7. 貪欲を超えて
人はとても貪欲になると、ひどくせっかちになり、さらに速く進むための方法を次々と見つけようとします。人生が尽きかけていると思い込んでいるので、常に走り回っています。こういう人たちは「時は金なり」と言います。
時は金なり? お金はとても限られていますが、時間は無限です。時間はお金ではありません。時間は永遠です ― それはいつも存在してきたし、これからも存在し続けます。そして、あなたもまた、常にここに在り、これからも在り続けるのです。
だから貪欲を手放しなさい。そして結果に心を煩わせないことです。せっかちさのせいで、多くのものを見逃してしまうことがあるのです。
人は宇宙と調和していれば満ちています。しかし宇宙と調和していなければ、空っぽです ― まったくの空虚です。そしてその空虚さから貪欲が生まれます。貪欲とは、その空虚を埋めようとすることです ― お金で、家で、家具で、友人で、恋人で、何であれ。空虚のままで生きることはできないからです。それは恐ろしいことです。まるで幽霊のような人生です。内側に何もなければ、生きることは不可能なのです。
「自分の中にたくさんある」と感じるための道は二つしかありません。ひとつは宇宙と調和することです……。そうすれば、あなたは全体によって満たされます。すべての花々、すべての星々によって。外側にあるのと同じように、それらは内側にもあるのです。それこそが本当の充足です。
しかしそれをしないなら ― そして何百万もの人々がそうしていません ― いちばん簡単な方法は、どんなガラクタでもいいから詰め込むことです。
貪欲とは、あなたが深い空虚を感じていて、それを何でもいいから埋めたいと思っているということにすぎません。何であるかは問題ではないのです。そしてそれを理解すれば、貪欲とは無縁になります。あなたが向き合うべきなのは、全体との交わりに入ることです。そうすれば内なる空虚は消え去ります。そしてそれとともに、すべての貪欲も消えていきます。
しかし世界中には狂気じみた人々がいて、自分の空虚を埋めるために物を集めています。ある人は決して使いもしないのにお金を集め続けます。空腹でもないのに食べ続ける人もいます。苦しみを生み、病気になると分かっていても、自分を止められません。この「食べること」もまた、空虚を埋めようとする過程なのです。
空虚を埋める方法はいくらでもあります。しかし決して満たされることはありません ― 空虚は空虚のままで、あなたは惨めなままです。決して十分ではないからです。もっと必要だ、もっと欲しいという要求は終わりがありません。
あなたは、自分が埋めようとしているその空虚を理解しなければなりません。そして問いかけるのです。
「なぜ私は空虚なのか? 存在そのものはこれほどまでに満ちているのに、なぜ私は空虚なのか? おそらく私は道を見失ったのだ ― もはや同じ方向に進んでいない、存在と共に生きていない。それが私の空虚の原因なのだ。」
だから、存在的でありなさい。
手放しなさい。そして静けさと平和の中で、瞑想の中で、存在により近づきなさい。そうすればある日、あなたは気づくでしょう。自分がどれほど満ちているか ― あふれんばかりに、こぼれ出すほどに。喜びで、至福で、祝福で満ちあふれていることに。
それはあまりにも豊かで、世界中に与えても尽きることはありません。
その日、あなたは初めて、いかなる貪欲も感じなくなるでしょう ― お金に対しても、食べ物に対しても、物に対しても、何に対しても。
あなたは自然に生きるようになります。そして必要なものは、すべて見つかるでしょう。
