実は、人生は自分で選択していない | 札幌じゅん先生のPMAでいこう!
自然は、善意も悪意も持ってない。
重力や電磁力と同じようなもので、ただ、法則があるだけだ。
マンボウは一度に3億個卵を産むが、親になるまで食べられず生き残るのは数個しかない。 残りの2億999万997個くらいの卵の"人生"など考えられていない。
たまたま人間は「手間ひまかけずに多く産んで、そのごく一部が生き残る」という選択ではなく、 「少なく産むけど、手間ひまかけてなるべくそれを生き残らせる」という進化上の選択をしているに過ぎない。
その選択の延長上に、"自分"という概念が産まれた。
たとえば、目の前にメスのウサギがいたとする。
もし、自分がオスウサギだったら、交尾したいと思うかもしれない。 一方で、自分が腹の減ったオオカミなら、それを食料として食べたいと思うだろう。 つまり、そのウサギと交尾をしたいと思うか、食料として食べたいと思うかは、自分の選択ではなく、 自分がオスウサギか、オオカミかで決まっているということだ。
そして自分がオスウサギか、オオカミかは
自分で決めていない。最初から決まっていることだ。
ニック・ポータヴィー著『幸福の計算式』という本では、中年の歯医者との会話が載っていて、それが興味深かった。
著者の友人がバーで出会った中年の歯医者に対して「ところで歯医者になって幸せですか?」と聞くと、 歯医者は「幸せ? 私は不幸ですよ」と答えた。
それをからかうように「何ですって?そんなに不幸なら、そもそもどうして歯医者を選んだんですか?」と聞くと、「私が選んだわけじゃありません」と言い、衝撃的な言葉を発した。
「歯科医になることを選んだのは、18年前の愚かな子供の自分ですよ。今の私じゃない」と。
これも、自分というのがずっと同じだと錯覚していることをテーマにした話だ。
たとえば、性に対する執着は、強い人もいれば、 少ない人もいる。 また、見た目も佐々木希や、石原さとみのようにキレイな人もいれば、そうでない人もいる。
そのような違いによって、その人の周りの反応は変わり、その人の振る舞いも変わるだろう。
だが、
それをきちんと理解すれば、その人がどんな人生を選択するかは、ほとんど決まってくる。
過去の記事を再アップしました。こんにちわ。札幌じゅん先生です。今夜のラジオは、イギリスから一時帰国しているJUJUさんです。お楽しみに…
