歩行に関しては、健康な人とほぼ変わらない動きになりました。
片手には大きな買い物袋、もう片手には米の袋と持っても
とりあえずは歩けます。
そこまでの負荷があると自然な歩きとは言えませんが。
あと、スリッパを履いて歩くのはいまだに苦手ですし、
スリッパのまま階段を昇っていると、知らないうちに片方のスリッパが脱げ落ちてたりします。
気づいて振り返ると、スリッパははるか下の方に・・・・
感覚があまりないので、スリッパが脱げたことも、その時には気づかないんですね。
あ、それでも
ポケモンを捕まえながら歩くぐらいは出来ますよ^^
日常生活が送れるようになってからも、
脊髄損傷や脊髄内腫瘍のことは興味深く、
暇があればネットで調べたりしています。
色んな情報に触れていると、
色んなパターンがあるなぁ、と思います。
脊髄損傷の場合、歩きたいけど歩けない!ということが大半ではあると思いますが
結局のところ、「歩きたい!」という希望に
どれぐらいの激情を乗っけているのか?というのが大変重要な気がします。
何度精密検査をしても
手の神経は肩のところで完全に断絶していて
医学的に絶対に動かないはずなのに、ペンを持って文字が書けているという人もいます。
この方は頸椎の上部で脊髄損傷しており、
まともにリハビリをしようという病院は皆無だったので
なんと、「お隣さん」が独学でリハビリをしたという・・・
神経は繋がっていないのに、どういう仕組みで手が動いているのか
医師はもちろん、本人やリハビリをしたお隣さんも分からないというw
まぁ、それだけ人体は神秘に満ちているということだと思います。
神秘とは言っても私は結局のところ
「今のところ解明されていない科学的な事実」が裏にあるのではないかと思う現実論者です。
医師との面談の際、
「脳はいまだ分からないことが多く、
ここの部分を損傷したのに、何でこんなことが出来るの?というミラクルがちょくちょくあるけど
脊髄に関しては随分と解明されていて、イレギュラーはほとんどない」と言われました。
その医師がそんなことを言ったあと
「脊髄のこの部分を損傷したのなら、自力での排尿は出来ないでしょ?」と。
「いえ・・・出来ますけど・・・。」
もっと言うなら、
神経が繋がっていない人が手を動かしている仕組みはどう説明するんだろう、と。
つまり、今の医学での「絶対できない」は、絶対ではないと思うんです。
ただ、絶対出来ないという暗示をかけられた人は
絶対出来なくなります。
不思議なもので、自分で信じた目標以上の結果は出ないものです。
信じても、それが揺らぐ機会はいくらでもあると思います。
リハビリをいくら頑張っても成果が全く見られない時、
本当に良くなるんだろうか?と、自問自答を繰り返すでしょう。
そして頑張っても報われないから、と
どんどんラクをすることを覚え、頑張らないことへの言い訳を沢山持ち始め、
それが慢性化すると、その人の上限がその時に確定するんだと思います。
これは経験から確実に言えます。
挑戦して達成できるリハビリを何百回繰り返しても
それは現状維持しかできません。
これは流石に無理っしょwということに果敢にチャレンジし、達成することが
回復の一歩一歩になるのです。
でもそれはとても辛いことです。
達成感を一瞬味わったらすぐに絶望が訪れるからです。その繰り返しは本当に辛いです。
平行棒を1往復歩けた達成感の翌日には3往復歩けない絶望を味わうのです。
1往復歩けるという達成感の夢の中でフワフワと浮かんでいる方が確かにラクですが、
それだと絶対に成長はしません。










