42. 心配

あなたは、ある一つのことに気づいたことがありますか?

――「今この瞬間」は、いつも生き生きとしていて、いつも至福に満ちています。

心配や苦しみは、

過去にやりたかったのにできなかったこと、

あるいは未来にやりたいと思っているけれど、それができるかどうかわからないこと、

そのどちらかから生まれます。

この小さな真実に気づいたことがありますか。

「今この瞬間」には、苦しみも心配も存在しないのです。

だからこそ、現在は心を乱しません。

心を乱すのは不安なのです。

現在には苦しみがありません。

現在というものは苦しみを知らないのです。

なぜなら、「今」という瞬間はあまりにも小さく、そこには苦しみが入り込む余地がないからです。

現在には、天国しか入りません。地獄は入りません。

地獄は大きすぎるのです。

現在はただ平和であり、ただ幸福であることしかできません。

こんな話を聞いたことがあります。

ある年配の女性がバスで旅行をしていました。

彼女はとても不安で心配そうにしていて、絶えず「今はどこの停留所ですか」と尋ねていました。

隣に座っていた見知らぬ人が言いました。

「落ち着いてください。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。

車掌が次の停留所をその都度アナウンスしてくれます。

もしそれでも心配なら、ここに呼びますから、どこで降りたいのか伝えておけばいいでしょう。そうすれば安心できますよ。」

彼は車掌を呼びました。

女性は言いました。

「お願いです。降りる停留所を逃したくないんです。どうしても急いで行かなければならない場所があるんです。」


車掌は言いました。

「わかりました。メモしておきます。

もっとも、あなたが言わなくても各停留所はちゃんとアナウンスしますけどね。

でも念のため記録しておきますし、あなたの停留所になったら特に知らせに来ますよ。

ですから、どうかリラックスしてください。そんなに心配しなくても大丈夫です。」


彼女は汗をかき、震え、ひどく緊張している様子でした。


それで彼女は言いました。

「わかりました。では書いてください。私は終点で降りるんです。」


終点で降りるのなら、どうして心配する必要があるのでしょう?

どうやって乗り過ごすことができるのでしょうか。

そんなことは起こりようがありません。




あなたが休む瞬間、リラックスする瞬間、

存在そのものがすでに進み続け、より高い頂へ向かっていることに気づきます。


そして、あなたはその一部なのです。


あなたが個人的な野心を持つ必要はありません。


これが本当のリラックスです。

休むこと、個人的な目標をすべて手放すこと、

達成しようとする心やエゴの投影をすべて手放すことです。


そうすると、人生は神秘になります。

あなたの目は驚きに満ち、

あなたの心は畏敬の念で満たされるでしょう。


私たちは「何かになる」必要はありません。

私たちはすでにそれなのです。


これが、目覚めた人々すべてが伝えてきたメッセージです。


あなたは何かを達成する必要はありません。

それはすでに与えられているのです。


それは神からの贈り物です。


あなたはすでに、いるべき場所にいます。

他のどこかにいることはできません。


行くべき場所はどこにもなく、達成すべきものもありません。


だからこそ祝福することができるのです。


そうなれば、急ぐ必要も、心配も、不安も、苦悩も、失敗する恐れもありません。


あなたは失敗することができません。


物事の本質そのものにおいて、失敗することは不可能なのです。

なぜなら、そもそも成功という問題自体が存在しないのですから。