父は酒乱でした。
毎日お酒を飲み暴力を振るい
母は、殴られて毎日あざだらけでした
父が三勤交代で、いない夜だけは
母は誰に聞かすでもなく
酒を飲んで、ひとりで寂しそうに
なぜかいつもこの歌を唄ってました…
テレビ番組で 昭和の歌姫?的な番組で
第一位が美空ひばりさんでした。
その中で、この歌が流れた瞬間
なぜか涙が止まりませんでした。
両親も亡くなった今、思い出すのは
父の酒乱
父の暴力
家はいつも、父が投げた、から瓶
破れた障子、散らかった部屋
殴られても何ひとつ逆らわない母
いつもお金の金策で走り回っていた母
怯える僕と姉。
だから
父を、恨んでいました。
しかし母はとうとう最後まで
父の死まで寄り添っていました。
何百回 離婚すると言い続けてたのに
父の最後(68歳)まで看取りました。
当時は、弱い母が嫌いでした。
でも、人として母は
強かったのではないかと思ったのは
父の葬儀で母は涙ひとつ見せずに
葬儀をやり遂げ強く見えた時でした。
何かを言われて、言い返す。
文句を言う。愚痴を言う。
母は、何ひとつ口も出さずに
耐えていたのかもしれません。
それが良いのかわかりませんが
子供の僕にとっては
弱く見えた母が
惨めに思えて、イヤでした。
しかし父も亡くなり
母も亡くなった時
母の死化粧でメイクをしてもらってる姿に
また、あれだけ暴力を振われ
まだ想いがあって
天国の父のところへ行くために
お化粧をして会いに行くのだなと
少し、嫉妬しました。
どんな事があろうと
愛していたのだ。と確信しました。
女心の奥深さに、胸が熱くなりました。
果たして母は、幸せだったのでしょうか?
それを考えることはないと思ったのは
母は、母の人生を生きたからです‼️
それでいいのです🥲
今夜のテレビ番組で
忘れていた記憶が蘇りました。
なぜだろう? と考えた時
今朝、お水を上げて祈ることを
忘れていたので
母が怒ってたのかも💦
僕は母に怒られた記憶がない。
ただ
愛された記憶しかない。
ありがたいという感謝の気持ちしかない
ひとりの時に母がくちづさんでいた
ひとり酒場で 飲む酒は
別れ涙の 味がする
飲んで棄てたい 面影が
飲めばグラスに また浮かぶ
酒よこころが あるならば
胸の悩みを 消してくれ
酔えば悲しく なる酒を
飲んで泣くのも 恋のため
一人ぼっちが 好きだよと
言った心の 裏で泣く
好きで添えない 人の世を
泣いて怨んで 夜が更ける
僕としては
泣いて怨んで
より
泣いて偲んで
という歌詞に変えてあげたい。
母に愛と感謝を込めて…じゅん先生





