摂津国一宮 坐間神社
2020年1月
京都大阪の旅二日目は、大阪の海遊館と摂津国一宮 坐間神社を訪れた。いかすり神社と読む。
海遊館は縦に長い大きな水槽を上からぐるりと歩いて回って降りながら、いろんな水深にいる海の生物を見学できるのが印象的だった。
やっぱり子ども連れが多く、館内はとても賑わっていた。
この日はもうすぐ節分だったので飼育員さんが鬼の格好をしてボンベを背負い水槽のなかを掃除するというイベントを行っていた。
展示の最後らへんで大勢の人が水槽の前に集まっていたのでなにかなと思ったら、テレビ局の撮影が入っているようだった。この節分イベントの模様を夕方のニュースで流すらしい。
大きな水槽の中でサメやカメたちと泳ぐ赤と青と黄色のアフロ鬼たち。子どもたちはさぞかし大興奮だろうな。
そんな鬼にはしゃぐ子どもたちを撮ろうと大人たちが待ち構えていたのだ。
ところが肝心の子どもの反応は割とぬるかった。一瞬わあという顔をするも、それで満足したのか足早に通り過ぎてゆく。
むしろ近くの水槽の底で折り重なるように沈む大量のタカアシガニの方が集めた子どもの数では勝っていたように思う。
考えてみれば分からなくもない。
彼らはこの世に生まれてまだ数年。この世界の何もかもが目新しい。
亀が甲羅を背負ってることも最近知ったばかりだろう。しかも今日は散々珍しい海の生き物を見せられてきたばかりだ。
ここいらの水槽には鬼くらい沈んでいてもおかしくはないとあの小さな頭で理解したのか。必死に引き留める大人の手を振り払い走ってゆく。
子どもにとってはカニもオニも多分同じくらいなんだろう。そう思ってよく見てみれば確かに暗い水槽にブクブクと沈むタカアシカニも負けないくらい奇妙キテレツな姿形をしていた。大差ないね。
摂津国一宮 坐摩神社は大阪の高層ビル立ち並ぶ都会のど真ん中にあった。
大きな鳥居をくぐると砂利がきれいに敷き詰められたスッキリと広い境内。スーツ姿のサラリーマン風の方がお参りしていたりして都会的な風情を醸し出している。
無事御朱印もいただいた。羽で丸を作る鳥さんの印が押されていて可愛い。ホームページで見たら、この鳥さんは白鷺らしい。サギマルという可愛い名前がつけられている。
境内を散策していたら「寄せの発祥地」と書かれた大きな碑が立っていた。
ふーん寄せがここでねえさすが大阪やねえと1人ブツブツと感心していると友人の長男(6歳)が寄ってきて、寄せってなあに?と聞いてきた。
うーん、寄せって言うのは、なんだろうねえ、みんなを集めて、面白いお話をして、みんなを楽しませるお仕事かな?と振り返ったら、もうあっちの方で砂利に夢中。
....砂利、楽しいよね。
この後早めの便で帰ったと思う。久しぶりの関西は賑やかで楽しい旅だった。
私は以前、京都の会社に就職して3年ほど住んでいたことがある。
横浜で生まれ育った私には、当時、関西地方に縁もゆかりも知り合い一人さえいなかった。
京都に引っ越す前、大阪出身の知り合いから、関西では毎週金曜の夜に放送される『探偵ナイトスクープ』という番組をみんな見ていて、番組を見ていない人は次の月曜に学校や職場に行ってもみんなの会話に入れないという話を聞いた。
探偵ナイトスクープとは視聴者から寄せられる身近な問題や素朴な疑問を解決(したり、しなかったり)する番組。
新しい会社でちゃんと仲間に入れてもらえるようにと入社前の金曜日にしっかり番組を見て臨んだのだ。
これが初めての転職だった。新しい街で新しい仕事、面白い仲間がたくさん出来るといいなと緊張の中にも期待があった。
そして緊張の入社日、月曜日。
誰も自分で鎖を外して脱走する犬の話なんかしていなかった。
でもそれから毎週金曜の夜に探偵ナイトスクープを見るのが楽しみになり、会社に慣れ始めた頃この話をしたら、本当にみんな結構見ているということが分かり確かにとても盛り上がったのでした。
関西弁のイントネーションはテンポが良くて聞いていて本当に楽しい。なんてことない話でもつい笑ってしまうのだ。
私は方言が大好きだ。ちょっと違うということがすごく面白い。
聞くのも使うのも好きだったのは、行きしな、帰りしな、という言葉。
行く途中、帰る途中に、という意味。使い勝手の良い言葉だ。
似たものに、食べさし、というのもあった。食べかけ、という意味だったと思う。
「うん、あのね」はなんと敬語。これはすごくびっくりした。
ずっと敬語で私に話していた人が突然「うん、あのね」と言いだし焦る(私たち今友達になったのかな...?)。
新入社員が部長に「うん、あのね」と切り返しているのを端で聞いてビビる(これが噂に聞く新人類...?)
「うん、あのね」が敬語だと分かった時は衝撃を受けると共にものすごく納得した。
敬語じゃないとなんと言うのか聞いたら、「あんな〜」かなぁと言っていた。確かに違いは感じる。
ちなみに京都で道を聞くと行き先を「左右」ではなく「東西南北」で教えてくれることが多い。京都市内は東西南北の方向に綺麗な碁盤の目状に出来ているかららしい。
「次の信号を東に曲がってな〜」
「あの交差点の南の角やね。」
街中であんなにスマホのコンパスアプリを開く日々はもうやってこないだろうと思う。
ブログを始めてみて思い出すのは「しがむ」という言葉。
しがむ(噛む)とは、スルメやガムなどをいつまでも噛んで味わうといった意味らしい。
関西に住んで初めて知った言葉だ。
こうやってもう終わった旅をしがんでみるのも楽しいもんだなと思う。



