※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

 

第7話

 

 

テニス回

 

 

過去の遺恨に対して許すことの大事さ

 

 

認め合うことの大事さ

 

 

 

 

 

 

第8話

 

 

ノーブルパーティで着るドレスをはるはる一人で作り上げる回である。

 

 

具体的にはるはるが夢へ向かって努力することへの意志の強さが現れており、

 

彼女の信念が強く確認される回である。

 

 

 

 

また、普遍的メッセージとしての夢や目標を

 

達成することへの強さやこだわり、信念を貫くことの大切さを説いたものでもある。

 

 

 

 

そのひたむきな姿は周りの者をも魅了し、納得させる。

 

 

 

 

ここでも集団の中の協調の過程が描かれていて、和合へと繋がる部分である。

 

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

第六話

 

はるはるは「大輪の花の間に咲くつぼみ」

 

この物語ははるはるが夢を成就させる道程、その成長記録でもある。

 

「グランプリンセス」とは教養などを身に付けた、「つよく・やさしく・うつくしく」の条項を目標に掲げる、

 

西洋貴族としてのプリンセスとは異なる意味合いとしての、より普遍的な人間としての「理想人」としての名称・象徴である。

 

第一話で小さいはるはるは「私、プリンセスになれるのかな」と自分の夢に対して悩みを抱いていた時にカナタが現われ「なれるさ」とその夢を鼓舞され、後押しされ、彼女にとって達成への強い原動力となった。

 

この話でもまさに同様に「私、プリンセスになれるのかな」と行き先の不安、夢を本当に実現できるのかといった心配を抱いていた時にカナタが現われる。

 

カナタはいつでもはるはるにとって夢を後押しし、助けてくれる救い人的存在であった。カナタははるはるにとって「最初の人」であり「途中の人」でもあった。

 

 

「王子」と言えば大抵の人は白人の男性貴族を思い浮かべるが、この物語では、褐色の西洋系ではない種類の男性が「王子」とされている。

 

これは「王子」という概念の再構築・再定義である。

 

ちなみにこの物語は西洋文化がベースとなっているのが前提である。

 

そして西洋的王子とはディズニーとも関連して「憧れ、高尚な男性の典型のステレオタイプの一種」である。

 

それを置換し、再構築するということは、

 →白人でなくても、西洋的な王子となれる、つまり憧れの対象となれる。

 

逆に言えば憧れの男性としての対象は白人でなくてもいいのではないか。

 

そういった提言がこの設定からは読み取れる。

 

憧れの対象とはなり難い褐色の人種をその「王子」の座に置くことで意味の変化を促し、人々へステレオタイプの再構築を促すものである。

 

 

 

ディスダークの悪行に対し、「何故そんなことを?」→カナタ「ディスピアの心は見えない。」

 

これは現実の「影の権力者」たちに対しても言えることであり、彼らのやっていることや目的はわかっても彼らの本当の心の内は知りえない、解らないということに似ている。

 

 

 

12個のドレスアップキーを揃えれば闇を打ち払うことが出来る」+他シリーズも12個のアイテムを集めると不思議なことが起こる→救いの力を発揮することがある

 →離散したイスラエルの12氏族、そしていずれその関連性がわかり力を発揮するときがくるということに似ている。→カナタの中東系の肌との関連

 

 

 

以下、日本に降りた啓示「日月神示」からの引用

 

 

「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)判る時来たぞ

この十二の巻よく腹に入れておけば何でも判るぞ。

ひふみがヨハネとなり、五十連(イツラ)となりなって十二の流れとなるのざぞ、ムがウになるぞ、ンになるぞ、ヤとワとほりだして十二の流れ結構ざぞ。

十の流れ、十二の流れと今に判る時来るぞ、

十二の流れ、六の流れとなり、三つの流れとなり、二となり一と成り鳴りて、一つになり、一つの王で治めるのぢゃぞ

そなた達の中に又人がゐて限りないのぢゃ。このほう人民の中にゐると知らしてあらうがな。そなた達も八人、十人の人によって生きてゐるのぞ。又十二人でもあるぞ

十二年おくれてゐるのを取り戻すのであるから、これからは目の廻る程 急しくなってくるぞ。神示よむ暇もなくなると申してある時来たぞ

十二の玉を十まで生んで、後二つ残してあるぞ。

 http://hihumi.ww3.jp/より

 

