13. 知識を手放すこと
真理とは、あなた自身の体験であり、あなた自身のヴィジョンである。たとえ私が真理を見て、それをあなたに語ったとしても、その瞬間、それはあなたにとっては真理ではなく、偽りになってしまう。私にとってはそれは真理だった。私にとっては、それは目を通してやって来た。それは私自身のヴィジョンだったのだ。だがあなたにとっては、それはあなた自身のヴィジョンではない。借り物にすぎない。それは信念であり、知識であって、「知ること」ではない。それは耳を通して入ってくる。そしてもしあなたがそれを信じ始めるなら、あなたは偽りを信じることになる。
よく覚えておきなさい。たとえ真理であっても、誤った扉からあなたの存在の中に入ってくるなら、それは偽りになってしまう。真理は正面の扉から、目を通して入らなければならない。真理とはヴィジョンである。人はそれを見なければならないのだ。
ナローパは偉大な学者であり、大パンディットであり、彼自身にも一万人の弟子がいた。ある日、彼は何千もの経典――古代の、非常に古い、希少な書物――に囲まれて座っていた。突然、彼は眠りに落ちた。疲れていたのだろう。そして彼は一つのヴィジョンを見た。非常に年老いた、醜く、恐ろしい女――まるで魔女のような老婆だった。あまりの醜さに、彼は眠りの中で震え始めた。吐き気を催すほどで、逃げ出したいと思った。しかし、どこへ逃げればいいのか。彼は捕らえられていた。まるで催眠術にかかったかのように、その老婆に見つめられていた。彼女の目は磁石のようだった。
「何を学んでいるのか?」と老婆は尋ねた。
彼は言った。「哲学、宗教、認識論、言語、文法、論理です。」
老婆はさらに尋ねた。「それらを理解しているのか?」
ナローパは答えた。「もちろん……はい、理解しています。」
老婆はもう一度尋ねた。「あなたは言葉を理解しているのか、それとも意味を理解しているのか?」
ナローパの人生では何千もの質問が投げかけられてきた――常に多くの弟子たちが問い、探究していた。しかし、「言葉を理解しているのか、それとも意味を理解しているのか」と問われたことは一度もなかった。そして老婆の目はあまりにも鋭く、彼の存在の最も深いところまで見通していた。嘘をつくことは不可能だった。他の誰かに対してなら「もちろん意味を理解している」と言っただろう。しかし、この恐ろしい姿の女には真実を言わざるを得なかった。
彼は言った。「はい、私は言葉を理解しています。」
すると老婆は大喜びし、踊り始め、笑い始めた。そして彼女の醜さは変容し、微妙な美しさが彼女の存在から現れ始めた。ナローパは思った。「私が彼女をこんなに喜ばせたのだ。もっと喜ばせてあげようではないか。」そして彼は言った。「そして、はい、私は意味も理解しています。」
すると老婆は笑うのをやめ、踊るのをやめた。そして泣き始めた。醜さは元に戻り、それどころか千倍にもなった。
ナローパは言った。「なぜ泣いているのですか? 先ほどはなぜ笑い、踊っていたのですか?」
老婆は言った。「あなたのような偉大な学者が嘘をつかなかったので、私は嬉しかったのです。しかし今、私は泣いています。あなたは私に嘘をついたからです。私は知っています――そしてあなたも知っている。あなたは意味を理解していない。」
そのヴィジョンは消え、ナローパは変容した。彼は大学を去り、その後二度と経典に触れることはなかった。彼は完全に無知になった。そして理解した――あの老婆は外に存在していたのではない。ただの投影だったのだ。知識を通して醜くなっていたのは、ナローパ自身の存在だった。
「私は意味を理解していない」という、このほんのわずかな理解だけで、醜さは即座に美しい現象へと変わったのである。
このナローパのヴィジョンは非常に重要である。知識が無用であると感じないかぎり、人は叡智を求め始めることはない。あなたはそれが本物の宝だと思い込み、偽りの貨幣を抱え続けるだろう。知識は偽りの貨幣であると気づかなければならない――それは「知ること」でも「理解すること」でもない。せいぜい知的なものにすぎない。言葉は理解されても、意味は失われているのだ。
