最近気になっていること
なおそうとしても、つい口から出てしまう言葉
『すみません』
すみません、を1日に何度も言ってしまう
お昼にお弁当を買いにいって、
おつりをもらうのに
「あ、すみません」
エレベーターを降りるとき、ドアを開けてもらっていたら
「すみません」
お花を買うときさえ、
「すみません、〇〇ありますか?」
謝る場面でもないのに、
ありがとうございます、や、こんにちは、と言えるところでも、
つい「すみません」と口から出てしまう
ありがとうを言おうとして、
「すみません、ありがとうございます」
になっちゃったり
なぜこんなに謝ってしまうのか。。![]()
ひとこと目にすぐ、
「すみません」
と言ってしまうのを、やめたい。。。。
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ふと思う
わたしの母はとても物腰の柔らかい、謙虚な人で、
いろんな人から「ユエさんのお母さんはとても優しいね」と言われる
まだ小さかった時に敬語でちゃんと話しができること褒められたりして
それは母のおかげだと思う
母の言葉を自然に真似していたような
そして母は「すみません」と言う言葉をよく使っていたようにも思う
いつも周りの人を不快にさせないように振る舞っていた
なんでお母さんはこんなに腰が低いんだろう、と子供ながらに思っていたけれど、
母の振る舞いがわたしに与えていた影響は絶大だったようで、
大人になったわたしはまるで母のようになっている気がする
わたしは父のようにマイペースに自分勝手に生きてきたと思ったのに(そういうところもある、もちろん)
性質は母に似てきているみたい
全部を母のせいにしたら、母がかわいそうね笑
わたしの今まで生きてきた言動が、
「すみません」多発に繋がっているのよね
関わる人を嫌な気持ちにさせないように、
嫌われたくない、みたいな恐怖心があるのかな?
防御するように、
あらかじめ謝ってしまうわたし
かなり、とても意識的にならないと、
口癖をなおすのは難しい
今日もヤマト運輸のお兄さんに、
うっかりすみませんを言ってしまった
昔、30代のはじめ頃かな、
思ってもいないことを場の状況にあわせてペラペラ喋ってしまうことが嫌で、
口から出る言葉と、心の中で思っていることを一致させたいと思って、
反射神経で話すことを辞める練習をした
会話が始まったとき、
まず、落ち着いて考える
脊髄反射で話さない
わたしは何を考えてる?聞かれたことにどう感じた?
そして思っていることだけを、端的に話す
べらべら喋らないこと
話せば話すほど、心で思っていることと乖離していく気がして
「すみません」終了にも、それが必要だわ
もちろん謝る場面や、必要な時はいいんだけど、
挨拶がわりのすみませんは、もう本当に嫌。。
なんだか、いつも謝っていることで、自己肯定感が損なわれてる感じがする
母は、自己評価がわりと低いんじゃないかな、と思う
「わたしなんて」と謙遜することが多い
そんなことないのに
自慢の素敵な母なのに
年末に、直島に行った時の写真
地中美術館の入り口と、カフェからの海
綺麗だったな
深呼吸だ
心を落ち着かせて
思っていることだけを口にする
すみません、と口から出てくるのは、
そう思っているから
謝るのではなく、防御するのでもなく、
感謝の気持ちで、心を開いて人と接する