 

「グランプリンセスとは12個のキーの力を解放させることの出来る存在」

つまり12個のアイテムは「人」の力がないとそれ自体は力がない。

 

 

 

この後、再び、はるはるが

「私、(グランプリンセスに)なれるかな・・。」

と心配していた時にカナタは

「なれるさ。」

と答えている。1話の冒頭の反復である。

 

みなみん、きららちゃんはディスダークが登場してからドレスアップキーと出会ったが、

はるはるだけは別格で、小さい頃にすでに出会っている。

 

しかもディスダークが生まれるはるか前にドレスアップキーが導かれるようにはるはるの元へ届いたという。

 

彼女は小さい頃にすでにその夢の萌芽を感じ取ったドレスアップキーに選ばれていた。

 

はるはるはそういう意味で特別な存在である。

 

キュアフローラ→フローラとは花と春と豊穣の神の名である→そのキュアフローラは閉じられた扉を開き、人々を開放し、救う役を担う存在である→コノハナサクヤヒメ様?

 

 

マーメイド「遅咲きの花ほど大輪なものなのよ。」

 

これがこのはるはるが夢という花を咲かせる物語の鍵である。

 

何故はるはるだけが小さい頃にすでにドレスアップキーと出会っていたのか、何故他二人に比べて差があるのか、何故彼女がプリキュアの最初で中心なのか。

 

そのヒントがこの台詞にはある。

 

そしてこの後からの展開にも関わってくる。

 

 

 

「フローラルトルビヨン」では拍手のように一度手を打って力を生み出している。

 

 

 

時に「プリキュア」は、ホープキングダムのような異世界の王国において昼と夜、太陽と月のようなコントラストを実際に用いて、ある勢力によって「光の世」から「闇の世」と変えられてしまった現実の世界の投影をうまく行っている。

 

 

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

第五話

 

 

きららちゃんがプリキュアになるための理由を見つける話である。

 

 

義理人情に厚いきららちゃんは友達の思いやりに心打たれ、自分の身を削ってでもはるはるの応援に答えようとする。

 

 

「100%を120%にすればいい」→友達と手を握って共に事にあたれば限界以上の力が出せる。

つまり友達は己の限界を超えさせてくれるものである。

 

 

本当に友達のことを思いやって、自分の強い欲求を抑えてでも友達に夢を追いかけてほしいと願うはるはるの一途さ、一生懸命さ、真っ直ぐさがキーポイントである。

 

 

結果、この話でGo!プリとしてのチームの完成と結束力の完成は一応完了した。

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

第四話

 

きららちゃんのような夢に向かって真っ直ぐでひたむきな女の子の理想像を描くことは、見ている女の子たちの憧れの対象となる

 

 

 

きららちゃんはとにかくプロフェッショナル意識が強く、凛としていて、女性があこがれる一つの典型的理想像である

 

 

 

きららちゃんという一人のキャラクターが、視聴者の女の子たちにとっての、憧れの対象となるように、ひとつの目標として準備されている。

 

 

 

そしてそのきららちゃんを天に輝く星とつなげることで、まさしく、よりそのスター性を高め、高みを目指す一生懸命な子というイメージが強まる

 

 

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

 

 

第三話

 

パフを女子寮で飼うに際して、はるはるをはじめ、皆で問題に対処する姿が描かれる

 

 

 

 

予想外の外からの出来事に対して「未だルールがないならルールを新しく作ればいい」

 

 

そのためには人々の同意を得る必要がある

 

 

賛成反対の投票を行う

 

 

賛成してもらうために、理解を促す地道な活動

 

 

民主主義的である

 

 

結果、違う考えを持った人でも押さえつけて考えを変えさせるのではなく、

分かってもらうための地道で実際的な行動という「動いて見せる」ことが必要で、さらに「いろいろな考えや認識をもった人が居る」という観点を忘れないこと

 

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

第二話

 

 

