川根順史 美容師経験35年 まだ発展途上・・・ ・
81年室蘭で開店 カットコンテスト前人未到の16回優勝
10年後の91年 札幌オープンへ・・
なぜか? (北海道を僕が引っ張る! という信念の元・・・・)
93年 僕の技術と人間性をテーマにした グループ「J-NETWORK」結成
結成記念のカットライブステージ 「僕たち 衝撃は足りてるか?」
<Photo 1>
(なつかすぃ~~~!笑)
ススキノ「ジャスマック」で 消防法違反の1000名動員・・・・
放送されるはずだったNHKが前日会場にきて打ち合わせのとき 人数を聞かれ
会場定員600名のところ1000名だと言ったら 断られた・・・・爆
94年札幌コレクション設立 北海道の美容師がまだやったことのない
大掛かりなヘアメイクコレクション・・・だった
その参加人数も規模を増し6年間で
動員数 1000名→2000名→2000名→3200名 →2000名→2000名
若さの体力 恐れを知らないエネルギーで 規模が大き過ぎて
サロンの仕事どころではなかったが
この頃の 僕の合言葉 「GO FOR IT =やるっきゃない」で
ただただ 前進前進・・また前進
このおかげで 日本美容業界外での名前が知れ渡る・・
週4日 サロンで仕事
月・火曜日 カットセミナー 金曜日 午前 自分の勉強 午後 美容学校で川根塾開催
コンテスト優勝17回 スタッフ&川根塾合計 71回 優勝
年間 100回のカット講習
どれもこれも 全国レベル・・・
しかし、僕の 一番の出来事 45歳の時 可愛がってくれた 最愛の姉が亡くなる・・
このとき 病床で喧嘩して 意識もうろうの中、 姉が語ってくれた言葉で目が覚める
姉「じゅんさん 偉いね! まだコンテスト出てるんだってね?ハァハァ~」
JUN「うん・・出てるよ・・・偉いとかそんなんじゃないよ・・」
姉「お母さん喜んでるっしょ?ハァハァ~」
JUN「どうだろ? 新聞の切り抜きとか全部家にあったよ」
姉「お母さんは あんたががんばってるだけで幸せなんだと・・・ハァハァ~」
JUN「うん・・姉ちゃん 大丈夫??」
姉「もうすぐ 直るから 待たせてるお客さんをしなきゃ~ね 早く美容室に戻りたいよ・・ハァハァ~」
ここで コンテストの話題を止めとけばよかったのさ・・・苦笑
ついつい僕・・・・言ってしまった・・とゆ~か 口走ってしまった・・
あ~~~~~~これがまずかった・・
言わなきゃ良かった
JUN「でもね 姉ちゃん・・・・ 出てるけど、もうさぁ優勝なんて狙ってないんだ・・」
↑ これを言わなきゃよかった・・・
JUN「もう歳だしさ(45歳) 若いときみたいに練習できないよ・・
店は忙しいし 講習もかなり入ってるし・体力がね・・
若い美容師みたいに3日徹夜できなくなったから・・・
まぁ~~出ないより 出たほうが勉強になるでしょ?
だから とりあえず 出てるんだ・・・・」
あ~~~言わなきゃ良かった・・
この後 姉が肺がんのため 咳き込んで苦しそうな姉が 狂ったように怒り出す!!!
(もぉ~飛び上がるほどびっくりした!)
JUN「もうね 練習も無しでぶっつけ本番で参加してるんだ 。
もう17年間出てても 入賞も一回しかしてないし 優勝なんて無理かもしれないからさ・・・
優勝優勝って言ってさ あの世界のサスーンの大会で 入賞さえもしなかったらかっこ悪いしさ・・・
だって北海道の大会ではすべて審査員もやってさ カット講習だって北海道中 教えに歩いてるし・・・
入賞しなかったら かっこ悪くて」
ぁ~~~僕らしくない・・ 言わなければよかったよ・・苦笑
姉「なにぃ~あんた優勝狙ってないのに出てるの???ハァハァ~」
JUN「そうだよ・・・もう 45歳だし そんな歳まで出てる人いないし!
まぐれで優勝できればいいと思ってるよ・・ 出ないより 出てるだけでも 勉強でしょ!!」
(半ば怒ったように)
姉「「いくら忙しいといって 練習もなし、ぶっつけ本番で サスーンコンテストに出るのだったら
出るの止めなさい!ハァハァ~」
姉「あんた サスーンを舐めてるの? 世界のサスーンだよ!
優勝を狙わないのなら コンテスト出るの止めなさい!ハァハァ~」
JUN「出てるだけでも勉強でしょ!いいっしょ!!!」
姉「あんたね::::ハァハァ~~~」
JUN「うるさい! もういって・・・ 出る出ないは僕の勝手だ~~~ 黙れ!」
僕は病室から出て行きました・・・・
はぁ~~~思い出して
熱くなって書いてました・・ハァハァ~
結局 姉が何を言いたかったかというと
勝ち負けのあるコンテストは
優勝狙っていってこそ 練習もするし 妥協しないで 前進する
ただ出るだけなら 妥協しまくりだ・・
結果優勝しなくてもいいから 優勝狙って参加しないと
自分の本当の実力が開花しないよ!
姉が言いました・・・
姉「それは じゅんさんが、一番知ってるんじゃないの?」 泣
確かに 確かにそうでした
過去16回の優勝してる僕が一番知っていました!
でも45歳、サスーンの大会では17年連続で参加しても
入賞は たった 一回しかなかったから・・自信が・・・・なかった・・・
ここで 僕は思い出しました・・
過去の16回に優勝も 最初から優勝すると決まってはいなかった
「絶対優勝するぞ!」 だけで 何回も挑戦した結果 優勝もあれば ダメな時もあった・・・
だから いつか優勝するまで出るぞ!
と決めた以上 「優勝」 二文字しか見てはいけなかったのだ!
できるかできないか わからないものを 挑戦するって 難しい が本音・・・
できれば苦労はしたくないし 何度も失敗はしたくはないから!
しかし 違うんだ! 失敗も それなりの成果なんだ!
失敗の中にこそ
より大切なものがあるんだ!
姉が言いたかった事 それは
「失敗を恐れるな!」
「やりぬけ!」 ということでした!
姉はその5日後に 亡くなりました
姉のおかげで 僕は・・・・・・
なんと 奇跡ですが 18年がかり
46歳で 全日本ヴィダルサスーンカットコンテスト24代目のチャンピオンを!
姉の存在は、まるで人生の師匠でもありました。
物語のような真実のお話です。
そして 今、現在は
GO FOR IT から LET IT BEへ
やるっきゃない! から あなたのままで
LET IT BE
もう充分がんばったでしょ?
あなたはあなたのままで いいのよ・・って
熱意を込めて・・・じゅん先生