ファッションの波の中で
 
流行の波は理屈じゃない。
馴れてしまうと次のものがほしくなる、新鮮に見えてくる。
意味のない変化に敏感な世界である。

ケンゾーやイッセイは、既製服の夜明けをリードした平面的な服で、
直線的な裁断を着付けた。
そのそばでは、アメリカで起こったウーマンリブ運動の影響で、
ヨーロッパの伝統的なセクシーなファッションから
知的なファッションが生まれた。


 自分がなぜ受け入れられたか
なファッションが人気を博していて、

その直前には、クロード・モンタナとティエリー・ミュグレーの
女性らしいセクシーな構築的...
そろそろ新しいものが欲しい、と皆が感じていた。

そんな時に、エレガンスをひっくり返すようなものが出てきたのである。

イギリスのビビアン・ウエストウッドのパンクファッション、
イタリアのジャン・ポール・ゴルチエ、
そして日本の川久保伶と山本耀司である。

 たとえばゴルチエは、
アウターから下着のストラップを見せることをファッションにし、
見えてはいけなかったものが見えることを面白くした。
それまでの優雅の概念になかったことをやったのが1980年代だった。

その後、1980年代後半から1990年代にかけて、
今度はオートクチュールの再燃を迎える。

日本を意識するとき

 日本人であることを、自分では意識していない。
最初にパリコレで発表した頃、
インタビューの前に「以前は日本人がつくる車なんかに乗れるかと思っていたが、今度は日本人のつくる服なんか着れるかと思っていた」と言われた。

当時、ショーの最前列に日本人は座っていなかった。
 ファッションはバニティーフェア、虚飾の街。
最前列に誰が座るかでショーの格が決まるようなものだ。
インターナショナルヘラルドトリビューンのファッションライター、
アメリカンヴォーグの編集長など、「この人が来ないと始められない」
という雰囲気がある。

日本人が最前列に座るようになったのは、
この20年くらいの間に起こったことである。

 一方、日本は世界的なマーケットである。
しかしバイヤーや批評家が少ないため、
発表の場としては、まだまだ効果が薄い。

ヨーロッパは世界中の人が注目する。
キャリアのある人が見てくれることに刺激がある。

パリコレにオリンピック的な要素は残っている。
 平面製図は日本で発明されたものだ。
ヨーロッパは立体裁断。

今は、立体の感覚を持つ平面製図が
パタンナーに要求される。

日本で学ぶことは、その意味で勉強になると思う

ヨウジヤマモトコミュニティより
http://mixi.jp/view_community.pl?id=318435