Curega Note (クレガノート)- Cares for Cure - -12ページ目

Curega Note (クレガノート)- Cares for Cure -

Curega Noteは、Cares for Cure(ケアを提供する人のためのケア)をモットーにした、都会の隠れ家サロン。
サロンオーナーのReinaが日々の気づきを大好きなフォトと共に綴ります。

オーラソーマについて、考えない日は多分ないです。
家にいつもボトルがいて、見ているから。

その長さが、1分なのか、1時間なのか。
そこには差があるけれど、それでも、見ない日も、考えない日も、ない。

オーラソーマと出会う。
自分と出会う。
こういう出会いの中で、今日、ふと寄せられた言葉。
「あなたのオーラソーマには、何か・・強みや得意ってあるの?」

この時に、するするっと出た答え。

一生懸命働く、でも、そのために自分を忘れがちになってしまったり、
自分をジャッジしてしまったり、自分で承認し忘れてしまったり。
私は、そういう部分への気づきを渡す、コンサルテーションが得意だと、思います。

なんて言うか、それって。
自分の心を、高い見晴し台から見晴らすような。
そして、今の状況をもっと、違う角度から見て行くような。

高所恐怖症ですが、その景色は好きなんです。
色々なものが見えて。
その位置づけも見えて。

だから、ケアではなくて、ワンステップ変えたい。
コンサルテーションで、ケアをするのではなく、
クライアントさんの現状を、本人がきちんと見晴らせるようにしたい。
そこから、どうケアしていくか?
そもそもケアするのか?
それは、本人の気づきが必要で、もちろん、そこもコンサルテーションします。

でも、本当に必要なのは、自分を見晴し台から見るような、
そういう広域地図を広げる時間。

クレガノートも、短い間でしたが、リニューアル予定。

自分が持てるもの全てで、やっていくことになります。
前例がなければ、自分が例になればいい、くらいの気持ちで。

本当にコンサルテーションが必要な人へ、届けるべく。
大切な大切な、夜になりました。
ボトルを選ぶのは、とても自然な作業。
そこから、ノートに思ったことを書く作業は、
結構自分に向いてると思っていました。

私のアートセラピストの友達にボトルを貸していた時の彼女・・
書く=描く作業をずっとしていたの。

その彼女を見て、ボトルの豊かさを感じていたのですが・・・

書く=描く を私もしたくなりました。

選んだボトル4本から、何か不思議なインスピレーションを得て、
描いた絵。
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絵は身体をすごく使うので、自分の感覚が研ぎすまされているのを、
明らかに感じます。

がりがり、ぎりぎり。
くるくる、ふわふわ。

自分の中で、同じ色を使っても、タッチが変わる。
そうすると、新しい色をのせたくなる。
絵が完成に近づく。

描くことが、もう、ボトルとの語らいなんですね。
だから、ここに答えや想いが乗っても、
どうしても、言葉にはのらない。

不思議な感覚です。

この絵を眺めていて、自分の中にある、
新しい旅が始まろうとしているのかもしれないーー
とふと思いました。

意識してなかったのですが、私はずっと、マゼンタの旅を続けていて、
その旅の1つ区切りはパリを終えた辺りだったのかもしれない。
と後で気がついて。
(それが、オーラソーマですね。気がついたら、そうなっていく)

マゼンタの旅は、自分のエネルギーの使い方を知るっていうのが、
自分を知るというテーマの後ろに見え隠れ。
マゼンタの色には、人に自分の愛情を渡すような奉仕のメッセージがあるのです。

これは、私の解釈になるのですが・・・
人は人と関わらずにいきて行くことはできなくて。
自分で選びながら、毎日何かを選択していく。
その中で、自分が何を選んで、どのくらいの心を砕くのか?
という問いかけをするような、そんな色にも思います。
そして、自分がどのくらい心を砕くのか?
これは、とても精妙なエネルギーの調合なのだなと、
改めて、確認。
怠けすぎても、やり過ぎても、自分の心と人との関係の豊かさから、
遠ざかってしまう気がします。

マゼンタの途中、グリーンという強烈なメッセージがやってきて。
それからずっと、グリーンの旅だったのかな・・

なんて最近思うのですが。

マゼンタの旅の裏テーマはグリーン。
自分のハートのスペースで、何を感じ取り、何に心を砕くかの選択は、
このグリーンのハートのスペースで行われている。

グリーンの旅も、私の中では、少し落ち着いて来て。

昨日、分かったのは。

ああ、これから「B084 風の中のキャンドル(ピンク/レッド)」の旅が始まる。

新しい探し物がありませんか?

という感じの、メッセージを感じて。

色々な色を巻き込みながら、それを、愛情に変えて行く。

そういう作業を
ひたすら、誰でもない、自分のために繰り返すのではないか?

すると。

ぽろり、ぽろり。

何となく読んだ本のフレーズやらに反応して、
まだ流れていなかった、癒しの涙が流れていくのです。

すっきり軸を確かめて、新しい旅を進めたいと思います。
10年続けると、何かが変わる・・
ということがあるそうです。
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それだけ長く続けたら、分かること。

私が10年続けたことは2つあるんです。

英語
大学時代に出会った、ある人

この2つはとても不思議で。

英語が話せなければ、多分私は、この人とは出会わなかった。

でも、23歳で彼と出会って、
33歳で、彼とはひどい別れ方をしてしまう。

10年。

長い時間ですよね。
何で、もっと、
自分の中で、早く終わらせなかったのだろう。
そう思っていたけれど。

そうじゃないのかもしれない。
最近、そう思えるようになりました。

オンオフはあれど、10年も1人の人と猛烈に向き合うということ。
その間に、彼は日本に引っ越したり、転職したり、突然会社をリストラされたり。
何か、色々あった。

その度に、私も同じように、この人にどうやって寄り添えばいいのか?
とか、その時の私なりに、思ってました。
でも、自分がどんなにどんなに渡しても、
彼から本当に欲しいものはもらえなかった。
そういう気持ちでいつも、ぐるぐる。

でも、10年。

あんまり考えたくない。
この10年に、私は、与えすぎて、求めすぎて、
自分の心をなくしてしまったんじゃないか?

ずっとそう思ってきたけれど。

ふっと、思い出したのです。
「君は、僕が辛い時に、必ず僕と一緒にいてくれた」
と言われたことがあったのです。
もしかしたら、私は誰よりも、私なりに、
精一杯、彼を承認してきたのかもしれない。

10年、とにかく、1人の人を承認し続けてきたわけです。
それが、10年、自分がやってきたことへの、
自分への最高のギフトなのかも、しれないな・・と。
そうやって、この10年を抱きしめたらいいじゃないの。

過去の10年と向き合って、
自分の過去として、コミットできた気がします。

それはつまり、これからの私にも、
きちんとコミットする準備ができた感。

あとは、やるだけ、になった。

ならば、軸もって行きますよ。