北川八郎先生講話会を開催します
6/11(水)19時~3500円
札幌で僕の師匠に会ってください。
参加されたい方メッセージ下さい。
九州に住む僕の師匠である陶芸家の北川八郎先生の言葉です。
「少し損をして生きて見なさい」
いつかは尊となりあなたに返ってくる。
「このくらいなら」そんな小さな不正にも、手を貸してはならない。
清らかなすんだ心で人に好意を与えねばならない。
そうでなければ与えたものは汚れ、好意さえ腐ってしまう。
何事をなすも動機の純粋性が必要である。
「動機の純粋性こそが大切である」
少しでも計算があったり、利を計ったりすると、負となり重荷を与えられるであろう。
そしてその人の人格を下げてしまう。
よき好意は負とはならない、平和と安らぎが帰ってくる。
「人生の中で怒りを追放しなさい。その為に許すこと、
人の為に祈ることを覚えなさい。
『私が嫌う人も、私を嫌う人もみんな幸あれ、福あれ』と、祈るのです。
そうすると才能がロックが外れるように開花します。」
死は重大な関心事である。
残り時間はカウントされているといって良い。 転生があるとしても、この個人は今生限りである。
この時代に生きていることを想う時、二度とない人生全力を尽くして生きねばならない。
今生は魂を磨くためにやってきた。
今の生き方が必ず来世に影響される。
正しい方法による損失もあり、不正な方法による利得もある。
経済至上主義の生き方をする者たちへの忠告である。
古来日本には「武士は食わねど高楊枝」と言ったことわざがある。
恥を知り、手を染めず、凛として生きることを、良しとしていた時代があった。
恥を受けるなら死を選ぶ人もいた。
死が身近の中にあった時代は、そのくらいの覚悟で日常を過ごしていたのであろう。
今の時代なら、
「不正に手を染めるなら損を選べ」
そのくらい気高い気持ちで生きることである。
人に投げかけた矢は、今生投げ返されるばかりではなく、あの世に行っても返ってくるし、来世にも飛んでくる。
功徳は来世のより所となる。
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一番ばかりが、失敗のない人生ばかりが、素敵な人生ではありません。
慌てず、下手な人生の生き方で、バスという流行に乗り遅れてばかりの、人生も良いものです。 乗り遅れたら、乗り遅れた人生も、楽しく感じさせる力を心に持たせましょう。
損得勘定のみで生きてると、
いつ桜の花が咲きほこったのか、紅葉の美しさはどうだったのか、道端の花の香りは何だったのか、 人生を楽しむということを失ってしまいます。
失敗があるから反省し、新しい人生を歩もうと、努力するのである。 人生は心に楽しみを与える機会を、多く作らねばならない。 それは物欲の楽しみではなく、本当の心が喜ぶ楽しみでなくてはならない。
それを情味という。 (北川八郎先生)
