とエネルギーを消費せず、足を前に出せるか。
不安も恐怖も全てはエネルギーであり、「登る」という一つの行為だけに、良いものも悪いものもあらゆるエネルギー全てを一歩に集中させる。
新月になったばかりのエベレストは、今まで体験したことのない寒気と暗闇だった。
昨年は満月の光が当たり、月の温かい温度を感じていたが、今年は月が現れることはなく、頭上を見上げると星々が会話をするかのように輝いていた。
その星々に、どんどん近づいていく。
まさに、ここは宇宙に一番近い場所であり、そして死に近い場所だった。
C4(7500m)から北壁に向けてのトラバース(横移動)は、順調だった。
暗闇の中でも方向を見失うことなく、岩と雪の斜面を階段のように徐々に高度を上げながら、北壁に近づいていく

時折、ポケットの中からチョコレートやパワーバーを取り出すがレンガのように固く、歯が欠けてしまうかと思うほどだ。
特注の分厚いミトン(手袋)の中にホッカイロを入れていたが、既に暖かさは消えていた。
トラバースからホーンバイン・クロワールの入り口に向けて、直登していく。

クロワールに向けての方角は合っているものの、周りが暗過ぎて本当にルートが合っているのか時々不安になる。見下ろすと、2009年に登った北側のノースコルが近く見え、僕はエベレストのど真ん中にいた。
風はどんどん強くなり、耐えているだけで身体から体温が奪われていく。
10月18日午前4:53。
あまりの風の強さに、思うように前に進めない。
徐々に南東の方に太陽が出てきているのを感じたが、北壁に太陽が当たるのは昼過ぎで、今はまだ暗闇の中での登攀だった。
風は強風からいきなりの突風に変わり、身体が後から前に突き飛ばされた。
もしこの突風が前からきていたら、僕は背中と頭が山の下を向き、そのまま滑落していただろう。
ドンッと大きな男に後から突き飛ばされる。
これは風ではなく、まるで塊のようだった。
陽が出てくるとさらに風が強くなり、風で吹き飛ばされる雪や氷が見えていた。
うなる巨大な龍は、もう目の前にいた。
大きな一つの風の塊が当たると、一気に騎兵隊のように横に広がり、列が揃うと下から上にものすごい勢いで飛んできた。
風で飛ばされてくる小石や氷が顔に当たり、目が開けられない。
そしてまた山の方を向くと、ドンッと突き飛ばされ、僕の身体が一瞬浮いた。
このままでは、この龍に食べられてしまう。
ホーンバイン・クロワールの入り口はもう目の前にあり、真四角の大きな岩の下に身を寄せた。

それでもこの龍から逃げることはできない。
岩の下の小さなくぼみに身体をねじ込ませようとするが、龍の鋭い爪が僕を外に掻き出そうとする。

気が付くと、その岩からロープがダブルになって垂れ下がっていた。
このロープは、恐らく春に挑戦したアメリカ隊のロープだろう。
ホーンバイン・クロワールは、1963年にアメリカ隊が初登頂に成功したルート。
確かにここを登って行った人がいたのだ。
そのロープのある岩から左に大きな岩の溝があり、それがホーンバイン・クロワールの入り口だった。
クロワールの中にも風が入り込み、ゴーという音とともに大小の龍が複雑な動きをしていた。
標高は8000mを越えているが、体調は悪くない。
息苦しさを感じることもなく、身体の中で燃えている火も消えることはない。
だがこの風の中で先に進めば、帰って来ることはないだろう。
予報では強風はこれからさらに強くなり、風速40m/sを越えていく。

目の前に、山頂に続く一本の道がある。
この4年間、駆け上がってきた夢への道が、徐々に細く白い線となって上に続いていた。
ここを登らなければ、山頂にはたどり着けない。
だがこの強風の中で突き進めば、帰って来られなくなるのはわかっていた。
生きるのか、登りそして終わるのか。

