芸術家の彼を追いかけ続けて。 -6ページ目

芸術家の彼を追いかけ続けて。

20年以上前。彼の駆け出しの頃。この人の魅力の虜になった。そして私も彼に釣り合うようにと努力し追いかけ続けた。そしていま、私は彼から信頼を頂いている。そして私も名前が売れるようになった。なのに焦燥感にかられるのはなぜなんだろう。


本日は将来への自分日記として記します。

とてもとても久しぶりに
自分自身にジュエリーを購入した。

私が好きな良質ダイアモンドのペンダント。

今までの数年間身につけていた品とは全く違うタイプだ。

このブランドの得意とする幸せを運ぶとされるクオーレ。
クオーレ、そう、ハートのペンダント。

クオーレ Cuoreとはイタリアの意味で《心・愛情の意》。

廃盤になったから並行輸入ショップに捜して頂いたのだ。

今後の私のお守りになりますように

そう祈りながら好きな曲を口ずさみながら身につける。
そして…フと思った。

このジュエリーは…
芸術家の彼の好きなタイプのジュエリーではないな、と。

彼は直線的な品を好む、そう私が数年間身につけていたペンダントのような。
そういえば、あれも確か彼の見立てだった。

そう改めて感じて…
私は思わず苦笑いをする。
そして私は本来、
こういう曲線を伴う可愛い作品が好きだったことを、改めて思い出した。
そしてそして
改めて
芸術家の彼のことが…
自分自身の中で過去のモノとなりつつあるのを改めて認める。

私は自分から彼に深入りすることはもうないだろう。
なぜならば、このジュエリーは

芸術家の彼と私の出張合間にオフを合わせて…
日本全国のどこかで会う資金(自分の宿代やら洋服購入代やら)その資金を使って購入したのだから。

どうやらわたしは。
やっと
彼の芸術的な才能の魅力から
無意識に
少し離れた立ち居ちに立てるようになったみたいだ。

これが歳を重ねると言うものなのだろうか。

嬉しいような、不思議なような

このクオーレ(ハート)のペンダントに、幸せを乗せて、力強く突き進んでいくとしよう。

十年以上前の弱かった自分に…今の私を見せてあげたくなった。

昔よりはるかに逞しくなり、そして私の感性を、世界に認められた芸術家と
そして
ハードな環境に沢山鍛えられて、若かりし頃より少し垢抜けた、歳を重ねた女性の【わたし】が、その鏡の前に居た。

昔の自分みたいに初々しさは無くなったけど

私は今の自分が好きだ。

だから これでいい。

人生は色々あって面白い。

心よりそう思える相手に出会えて私は幸せだったのだ。

喜怒哀楽の感性をフル活用してきた私の約20年間の歴史お土産として

私はいつしか人目をひく年齢不詳という魅力を頂いていたらしい。

実は今までソレを言われるのがイヤだった。

でも。。
そろそろ自分に自信を持とう。

そう感じたら不意に涙がこぼれ落ちた。

この涙の意味はなんなのだろう。

今は亡き音楽師匠が生きていらしたとしたら
迷わず楽器持参で質問しに行くのになぁ

そう改めて感じていたら
私は改めてキチンと楽器を習い直したくなった。

歳を重ねということは、悪いことではない。

そう私は心から思う。

というよりも
100%心から思うようにした。

あんなに激しかった私が
今では円みを帯びて穏やかになっている。

環境と芸術家の彼に心より感謝である。

人生には無駄がないから面白い

これからも不思議楽しい歳になりますように。

新しい自分よ、こんにちは。

本日は久しぶりのオフ。
スタイリストさんのいる美容院に行くことにしよう、このクオーレペンダントを身につけて。

そう考えたらワクワクしだした。

どうやら私は
自分が感じている以上にたくましくなっているのかもしれない。

と。考えたまさにその時。
きっとそうだよ、と、背後からタイムリーに、亡き音楽師匠S先生の声が私には聞こえた気がした。

今は亡き私の音楽師匠S先生も
そして芸術家の彼も
そしてそして年老いて精彩を欠いた父も
…気が付いてみると…
みんな似ている。

私は今更ながら改めて認めた。
そして、そろそろ
父親を赦してあげようと…

そう心から思えたら気分が更に明るくなった。

やはり芸術家の彼の存在に私は感謝なのである。

…という今でも…
芸術家の彼からのメールは必ず入るし携帯が鳴り続けるけれど

私はもう
少し、距離をあけようと決めた。
自分自身のために。

人生は体験しないと解らないこともある。

頭の中だけではなく。
私は生身の人間であり動物なのだから。

そう改めて悟った今日でありました。
将来の自分は
今の私を見てどう思うのだろう
なんだか楽しみになってきた。