預言はすたれ、知識もすたれる。
だが 愛はいつまでも絶えることはない。
古風な広島 竹原の街で
醤油造りを手伝う少年に
弓道部に入り下駄を履くヒロイン。
奇天烈な展開、初々しい演技
斬新な映像と全てがSFの「非現実感」を
醸し出しているという超絶映画である。
本編では幸せになれなかったヒロインに
もう一度やり直すチャンスを与えてくれた
監督の親心は素晴らしい。
本編では、彼女の愛は行き場を失い
悲しい運命の前に引き裂かれる。
我々の人生には、やり直しなどない。
SFのようにタイムリープなど
できないとわかっている。
今では変わってしまった
広島 竹原の街並みも
あどけない17歳のヒロインも
もう戻っては来ない。
だからこそ、NGを出してやり直しを請う
ヒロインが、たまらなくいとおしい。
「尾道三部作」第2作の本作で監督は
古風な竹原の街で、愛した人の記憶を
消されてしまう物語を描いた。
監督が訴えようとしたのは
失われていくものの愛おしさ
だったに違いない。
第1作「転校生」では
ヒロインがボーイフレンドに別れを告げた後
振り向いてスキップを踏んで帰る
ラストシーンを描き
忘れること、思い出に
さよならを告げること
それが大人への階段を登ることなんだ
と訴えた。
ところが第二作では
二人とも記憶を消されるから
たとえ会っても
お互い判らないと言う深町に
ヒロインは「分かるわ、私には」と断言する。
そして遠のく意識の中で
「さようなら、忘れない、さようなら」
と訴える。
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過去を失うことは
つまるところ、未来を失うことなのだろう。
過去の経験があってはじめて
未来があるからだ。
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それゆえヒロインは
たとえ傷つくとわかっていても
過去の真実と向き合う道を選び
深町もまた、掟に背いてでも
彼女の気持ちに
応え、全てを告白した。
そして深町は
「時間は過ぎて行くものじゃなく
やって来るもの」 だと語る。
人生は過ぎ去った日々を思うものではなく
やって来る未来に希望を込めるものだ。
過去の思い出を大切にすることと
過去に拘泥することは違うと諭すのだ。
10年後、大学の廊下で偶然出遭った二人は
デジャブを感じながら互いに振り返る。
それは残酷な運命に
二人がささやかな勝利を
収めた瞬間だったのだろうか。
カメラが後ろにすうっと引いて行き
深町がみるみる遠くなっていく演出には
胸が締め付けられる思いがする。
指の傷は癒えても
傷跡は消えることはない。
たとえ愛した人の記憶は消えても
人を愛した記憶は
心の片隅に残るものなのだろうか。
もしもあなたが
何気なくすれ違った人に
わだかまりを感じたら
それは忘れてしまった過去の愛の記憶の
せいなのかもしれない。
また 観たい映画だ。
時をかける少女 第1作 1977年
時をかける少女 第2作 1993年
時をかける少女 第3作 20年 (一番泣いた)
仲里依紗さんのナチュラルな演技 最高。
愛を込めて…札幌じゅん先生