僕は生き続けることを選んだ。
4年間の苦しみと様々な想い、そしてたくさんの人の応援。
夢を共有して、今までになかったエベレストの頂。
僕にとって、この頂は全てであった。
成功よりも登頂よりも、大切なのは命であり、生き続けること。
勝っても負けても、生き続けること。
成功しても失敗しても、生き続けること。

午前6:30
「風が強く、これ以上は危険と判断しました。ごめんなさい。」と、凍った無線機でベースキャンプに告げた。

生きると決めてから、この強風の中、なんとしても下山をしなければならない。
山は登った分、下りがある。
すでに両手両足の感覚は無くなっていたが、今までの登山での感覚とは違い、両手の動きが硬く明らかに凍傷の兆候があった。
急いで酸素の濃い標高まで下山しなければいけない。
凍傷は時間との闘い。
下山を急ごうとするが、先ほどの龍がまだ居座っていて僕を帰そうとはしない。
強風で身体を前に出せない。
だが向こうの息は長く続かず、弱まった隙をみて進み、強まると身体を飛ばされないよう斜面にしがみつく。
まるで「だるまさんが転んだ」のようだ。
前に進み、しがみつき、もがき苦しむ。
トラバース地点まで下山してきた時に、ようやく風が少し落ち着いてきた。
気が付くと、僕を飲み込もうとしていた龍から逃れることができた。
太陽のまぶしい光が全身に当たる。
だが両手両足が温まることはなかった。

この両手で、C3(7200m)からC2(6400m)への雪壁を下山するのは困難だろう。
無線で、ベースキャンプに救助を求めた。
標高6400mのC2に撮影班をサポートするためのシェルパがおり、7300mの西稜下での合流を求めた。
しかし、彼らがすぐに上部まで上がって来ることはできない。
彼らは元々救助をする予定はない。
必要な長さのロープはなく、またC3(7200m)に向けたクロワールへの直登はブルーアイスがあり危険だった

無事にC4(7500m)に着くが、生きた心地がしなかった。
両手はすでに真っ白になり、血が通っていない。
動きもさらに硬くなり、石のように手が動かなくなってきた。
水分補給もできないテントの中、身体を丸くして呼吸に集中する。
生きることは、まさに息をすること。
身体が動かなくても、息をして回復を待ち続けた
翌19日夕方。
C4(7500m)でシェルパとようやく合流し、夜通しC2(6400m)に向けて下山した。
西稜は、再び宇宙に包まれていた。

日本に帰国後、すぐに入院となった。
足の凍傷は軽傷だったが、右手親指以外の手の指は重傷で、第二関節より先は切断と宣告された。

激痛と高熱が続く中、僕は父に電話した。
父にあまり心配を掛けたくないと思い、しばらく電話するのをためらっていた。
父との約束は、何があっても無事に帰って来ること。
頂いたこの身体を傷つけてしまったことに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
父に電話すると、意外な言葉が返ってきた。

「おめでとう」

下山して、「おめでとう」と言われたのは初めてだった。
「お前はそれだけの苦しみを背負って、これからも登る。それはすごいことだよ。」

標高8000m地点での下山。4度の挑戦。そして、重度の凍傷。
人はそれを「失敗だ」と言うかもしれない。
しかし、僕はあの場所までたどり着き、あの龍のような地球の息吹、宇宙を感じることができたことに、後悔はなかった

「登頂成功」は一つの山の終わりであり、始まりに過ぎない。

僕が求めている頂は、成功しそうだから挑戦する、または失敗しそうだから止めておこうという壁はなく、本当に自分が心からやりたいと思っていることに挑戦していくこと。

そこには成功も失敗もなく、挑戦する喜びがあり続ける世界
そこに僕は向かい、共有し、世界に広げていきたい
勝っても負けても、生き続けること。
成功しても失敗しても、生き続けること。
終わらない旅は、まだこれからだ。(栗城史多)