完璧な才色兼備の少女が、素直で努力家で花のような笑顔を持つ少女と心を通わせ、

次第にこれまで知らなかった様々な新しい世界を知覚していく

 

 

その少女は「花のプリンセス」との出会いで「海のプリンセス」へと覚醒する

 

 

同時にはるはるは、あこがれの女性と出会うことによって、より自分の夢の実現が現実的なものとなりさらに具体的な材料を得、一歩、夢に近づく。

 

 

はるはるはさらに夢に向かって努力を重ねる

 

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

Go!プリ第一話

 

 

 

 

 

 

自然物とのつながり

 

「フローラ」=花の神、天使、使いとしてのプリキュア

 

 

プリキュアの先頭に立ち“夢”を守りつつ、その扉を開いていく

 

 

「冷たい檻に閉ざされた夢、返していただきますわ。お覚悟はよろしくて?」

 

 

夢つまり人の未来や将来を奪う者たちから守る救世主

 

 

プリキュアは夢を救い、絶望から希望を守る救世主的存在として描かれている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法つかいプリキュアが衝撃の結末を迎えてから久しいが、やはりふと振り返ってみると素晴らしいことを描いていたと思う。

 

 

(※先にお断りしておくが、この観点・解釈は「宗教的」であるにしても「宗教」ではないのでご了承いただきたい。)

 

 

では、その「素晴らしいことを描いていた」とは具体的に何を指すのか、これまでを振り返って列挙してみる。

 

 

 

 

・「異世界」との交流、そして和合。

 

 

 

 

・「異なる」の人と人との交流そして和合。

 

 

 

 

・魔法や奇跡は結局は神力であること。

 

 

 

 

・陽と陰の和合によって新たなるモノが生み出されること。

 

 

 

 

・言霊の重要性とその実力。

 

 

 

 

・かつて世界を統一していた神の復活とその系譜。

 

 

 

 

・悪の根源は原初から存在しており、その眷属が我々を脅かしていること。

 

 

 

 

・彼らの最後は神によって言向け和されて改心を迫られ、「正道」に導かれること。

 

 

 

まほプリをご覧になった方は特に説明を付言しなくとも、上記のことの意味が分かるのではないだろうか。

 

 

彼女たちは私達に、時に艱難辛苦をもって力強く優しい、愛に満ちたメッセージを送ってくれていたのだ。

スマイルプリキュア第46話、バッドエンドプリキュア回を改めて観直してみましたが、
やはり日月神示的観点から見ても、素晴らしいメッセージが込められていると思えますね。
「自分の心の中に潜む裏の自分、もう一人の自分に打ち勝つこと」
の大切さを改めて実感しました。
しかし、日月神示には、それよりも一歩進めて「自分と自分を和合せよ」とあります。
自分の中の悪い自分に勝つだけではダメで、さらに和合しなければならないのですね。

↓以下、該当する神示です。

「先づ自分と自分と和合せよ、それが和合の第一歩、アメツチ心ぢゃぞ、すべてはそこから生れ来るものなのぞ。」

「中の自分と外の自分と和せよ。それが改心の第一歩。」

「自分の中のケダモノのため直しにかからねばならん。悪いくせ直さねばならん。これが第一歩、土台ぢゃぞよ。」

「いくら祈り行じても自分省みねば、千年行じても何もならん道理ぢゃ。」


↓これが、プリキュア達が”もう一人の自分”と向き合い、戦うシーン。

このブログでは、他の誰もが書かないような、書けないような、非常に突っ込んだ内容の記事を書いて行こうと思います。

それは、”一般的な価値観”からかけ離れたものになると思われます。

ですので、私の書いた文章に非常な拒否反応を起こされる方がいらっしゃるかもしれませんので、前もって注意書きとして書置きしておきたいと思います。

これはあくまで私個人の「個人的見解」でありますから、真っ向から批判されてしまっても、少しお門違いかと思います。ひとつの「説」として、ひとつの「可能性」としてお読みくださるよう、お願いしたいと思います。

 

その「内容」に関しては、主にプリキュアを前代未聞の新しい観点で考察していくものになります。

誰も考えもしないような視点からプリキュアを俯瞰して、考察してゆく。

そこにこのブログの存在意義があると思います。