8. 弟子であること
どんな状況にも必ず学ぶべきことがある。例外はひとつもない。あらゆる状況は何かを孕(はら)んでいる。しかしそれを見つけ出さなければならない。それは表面には現れていないかもしれない。注意深くあり、状況のあらゆる側面を見つめなければならない。
偉大なスーフィーの師のひとり、ジュナイドは、臨終のときにこう尋ねられた。彼の高弟がそばに来て言った。
「師よ、あなたは私たちのもとを去ろうとしています。ずっと心に抱いていながら、勇気がなくて聞けなかった質問がひとつあります。あなたの師は誰だったのですか? 私たち弟子の間では大きな疑問でした。あなたがご自身の師について語るのを、私たちは一度も聞いたことがありません。」
ジュナイドは目を開けて言った。
「答えるのはとても難しい。私はほとんどあらゆる人から学んだからだ。存在そのものが私の師だった。人生に起こったすべての出来事から学んできた。そして起こったすべてのことに感謝している。なぜなら、その学びのすべてを通して、今の私があるのだから。」
そして彼は続けた。
「あなたの好奇心を満たすために、三つの例を挙げよう。
第一に。
私はひどく喉が渇いていて、唯一の持ち物である托鉢の鉢を持って川へ向かっていた。川に着くと、一匹の犬が駆け寄り、川に飛び込み、水を飲み始めた。
私はしばらくそれを見つめ、それから托鉢の鉢を投げ捨てた。――それは不要だ、と。犬でさえそれなしでやっているのだから。私も川に飛び込み、好きなだけ水を飲んだ。川に飛び込んだおかげで全身が冷やされた。しばらく川の中に座り、その犬に感謝し、深い敬意をもってその足に触れた。彼は私に教えを与えてくれたのだ。
私はすべての所有物を手放したつもりでいたが、その鉢にだけは執着が残っていた。それは美しく彫刻された見事な鉢で、誰かに盗まれるのではないかといつも気にしていた。夜でさえ、奪われないように枕代わりに頭の下に置いて眠っていた。それが最後の執着だった――その犬がそれを断ち切ってくれた。犬が托鉢の鉢なしでやっていけるのなら、人間である私にできないはずがないではないか。その犬は私の師のひとりだった。
第二に。
森で道に迷い、やっと見つけた近くの村に着いたときには真夜中だった。人々は皆ぐっすり眠っていた。夜の宿を求めて、誰か起きている人はいないかと村中を歩き回り、ついにひとりの男を見つけた。
私は言った。
『どうやらこの町で起きているのは、あなたと私の二人だけのようです。今夜、泊めていただけませんか?』
男は言った。
『あなたの衣から見ると、スーフィーの僧ですね……』
「スーフィー」という言葉は「スーフ(羊毛)」に由来する。スーフとは羊毛のことだ。スーフィーたちは何世紀にもわたって羊毛の衣をまとってきたため、その衣装からスーフィーと呼ばれている。
その男は続けた。
『あなたがスーフィーであることはわかります。しかし、あなたを家に連れていくのは少し気が引けます。喜んでお泊めしますが、正直に言わなければなりません。私は盗人です――盗人の家に泊まりたいと思いますか?』
ジュナイドは一瞬ためらった。
盗人は言った。
『正直に話した方がよいと思って言いましたが、あなたはためらっていますね。盗人は受け入れる用意があるのに、神秘家のほうが盗人の家に入るのをためらっている。まるで神秘家のほうが弱いかのように。私はあなたを恐れていません。むしろ恐れるべきは私のほうでしょう。あなたが私を変えてしまうかもしれない。人生を一変させられるかもしれない。あなたを招くことは危険でもあります。でも私は恐れません。どうぞ。家に来てください。食べ、飲み、眠り、望むだけ滞在してください。私はひとり暮らしで、稼ぎは二人分には十分です。そしてあなたと大きなことについて語り合えるのは素晴らしい。しかし、あなたはためらっているようですね。』
ジュナイドはそれが真実だと気づいた。彼は許しを請い、盗人の足に触れて言った。
『私の自己への根づきはまだ弱いのです。あなたは本当に強い人だ。ぜひあなたの家に泊まりたい。そして一晩だけでなく、もう少し長く滞在したい。私自身も強くなりたいのです。』
盗人は彼を迎え入れ、食事と飲み物を与え、眠る準備を整えて言った。
『では、私は自分の仕事に行きます。朝早く戻ります。』
翌朝、盗人は戻ってきた。
ジュナイドが尋ねた。『うまくいきましたか?』
盗人は言った。
『いや、今日はだめだった。でも明日やってみる。』
これが三十日間続いた。毎晩盗みに出かけ、毎朝手ぶらで帰ってきた。しかし彼は決して悲しまず、落胆もせず、失敗の色を顔に見せなかった。いつも明るくこう言った。
『問題ない。最善を尽くした。今日は何も見つからなかったが、明日またやる。神の御心なら、今日起こらなかったことが明日起こるかもしれない。』
一か月後、ジュナイドは村を去った。そして何年にもわたって究極の真理を悟ろうと努力したが、常に失敗だった。すべてを投げ出そうと決意するたびに、あの盗人の笑顔と「神の御心なら」という言葉を思い出した。
ジュナイドは言った。
『あの盗人は、私にとって最も偉大な師のひとりだ。彼がいなければ、今の私はなかっただろう。』
第三に。
私は小さな村に入った。ひとりの少年が火の灯った蝋燭を持っていた。町の小さな寺にそれを供えに行くところだった。
私は尋ねた。
『その光はどこから来るのか教えてくれるかい? 君が灯したのだから見ただろう。光の源は何だい?』
少年は笑って言った。
『待って!』
そしてジュナイドの前で蝋燭を吹き消した。
『今、光が消えるのを見たでしょう? ではどこへ行ったか教えてください。どこへ行ったか言えるなら、どこから来たかも教えましょう。なぜなら同じ場所に行ったのですから。源へと帰ったのです。』
ジュナイドは言った。
『私は偉大な哲学者たちに出会ってきたが、これほど美しい言葉を聞いたことはなかった。「源へと帰ったのだ」と。すべては最終的に源へ帰るのだ。しかもこの子は、私自身の無知にも気づかせてくれた。私は子どもをからかうつもりだったが、からかわれたのは私のほうだった。「光はどこから来たのか?」などという愚かな問いは知的ではないと示してくれたのだ。光はどこからでもなく、無から来て、そして無へと帰っていく。』
ジュナイドは言った。
『私はその子の足に触れた。子どもは驚いて「なぜ僕の足に触れるの?」と言った。私は答えた。「あなたは私の師だ。何かを示してくれた。偉大な洞察を与えてくれた。」と。』
そしてジュナイドは最後にこう語った。
『それ以来、私は無について瞑想してきた。そしてゆっくりと無の中へ入っていった。今、最後の瞬間が来た。蝋燭は消え、光は消える。しかし私はどこへ行くのかを知っている――同じ源へだ。
私はあの子を感謝とともに思い出す。今でも、私の前で蝋燭を吹き消している姿が見える。』
