俺が初めに思い描いた「誕生日お祝い計画」とは、だいぶ違うものになった。
初めは1人でひっそり裏で「お祝い」をしようと思っていたのが
たくさんの人が協力をしてくれたおかげで、大勢の人の前で「お祝い」をする事ができた。
1人で考えていた時よりも、何倍も何倍にも、いいものになった。
「計画」の目的のらむちゃんは、大泣きして喜んでくれた。
「誕生日枠」を見に来た人達も、みんな感動している様子だった。
俺は協力してくれた全ての人に感謝した。
「誕生日枠」に来た人全員にも感謝をした。
きっとみんなは「俺」の為ではなく「らむちゃん」の為に協力してくれたんだと思う。
「誕生日枠」に来た人達も「俺」の為ではなく「らむちゃん」の為に来たんだと思う。
俺も「自分の為」ではなく「らむちゃん」の為に何かをしたいと思ってした事だった。
大泣きしている「らむちゃん」を見て、俺は満足だった。
みんなの協力がなければ「らむちゃん」はあんなに喜ぶ事はなかったと思う。
「計画の目的」は「らむちゃん」を喜ばせる事。
みんなのおかげでその「目的」を達成できたので、俺はみんなに感謝をした。
きっとみんなも何かをしたいと思っていたと思う。
「動画」にあれだけのコメントが集まったのも、「誕生日枠」にあれだけの人が来たのも
たくさんの人が協力をしてくれたのも「らむちゃん」の人柄だと思う。
たまたま俺がその「らむちゃんの人柄」の力を借りて
みんなの気持ちを「目」に見える形にしただけだった。
「動画」という方法で、「放送」という場を使って。
「お祝い計画」に参加してくれた人から俺は「ありがとう」と何人にも言われた。
「らむちゃん」からも「ありがとう」と言われた。
動画を見てくれた「らむちゃん」に俺は感謝をした。
「くまきち」からも「ありがとう」と言われた。
そして「らむちゃん」と同じぐらい「くまきち」にも感謝をした。
そして、俺は「くまきち」の事を想った。