※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

第17話

 

 

 

 

親子の愛がもう一つの新しいキー「ミラクルドレスアップキー・シューティングスター」を生み出す回である。

 

 

一口に「夢」といっても様々な形があり、それは多種多様である。

 

 

 

その中の一種として提示されたのが今回の件で、小さい頃から子供が親の背中を見て憧れ、親のようになりたいと夢見るケースである。

 

 

プリキュアは大体そうだが、愛や勇気、絆などの抽象的な概念に「力」があると描写することがある。

 

 

この場合も親子愛に、悪に打ち克つ力があるとした。

 

 

科学では証明しようのない精神的事象に実力があると伝え、気づかせてくれることこそが、プリキュアの特徴であり、良さであるといえる。

 

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

 

第16話

 

 

 

大自然における海とそこに生息する生物の神秘を感じることに重きを置いた話であった。

 

 

 

 

現代の日本人は西洋文化が浸透し、動物の肉を食べることが当たり前となっており、その罪悪感がある者はほぼ皆無といった状態である。

 

 

数あるうちの一要因として動物に対する感受性の低下が考えられる。

 

 

動物にも感じる心があり、痛みや憎しみ、はたまた喜びを感じることが出来るのである。

 

 

その事実を無視し、というより感じることが出来ず、嗜好品感覚で何も考えず感じず肉を食らい続ける。

 

 

この大問題を根本から変えるにはやはりその感受性を取り戻していくことが一つの方法であると考えることが出来、この話はその一助になり得るものである。

 

 

小さな子供があらゆるものに敏感である時期にこういった物語を見ればささやかではあるが、きちんと「感じる」ことのできる人格を作るための作用が期待できるのではないかと思う。

 

 

 

 

みなみんとティナはその象徴である。

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

15話

 

 

 

 

 

今回のテーマは夢を達成することにおいて何が必要かということである。

 

 

何かを目標として頑張る時、そしてその途中で挫折して行き止まったとき、「何がダメだったのか、何が誤っていたが故に失敗してしまったのかを自己分析して反省する」ということが大切である。

 

 

こういうことを本質的にこの回では描写している。

 

 

人は何をするにしても、例えば就職活動をするにしても、受験にしても、はたまた人間的に自己を向上させるにしても、「自分を客観的に見て振り返る」ということはとても大事なことである。

 

 

宗教的な言い回しをすれば、恥じる、悔ゆる、悟る、省みるといったふうである。

 

 

そうすればこそ、さらに前に進み、向上することができる。

 

 

本編でも自信過剰であったアロマでも最後には反省し、自分の何が悪かったかを告白している。

 

 

これには歳を重ねるにつれ難しくなっていくものであるが、その重要性は逆に年々高まっていくものであると思う。そういった意味でこの回のこのメッセージは非常に普遍的なものであるといえる。

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

第14話

 

 

 

「夢は一人で追いかけてゆくものだと思っていたが、応援してくれる家族等の人たちが居てくれるから頑張れる」これがテーマ。

 

 

 

そして、人の心情とは表面的には量りがたいものであるが、正直な対話をもってはじめて心の奥を伺うことが出来る。その大切さも伝えているといえる。

 

 

 

夢を、自立心をもって追いかけるのは大切だが、たまには立ち止まって周りを見渡してみるのも大事である。

 

 

 

トワイライトがフローラの「心の高まり」を感じることが出来たということはトワとしての人間の心がささやかながらも作用したことの示唆か。

 

 

 

それとトワイライトはまさに多くの人がイメージする西洋的プリンセス像に近い。

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

 

第13話

 

 

 

 

夕暮れの悪女、夜への伝道師、黒いプリンセス、トワイライトの初登場回である。

 

 

まずは何故はるはるだけが彼女にまんまと騙され、心を奪われたのか、そして彼女の元へ導かれたのかが疑問である。

 

 

トワイライトははるはるへバイオリンの指導をする時、「心を閉ざして弾きなさい」と教えた、それはプリンセスプリキュアが扉を「開く」役目であることの対比となっている。

 

 

そして、「気高く、尊く、麗しく」の標語も「強く、優しく、美しく」への対比になっている。

 

 

この黒いプリンセスは「自分こそが真のプリンセスであり他は偽者である」という独りよがりで排外的な信念を抱いており、これが悪の御用としての象徴となっている。

 

 

しかし、このトワイライトとしての彼女の思想、言葉、行動があればこそ後のキュアスカーレットとしての覚醒が達成し得たわけであり、「易学の陰を進めると陽へと変わる」、「最も暗い夜の後には夜明けが来る」といったような、劇的な変革・改心の為の布石である。

 

 

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

 

 

第12話

 

 

 

 

夢を実現することに対する姿勢は人それぞれの特色があり、らんこちゃんのように他人を押しのけてしまうほどに情熱的過ぎる人もいるということがこの回で特に取り上げることができる。

 

 

 

 

彼女の夢への情熱は余りに熱すぎるが故に自己中心的であるが、ベクトルとしては「絶対に夢をかなえて見せる」というきららちゃんの強い信念とも合致するものがある。

 

 

そういった夢への強いパワーに共感したきららちゃんはその横暴ならんこちゃんにでさえ心の内を汲み取り、認めた。

 

