Curega Note (クレガノート)- Cares for Cure - -17ページ目

Curega Note (クレガノート)- Cares for Cure -

Curega Noteは、Cares for Cure(ケアを提供する人のためのケア)をモットーにした、都会の隠れ家サロン。
サロンオーナーのReinaが日々の気づきを大好きなフォトと共に綴ります。

オーラソーマの111本のボトルを、私のアートセラピストでもある、
大切で大好きな友人家族へ預けることにしました。

私自身は、しばらくの間、家をあけるので、
このタイミングで彼女の家でボトルには過ごしてもらおう。

私にとって、ボトルというのは非常に大きな役割を持っていて、
ボトルが1年前に私の家に来てから、
先生のいう通り、私の人生は劇的に変化していったわけで。

最近は、ずっと家でボトルを開きっぱなしにして、
好きな時に、ボトルと会話できるようにしていました。

ボトルが、私と別の場所にある。

でも、必要な場所にある。

こういう、なんともぎゅっとした状況です。

変な言い方ですが・・・・

ようやく、1年かけて、ボトルとの信頼関係ができたんだなぁと、
しみじみ。

今日、友人に渡しに行く前に選んだボトルと、その時に浮かんだ言葉。
言葉がとても、ビビッドだったのです。

「そのプロセスから逃げない」

一瞬、自分でノートにしたためて、ちょっと笑ってしまった。

プロセスから逃げない。
これは、結果に関わらず、今あるプロセスにコミットしていくということ。
そのプロセスの先に、グッドニュースがあるか、
バッドニュースがあるかなんて、分からないのに・・。

そういう状況であって、あなたはどこまでできますか?

そう尋ねられた気がします。

そして、そのプロセス自体が持つ、気づき。
そういうものに、すこんと入って行くタイミングなのかもしれません。

逃げないということも大切で。
ある程度の接点を持ちつつ、自分のスタンスを決められるか?

目の前にあるタイミングとかチャンスとかいう類いのものを、
味方につけながら。
シンプルに、行動するのがいいのかなとぼんや~り思っています。

最近、何故かまとめ役が回ってくるのですが、
それも何か、理由がある気がします。

私がやりたいから、引き受ける。
それによって、人が動く。自分が広がる。

そういうプロセスを、どんどんインプットしていくタイミング。

なのかもしれません。

ボトルを大切な友達に渡して、
私には一気に、今迄ボトルと向き合ってきたことが、
ぎゅぎゅっと凝縮して分かち合いのフェーズになってくるのかもしれません。

この少しの間に、公私共に、休む暇なく、出来る事、やりたい事で動き回る自分から
逃げずにいること。

ボトルが旅に出る。私も旅に出る。
ポジティブな区切りがやってくる気がしています。
マザーテレサの言葉だったと思います。
カジュアルに書くなら・・・・

愛の反対は、嫌いではなくて、無関心であるということ。

確か、ニーチェがこんなことを言いました。

不幸な女性とは、愛されない女性ではなく、忘れられた女性だ。

どちらも。無関心というものと人間の本質をついていると思うのです。

人は、好き と 嫌い で判断しがちですが、
嫌いという感情があるのは、相手への何かがあるから。

何も感じないというのが、もしかしたら、一番残酷なのかもしれません。

無関心。

だって、そこからは、何も生まれない。
言葉さえ、湧かないわけです。

オーラソーマをしていて、この関心、無関心については、
結構身につまされることがあります。

自分への関心。
高いようでいて、低いものの1つなのかなと思います。
何となく、何となく。

自分の中にある、何となく・・・

私も、はっとすることがあります。

何となく、やってしまう。
何か、自分で始めたから、やってしまう。
何か、長く一緒にいるから、何となく・・・。

本当? それが、本当にあなたのしたいことなの?

そう、ボトルに聞かれることがあります。

よく、クライアントさんが、ボトルをみて
その印象や、なぜ選んだのか分からない・・
とお話下さる場合。

こういう、何となくのパターンが見える時です。

自分の愛の反対は、自分への何となく・・な無関心さであると言えます。
無関心なのか、恐れからの知らんぷりなのか。

どちらであっても、愛とは共存できないです。

そして、自分に関心を持つ事は、時に、大変な作業だけれども、
思っている以上に、自分というものから得る恩恵に、
その力に、驚くものです。

自分で、自分を引き出すことができる。

そう信じて、進みたいというタイミングの人に、
オーラソーマが渡りますように。
先日、占いに伺いました。

オーラソーマをしていると、自分のことを誰かに尋ねるというのは、
極端になくなります。
自分がボトルと向き合うことで、見えることが沢山あるから。

では、なぜ占いへ?

すごく大切な案件で、相性と方位と安全を確認したくて、
頼りにしている方のもとへ、伺いました。

とてもよい時間でした。

先生が、「オーラソーマをやられて、本当によかった」と言ってくれたから。
そして、先生も私も薄々感じていて、先生が先におっしゃいました。
「このタイミングでいらっしゃるのも、意味があることですね」

オーラソーマが、私にとって必要なものだと心から思えたことがよかったし、
多分、これからの未来でも、必要になるものだと確認するタイミングでした。

最近、この絶妙で繊細なタイミングというのが、
どれだけのことを司っているか、感じいってしまうことがあります。

だから、忘れてはいけないのですよ。
自分を忘れずに生きるためにも、タイミングを味方につけること。
タイミングに耳を、心を澄ますために、自分を知ること。

タイミングっていうのが、私には今、意外と大きなトピックなんです。
このことは、また今度。