
誰にでも忘れたい過去はあると思います。
先日訪問させていただいたPさん(65歳女性、胆嚢癌)にお目にかかるのは今回で四度目。今日は同僚からの頼まれごとがありそれを達成するためにお邪魔したのですが、話の流れでPさんの幼少期から今まで歩んでこられた道のお話を伺うことができたのです。
Pさんは米国南部で5人兄弟の3番目として生まれました。お父様が誰か知らずに育ったそうですが、周囲からは白人(父方)と黒人(母方)のハーフとして見られひどく差別を受けたそうです。その上お母様からの精神、肉体的虐待が酷く、何度も家出を試みるも結局25歳になるまで家を離れることができなかったそうです。一番下の弟さんとPさんはお母様から殺されかかったことが何度もあったそうで、弟さんに至っては軽い脳障害が残ってしまうほどの深刻さだっだとの事。”警察や学校の先生などに告げ口でもしようものなら今度こそ殺してやる”、と脅され、誰にも相談することができず辛い毎日を送られてきたそうです。"25歳になるまで少年院、刑務所にお世話になった回数は数えきれないほどよ”と悲しげな眼差しで語ってくださいました。唯一の心のよりどころはおばあ様の存在だったそう。
やっと家を離れたPさんは米国中西南部の州で暫く過ごしますが、その間もお母様、また親戚からのモラハラは続いたそうで、耐えられなくなったPさんは西海岸、カリフォルニア州と移り住みます。生涯コックさんとして働いてきたPさんは地元のレストランでその後大親友となるMさんに巡り合います。カリフォルニアでの生活は、過去のようなモラハラ、虐待などに再度会うことのない、正に”新たな人生”の始まりのようだったとPさんは語ってくださいました。1990年代に親戚のお葬式で、のちにご主人となるFさん(2024年心筋梗塞で他界)と巡り合います。(Pさんはお葬式の際に撮った写真を見せてくださったのですが、何故か白いミニドレスを着て、正に結婚式に参列されるようなお姿でした。)
ご主人がお亡くなりになったころにはPさんの癌もかなり進行しており、お一人での生活は難しくなりつつありました。そこで前出の大親友、Mさんが当時お住まいだった他州の家を引き払ってPさんの所で住み込みのお手伝いをしてくれることになったのです。今でもお二人は本当に仲が良く羨ましい限りです。
訪問中、Pさんは何度も涙を流しながら悲しい過去の経験をお話ししてくださいました。ホスピス患者さんでおられるPさんの余命は限られています。それを感じて私に話すことで過去の重荷を少しでも軽減し、今目の前にある幸せをかみしめようとしているのかもしれません。2時間弱の訪問を終える直前にPさんは、"あなたはなんて美しいの”と50代のおばちゃんである私に言ってくださったのです。Pさんこそ、黄金のハートを持つ素敵は65歳のおばさまです。私を信じ、変えられない過去を共有してくださり本当にありがとうございました。