43. 願望的思考(Wishful Thinking)
思考する人間は、自分の思考によって創造する存在である。
これは理解されるべき、最も基本的な真理のひとつである。
あなたが経験するすべてのことは、あなた自身の創造である。
まずあなたがそれを創り出し、次にそれを経験し、そしてその経験の中に捕らわれてしまう。なぜなら、すべての源が自分の中にあるということを知らないからである。
ある男が旅をしていた。偶然にも彼は楽園に入り込んだ。
インドの楽園の概念には、「願いを叶える木」がある。カラパタル(kalpataru)と呼ばれる木である。
その木の下に座り、何かを望むと、たちまちそれが叶う。
願いと実現の間には、まったく時間の隔たりがない。
思った瞬間、それは現実のものとなる。思考が自動的に実現するのである。
このカラパタルの木は、実は心(マインド)の象徴にほかならない。
心は創造的であり、思考によって創造する。
男は疲れていたので、願いを叶える木の下で眠ってしまった。
目が覚めると、とてもお腹が空いていた。そこで彼は言った。
「どこかから食べ物が手に入ればいいのに。」
するとすぐに、どこからともなく食べ物が現れた。
空中に浮かぶようにして、美味しそうな料理が現れたのである。
彼はすぐに食べ始めた。
十分に満足したころ、また別の思いが浮かんだ。
「何か飲み物があればいいのに……」
楽園には禁止などない。
するとすぐに、貴重なワインが現れた。
ワインを飲み、楽園の涼しい風に吹かれながら、木陰でくつろいでいると、彼は考え始めた。
「これは一体どういうことだろう?
夢でも見ているのだろうか?
それとも、どこかに幽霊がいて、私にいたずらしているのだろうか?」
すると、幽霊が現れた。
それは凶暴で、恐ろしく、見るに耐えない姿だった。
男は震え上がった。
そしてこんな思いが浮かんだ。
「もう私は殺されるに違いない。
こいつらは私を殺すつもりだ。」
そして彼は、殺されてしまった。
この寓話はとても古いものであり、非常に深い意味を持っている。
あなたの心は、願いを叶える木なのである。
あなたが思うことは、遅かれ早かれ実現する。
時には、その間の時間があまりにも長いため、あなたは最初にそれを望んだことさえ忘れてしまう。
時には何年も、あるいは人生を越えるほどの時間がかかることもある。だから、その原因を結びつけることができない。
しかし深く観察すれば、あなたの思考がすべて、あなた自身とあなたの人生を創り出していることがわかるだろう。
思考はあなたの地獄を創り、
思考はあなたの天国を創る。
思考はあなたの苦しみを創り、
思考はあなたの喜びを創る。
思考は否定的なものを創り、
思考は肯定的なものも創る。
誰もが魔法使いであり、自分の周りに魔法の世界を紡ぎ出している。
そしてやがて、その魔法の世界に自分自身が捕らわれてしまう。
まるで蜘蛛が、自分の作った巣に自分自身が捕まってしまうように。
これを理解すると、物事は変わり始める。
そうすれば、あなたは遊ぶことができる。
地獄を天国に変えることもできる。
それはただ、ものの見方を変えるだけの問題なのである。
もしあなたが苦しみを愛しているなら、望むだけ苦しみを創り出すこともできる。
好きなだけ作ればよい。
しかしそのとき、あなたはもう不平を言うことはできない。
なぜなら、それが自分の創造であり、自分の描いた絵だと知っているからだ。
誰かを責任者にすることはできない。
すべての責任は、あなた自身にある。
すると、もうひとつの新しい可能性が生まれる。
あなたは世界を創り出すことをやめることもできる。
創造を止めることもできる。
天国も地獄も作る必要はない。
そもそも何も創り出す必要はない。
創造者は、ただ休めばよいのだ。
その心の引退こそが、
**瞑想(メディテーション)**である。