 

 

 

このように、一見、受け入れられないような、手が付けられないような、嫌悪しそうな人に対しても心を配り、心情を察してみるという試みが大切であるということがこの回の主なメッセージであるといえる。

 

 

 

 

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

第11話

 

 

 

プリキュアのさらなる強化と変化、そしてクローズ退散が特徴の回である。

 

 

この回を見ていて気づいた事として、マクロに見て、この作品のように西洋の文化をふんだんに取り込んだ上で、それを独自の解釈で意味を再定義し、ヒロインとして女の子たちが憧れるアニメ又はキャラクターに仕上げているというすごさ。

 

 

加えて普遍的メッセージまで込められていることのすごさを実感した。

 

 

これはある種、日本が黒船来航以来、西洋化されてきた流れの中における極地であり、到達点であるといえる。

 

 

日本はただ西洋の文化を取り入れたままにはせず、それを取り込んで、飲み込み、消化し、再構築し、新たなるものを作り上げている。

 

 

その再構築の過程で日本的な味つけでさらに美味しく、美しく、日本人に合うように仕上げている。

 

 

このプリキュアがその顕著な例であると考えることが出来、「個をまとめて団体として和合する」、「個の色を認め合いながら団体として和し、問題や危機に対し力を合わせる」という極めて日本的な「和」の特質が明確に見受けられるのである。

 

 

さらに、西洋思想的な善悪二項対立論や勧善懲悪の、単純な次元に留まるのではなく、そこから歩を進めて、さらにそれを進化させた「善と悪は表裏一体であり、悪の存在を認め、許し、さらには癒したり、助言をしたりなどして、より良い存在のために改心へと誘う」という高度な領域からのメッセージを主眼としているのである。

 

 

これは他プリキュアシリーズにも見受けられる驚くべきメッセージ性の深さと重さであり、日本的な特徴、良さであるといえる。

 

 

この作品には心から感服した。

 

 

 

 

日本に降りた天啓、日月神示と照らし合わせてもこの映画に描かれていることの正しさがよく理解できる。

 

 

私は日月神示と出会って約5年、それなりに読み込んできたが、この映画はその日月神示に書いてあるような主要なエッセンスが盛り込んである、と言えるほどの強烈かつ本質的なメッセージがある。

 

 

 

 

・モフルンの「皆の願いが叶うことが願い」→これが「欲捨ててくれよ。欲いらぬのでないぞ。」の意味ともとれる

 

 

 

・校長先生の「みんな!願いを言葉に!想いを言葉に、言葉は魔法に、魔法は奇跡を呼ぶ!」→人間の想念の実力と、それを言葉にした時の言霊としての実力、そしてそれは本質的には人知を超えた力(神力)であるということ

 

 

 

・「崖っぷちでも後には引けない」、「1パーセントでも希望があるから」という、挿入歌「キラメク誓い」の歌詞。そしてプリキュア達がギリギリの時に、悪だったものが善に力を貸すこと、そして一人ひとりの心の奥底にある光り輝く力を一つにして生まれる最終奥義的魔法→九分九厘でグレンと発動されると言われる一厘の仕組み

 

 

 

・そしてこの映画自体がまるで「悪を抱き参らせる」とは、具体的にこういうことだと教えているかのようであり、この映画を通して感情移入することによってそうやって観る者の「悪を抱き参らす」心の器、又は悪を消化する腹を作る作用がある(?)

 

 

 

 

このように、この映画と日月神示における要旨を考察してみても、「日月神示をベースに作ったのでは?」と思えたり、「神様が人類の目覚め、導きのために御活動されて、それが何らかの形でこの映画に反映しているのでは?」とも思える程に、相通じる所があるのである。

  

 

 

そして、最後にまとめると、

この映画の“裏”テーマは「欲を捨て欲を持つ」と「悪を抱き参らす」ことだといえる。

 

 

 

 

 

このような素晴らしい作品を世の中に届けてくださったことを製作スタッフの方々、そして神様に感謝したい。

 

 

 

 

 

惟神霊幸倍坐世(かんながらたまちはえませ)。

 

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

 

第10話

 

 

 

プリンセスプリキュアが人々の夢を守る守護者であることが再確認できる回である。

 

 

そして夢の略奪者達に打ち勝つべく新たなる力を手に入れる回でもある。

 

 

その為に彼女たちは3人揃って「絶対に夢を奪わせない」という決心をする。

 

 

それが彼女たちのステップアップに繋がった。

 

 

 

次回はこれを拡張発展させたものとなる。

 

※これは、私が「Go!プリンセスプリキュア」を見て、感想・考察・解釈等を書き残した、記憶と研究の為の覚え書きになります。

 

 

 

 

 

第9話

 

 

 

 

 

はるはるとみなみさんの友情が深まり、結束力がより強固なものになる回。

 

 

 

 

人は誰でも弱点、苦手なものはあるが、それがあることによって逆に助け合ったり、

 

 

親近感を感じたりして、より親密になる。

 

 

 

 

はるはるとみなみさんは良い具合に対照的であり、

 

お互い持っていないものを相手が持っているという状態なので、

 

パズルのピースがうまくはまり込むようにちょうどいい関係である。火と水。