Curega Note (クレガノート)- Cares for Cure - -10ページ目

Curega Note (クレガノート)- Cares for Cure -

Curega Noteは、Cares for Cure(ケアを提供する人のためのケア)をモットーにした、都会の隠れ家サロン。
サロンオーナーのReinaが日々の気づきを大好きなフォトと共に綴ります。

ふとテレビをつけたら、「幸福論」というのをテレビでやっていました。
これは、
幸福について、欧米では学問として研究している人達がいます。
かつて、ブータンの幸福論から、日本も数値化を目指したことがありました。
そして、この幸福論で鑑みると、日本人は先進国でも非常に幸福度数が低いらしいです。

そもそも幸福とは何か?
という哲学的なテーマがあるのも事実ですが、
端的で面白い研究成果があります。

人が後悔することについての研究です。
「経験する」という行動では、後悔は「自分ができる経験なのに、やらなかったこと」において発生するのに対して、
「消費する」という行動だと、後悔は「購入してしまったという行動」において起きる感情だそう。

私にはとても納得の答えに聞こえました。

どんなにお金を出しても買えないもの、その多くは経験だろうと思います。
経験には、より強く、人は幸福や贅沢を感じるのかなって、思ってしまうのです。

研究では、ある資産額からは、その人の幸せ度合いは一律。
つまり、お金が沢山ある=幸せがアップする というわけではないという公式がある。

むしろ、自分が今あるものの中で、
どれだけ自分を豊かに生かせるかっていうのを考えて行かなきゃ。

自分にとっての豊かさとは何でしょう?
噂というか。
よく言う話です。
お掃除したり、捨てると運が巡って来るという、あれです。

片付け関係の本がベストセラーになりました。

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実際に片付けられるかどうか?
これは別の視点な気がしませんか?

「読んだ」=「片付く」というわけではなくて、

「読んだ」>「片付ける知恵を身につけた」>「片付ける」というのが、現実的なステップ。

上記で取り上げた2冊の本、私も読了しています。
何となく、片付けると運気が上昇することも婉曲的に語っている2冊。

私が思うに、片付けて運気向上の秘密は「片付ける」という行動自体にあると思いますが、
そのロジックが適用されるのは、自分が行動した時だけです。
行動が伴わないと、どんなに読んでも、変えられない。

自分で取捨選択して片付けると、心の整理がつきやすい。
片付けの最初というのは、往々にして、「捨てる」=「手放す」という作業から始まります。
手放すって、勇気がいることだけれど、身軽になれること。

これができると、多分、人は自分の新しい意識にも目がいくのかな~。
たとえば、古くなった下着とか、タオルとか、そういうもののほつれとか。
その意識が、新しい気づきを生むし、運が入って来る。

運がいいというのは、自分の気づきの幅の広がりなのかもしれません。

気づける自分になるために、私はオーラソーマをしています。
オーラソーマのよさは、自分が選んだ色で自分を見渡せること。
自分の選ぶ色から、自分の状況を紐解くのは、自分への問いかけの深さが変わるものです。

部屋を見渡して、捨てるものに囲まれていないか?

これと同じ考え方でーー
自分がもっと身軽になれるのではないか? と問いかけてみる。

自分の荷物を軽くするような/お片づけをする気持ちで、
セラピーを気軽に受けてもらえたら、嬉しいものです。
たとえば・・
ピラティスやヨガをやっている人は分かると思うのですが、
身体の動きの微細さというのは、言葉にしがたく、
常に感じ入っていくもの。
自分の中での気づきによって開拓されていくもの。
だから、1回では分からないけれど、続けていくことで、気がつくことも多い。

オーラソーマでも、「気づき」という言葉を使います。
コンサルテーションを通して、自分の一面に気がつく。

この時に、身体がどう反応するかというのも、
すごく大切なのだな、と最近思います。

気がついても、身体が動かなければできないこと、多くないですか?

そして、時に、心の気づきは壮大で、
ともすると、頭の中で終わってしまう可能性も・・・

年齢やステージによるところもあると思います。
それぞれのペースも。

私は気がついたーー
自分は次に何をしたいのか?

セラピーというのは、心のサポートだけではなくて、
心が気がついたことを、日々の中にどうやって根付かせていくか?
そういう側面も持っているのかな~
HOWと俗にいう、それです。

なんてことを、自分も身体を動かしながら感じる日々です。