林道小菅線にブロンプトンをつれて(その5) | 旅はブロンプトンをつれて

旅はブロンプトンをつれて

ブロンプトンを活用した旅の提案

(矢花付近から見える大菩薩嶺)

小菅村役場の前から、大丹波峠を越えて丹波山村へと抜ける山梨県道18号線を右に分け、駐在所の前を通って小菅林道方面へと同県道508号線を直進します。

交番じゃないということは、駐在さんがいらっしゃるということです。
この時点での標高は661mです。
さて今日はどこまで登ることができるのやら。
すぐ先の比較的新しい「きぼう橋」手前で、昔ここが矢花という地名だったいわれが書いてありました。
それによると、940年の承平天慶(じょうへいてんぎょう)の乱、いわゆる平将門の乱の際、大月市土室(バスに乗ってきた葛野川上流、現在の松姫湖付近)から山を越えて小菅村に逃れてきた将門が、川久保(小菅小学校付近)に陣取った朝廷の討伐軍から矢を射かけられ、その矢が土や岩に刺さって花のように見えたからこの名前がついたということです。
たしかに将門は上野国までをわが物としたらしいですが、本拠地の下総国猿島(現在の坂東市あたり)からこんな西の山の中まで軍勢を出していたとは知りませんでしたし、京都から征討軍が入ってきたというのも驚きです。
ただ、伝説と断りがついているので、同調者や家来の話なのかもしれません。


きぼう橋を左に見て、小菅川沿いに橋立集落に向けて緩い坂を下ります。
正面奥には、大菩薩嶺の山が紅葉に赤く染まっています。
これから入ってゆく小菅林道は旧青梅街道です。
小河内ダム建設前、すなわち奥多摩湖ができる前、現在の奥多摩駅がある氷川の宿場から、そのまま多摩川源流方面へ向かって丹波(現在の丹波山村)から南の尾根筋へ取りついて大菩薩峠へと登ってゆく道(丹波大菩薩道)と、手前(現在の奥多摩湖深山橋付近)から左に折れて小菅川沿いの谷を詰め、最後に左岸尾根に取りついてフルコンバと呼ばれる、甲府盆地側と、奥多摩側双方の歩荷が荷物を交換した場所で丹波山村からの道と合流する小菅大菩薩道の二通りがありました。
(現在の柳沢峠に道が通ったのは1878年で、明治になってから)
昭和の初めの冬季に、在京の欧州人外交官が自転車を押し歩きして日川渓谷(甲斐大和駅)側から登って大菩薩峠の介山荘に宿泊し、小菅村へと下る手記を読みましたが、昔から山道が長くて大回りになるぶん距離も伸びる丹波大菩薩道より、登山道部分が比較的短く、車両が走れる林道が使えて全体的な距離も短い小菅大菩薩道の方が、往来は多かったようです。


通り過ぎてきた小菅村の中心部もそうでしたが、最奥の集落となる橋立も、製材所はあるものの、どこか峠越えを控えた旧街道の宿場という風情があります。

製材所の前を走り過ぎるとき、樹木の豊潤な香りが鼻をつき、ああ、山に来たのだなという気持ちになりました。
青梅街道は甲州街道の脇往還ですから甲州裏街道などと呼ばれ、材木や石灰の運搬のほか、関所改めが緩いことを狙って商人などが往き来していたようです。
村営バス(予約制)の橋立下バス停付近に、かつては酒屋さんがあったようで、グーグルのストリートビューを確認すると飲料自販機も確認できるのですが、2020年現在お店は閉まっていて、見当たりません。
やはりペットボトルの飲料を購入するなら、手前の小菅村役場付近が良いようです。
橋立集落のかなには一か所短いけれどきつい坂があります。
勢いをつけて登れるような長さではないので、途中から歯を食いしばりながら、「ひっ、ひっ、フ~」とまるで妊婦さんのような息遣いで登坂します。


ブロンプトンで山の峠越えをする場合、大抵の人は前のクランクを直径が小さくて歯数も少ない製品に、後輪のクランクは逆に直径が大きくて歯数も多いものに交換すれば、ギア比が変わって漕ぐときは軽くなるのですが、私は無謀にもクランクを一切いじらないノーマル50Tのブロンプトンで、これから山に突っ込もうとしています。
いや、本当は旧甲州街道に挑戦する前に改造しようかと考えたのです。
なにせ甲州街道は小仏、犬目、笹子、富士見にそのあと中山道に入れば塩尻と、知っているだけで4つも5つも峠があります。
そこまでゆく谷間の道だってアップダウンはかなりあるはずです。
でも、峠用にギア比を大きくすると日本橋から高尾まで、或いは甲府盆地の中や諏訪湖沿いなど、平坦路は漕いでも漕いでも前へ進まないということになりかねません。
そこで、まずは普通のブロンプトンでどこまでやれるのか挑戦してみようと思ったわけです。

この林道小菅線へのアタックは、そのテストケースとしておこなったもので、最初から大菩薩峠越えをしようなんて大それたことは考えていませんでした。

そのあたり、私はまだまだヘタレなブロンプトン乗りです。

橋立集落の中にある急坂の途中で右に入ると、1478年創建の橋立八幡神社があります。
ここは今から200年前に村に疫病が流行ったときから、毎年8月の第二土曜日に獅子舞とお神楽が奉納されるそうです。
坂を登り切ると同じく左側に熊野神社があります。
そこから200mくらい進むと左手に橋立上バス停を認め、ここで橋立集落はおしまいになります。
集落を過ぎるとまた下り坂になります。
急坂を登ったばかりなので、自転車乗りとしてはちょっと勿体ないような気がするのですが、山道は昇降あって当たり前だし、これがまた良い運動になるのです。
秋も深まってくると、こういう道はメリハリがつきますし、のぼりで汗をかいても下りで少しだけ涼しい気持ちになりますから。
それに、平らな部分や下り坂があると、周囲を観察する余裕が出てきます。
下り坂の途中には、「この先7㎞行き止まり、白糸滝雄滝あり」と看板が出ています。
丹波大菩薩道は40年前に歩いて越えたことがあるので、この先の山深さは先刻承知です。

