先生との恋は私の卒業と同時に終わった。
ダメなのは分かっていたけれど、一応、告白はした。でも、やっぱり先生の答えはNOだった。
私は、その恋を自分の中で上手く処理できなくて、気がつけば、電車に乗り、ずいぶん遠くまで来てしまった。電車に揺られて、2時間以上はたっただろうか。車窓からは、一面に菜の花がまぶしくさいている。鮮やかな黄色を周りの緑がより一層引き立てていた。
「緑色は、他の色を邪魔しないから、茎や葉の色なんだろうか?」などと考えていた。
私は次の駅で下車した。それは見たことも聞いたこともない駅だった。初めて来た土地で勝手が分からずうろうろしていると、空が曇り始めた。あまり気にせず、菜の花の方へ足を進めた。黄色とと緑のコントラストにしばらく目が離せなかった。不意に、告白した時の先生の困った顔が頭に浮かんだ。
「先生、私ずっと先生の事が好きでした。今日で卒業するんですけど、これからも先生に会いたいです。
付き合ってもらえませんか?」
「あ、ありがとう。気持ちは嬉しいよ。でも、ごめん。俺、やっぱり教師だから、そういうことできないや。ごめんな。大学、頑張れよ。」
先生の気持ちすら確かめられないまま、私の生れてはじめての告白は終わった。結局、あの告白で私はすべてを失った。
そんな気持ちに重なるかのように、黒っぽい雲が私の上空に現れだした。そして突然、ぽたぽたと雨が降りだした。大粒の雨だった。まだ昼過ぎだというのに、辺りは怪しい暗さに満ちて行った。
「いたっ」何かが私の頭にあたった。それは小さなヒョウだった。「まずい」と感じ、たまらず、私は走りだした。ヒョウが私を目がけてだんだんと大きく、強くなってきた。私は、近くの雨宿りできる場所を必死にさがした。だが、見えるのは菜の花ばかりだった。すると、向こうに民家が見えた。このままだとヒョウが頭に突き刺さりそうだったので民家に飛びこんだ。
「すみません、少しここで休ませてください」
家の中にはひとりの老婆が私を優しく出迎えてくれた。
「あらあらヒョウですか、ここで休んでいってください。私ひとりなので、ゆっくりくつろいでもらっても構いませんよ」
「ありがとうございます。ヒョウがおさまるまでの間だけ失礼します」
老婆は、窓から外を見て、ほう、とつぶやいた。
「残念だが、なかなか止まんかもしれんな。止んだとしても、この雲行きじゃ、雨は覚悟しないといけんな」
私は途方に暮れて老婆を見た。急に私は不安になっていった。
「まあ、中でゆっくりしてきなさい」
老婆は私を奥へ手招きした。私は導かれるまま、居間にパタンと腰を下ろした。老婆がごそごそと何かを探っている音がした。やがて持ちきれんばかりのお菓子を抱えて、老婆が現れた。
「ひ孫のために買ってあるんじゃが、なかなか来ないから食べなさい」
「すみません。でも私、あまりお金を持っていないので戴くわけにはいきません」
「構わんよ」と、老婆は言った。
私は恐縮しながら受け取った。気付けば、朝家を出てきてから何も食べていなかった。スーパーで売っている何の変哲もないお菓子だが、格別においしく感じた。
老婆は私の隣に腰かけた。自分の身の回りの事、東京にいる娘夫婦には面倒になりたくないからここにひとりでずっと住んでいると言った。今住んでいる場所に不満はなく、自給自足で暮らしているのが一番あっていると話していた。老婆の話を聞いていると、私の悩んでいることはとても小さいように感じた。老婆は久しぶりの話し相手に嬉しかったのか、2時間位自分の話をした。老婆が楽しそうに話しているのをみると、私の心までもが軽くなっていくのが、不思議だった。
「これはエネルギーを与えてくれる写真だよ、だから持っていくといい」
私が帰る間際に、老婆はそう言って私に一枚の写真を手渡した。それは神々しい富士山が写っていた。
「幸運の写真! そんな大事なものを私が持っていくわけにはいかないです」
私は驚いて写真を老婆に返そうとした。
「いいんだ。幸運の写真だから持って行って欲しいんだよ」
老婆は強引に私を家の外へ押し出した。私は、しばらく悩んだが、駅に向かった。雨は止み、空も明るくなってきた。守られているという感じがした。
家に戻ると、写真の裏側に何か文字が書いてあることに気がついた。
――必要とする誰かにこの写真を与えたとき、あなたに幸運が訪れるだろう――
私は、窓から空を見上げた。老婆にはどんな幸運が訪れたのだろう、と、私はは想像して微笑んだ。