下り坂もすぐ先のバンガロー入口で登り坂に転じます。
上橋立バス停からちょうど1㎞進んだところで、右手に大丹波峠へのぼる林道を分けたところから未舗装路に入ります。
ここで標高は750m。
小菅村の駐在所前から90mも登ってきた計算になります。
小径折りたたみ自転車のブロンプトンは、いわゆるダートは苦手中の苦手です。
車の車輪によって転圧されていれば何とか乗って登れないこともないのですが、拳大の石が巻いてあると、小さな前輪では乗り越えられなかったりします。
仕方なく、両足がつく程度にサドルを下げて乗ろうとすると、これが窮屈でペダルが重すぎて全然前へ進みません。

結局一部区間は無理しないで押し歩きすることになるのですが、登り坂ですから押し歩きでもかなりの運動量になります。

時折猿なのか、雉なのか、「ケー」とか「キー」とか(犬は無いと思います)動物の鳴き声が谷間に響きます。
以前の自分だったら薄気味悪く感じたのかもしれませんが、ブロンプトンに乗るようになってから、旧道走破も含めて山に頻繁にゆくようになったので、最近は「おお、賑やかだな」と思うだけです。

気分はプチ桃太郎で、「これから我が心の中に巣食う、煩悩なる鬼退治に参らん」という感じでしょうか(笑)
野生動物はクマも含め、こちらがオートバイや車など、人間の傲慢な都合による騒音を出す乗り物で入ってゆかない限り、歩いたり自転車に乗ったりしている人は殆どスルーされている気がします。
向こうにしてみれば、人間が余計な音もたてずに通過している分には、邪魔だとは思わないのかもしれません。

もちろん、ここにいますよと知らせるために、フロントバッグに鈴はつけてあります。

それでも、秋の山は紅葉が美しく、こうして林道から歩きながら上を見上げるていると、透かし絵の幻灯機を見ているような気分になります。
また、光が届かない杉の植林帯の中を抜けるときも、ちゃんと手が入って間伐や枝打ちをしつつ、下草を刈ったりしていればそんなことはないのでしょうが、そのまま放置していると地表が荒れて行って表土を押し流しているような箇所も散見されて、ああ、こういう状態がまた土砂崩れや鉄砲水、山体崩落の引き金になるのだと実感します。

その分、手入れをされている方には感謝です。
そして植林帯を抜けて自然林に近い山肌をゆくときは、色とりどりの葉だけではなく、木の実もあちこちに実ったり落ちたりしていて、新緑の季節よりも秋のこの時期の方が山の豊かさを実感できると感じます。
また、都会や旧街道のように車が並走する環境でゼイゼイ言いながら自転車を漕ぐよりも、こうして一人山奥の森の中で、お腹の底からいっぱいに新鮮な空気を大きく吸ったり吐いたりを繰り返していると、身体の中の細胞一つひとつが血液を通して新鮮な酸素を取り込んで、活性化してゆくような気持になります。
そうすると、二酸化炭素を取り込んで酸素を生産してくれる山の樹木や植物と、共生的に一体になっていると感じ取れるのです。
それにしても、まだバスを降りてから1時間ちょっとの8時過ぎですから、清々しいことこのうえありません。


こんな感じで小菅川左岸の山の斜面を、いくつかの枯れた沢を巻きつつ登ってゆきます。
急な坂は押し歩き、ちょっと平坦になったら少しだけ自転車に乗って、を繰り返して2.2㎞ほどゆくと、未舗装路はいきなり簡易舗装に変わります。
オフロード車のオートバイに乗っていたから知っているのですが、山奥の先で行き止まりになっている林道でも、林業の管理や、砂防ダムの建設などがあって、いったん未舗装路になったその先で、また舗装路に出るということはそう珍しくはありません。
とくに小菅林道のように、奥に滝があって観光資源として村が活用しているような場合はなおさらです。
私もここまで2台くらい車に抜かれましたが、うち一台は私のことを地元民と勘違いしたのか、「この先に滝があるのですか?」と追い抜きざまに尋ねてきました。
『いつも車ばかり利用していると足が退化してゆきますよ』と内心で思いつつ、若い頃にオートバイで来たことを思い出し「ええ。でも駐車場から滝までちょっと山道を歩きますよ」と答えます。


簡易舗装路になって、道は比較的平らになり、すぐ先で白糸の滝駐車場に出ますが、肝心な滝の入口はまだ先なので、お手洗いの用事がなければ通過します。
そして舗装路に戻ってから400m、駐車場から200m先に白糸の滝入口を認めます。
ここまで上橋立バス停から3.7㎞、標高は851mなので小菅村の中心から標高差で190m登ってきたことになります。
けっこう汗をかいていますが、空気がきれいなせいでしょうか、全然気にならず、むしろフィトンチッドによって身体が内側から癒されたような感覚です。
やはり山奥での運動は精神修養に良いのではないでしょうか。
次回はここ白糸の滝から、さらに奥の滝をご案内したいと思います。