午後、母の実家へ

母方の、おじいちゃん、おばあちゃんのお参り


同じ市内で、車で20分ほど




小さなころ、夏休みに泊まりにいったとき、蚊帳を張って寝たこと
ここにくると、思い出す


庭には立派な松の木


とてもきれいな枝ぶり


ちょうど和尚さんが、お経をあげにいらっしゃって、
それを聴く


厳かなきもち

お盆、なんだなぁ





お墓をひっこした、と言っていて、
せっかくだから寄る?と母が言い、
お墓まで

前は山の中にあったのだけれど、
車でいけるところになったと



車でほんの1、2分




とても見晴らしの良い場所


すてき





いまはお墓には、おじいちゃんもおばあちゃんもいないけれど、
(家にかえってるからね)
手をあわせる


墓銘をみていて、
母に、10ヶ月で亡くなってしまったお姉さんがいたことを知る


隠してたわけでもなく、特に言う機会がなかっただけみたい


いろんなことが、あるんだな


わたしが知っていることは、わたしの視点からみた、ほんの一部にすぎない







母の実家の、お仏壇にお供えされていた、
茄子牛と、胡瓜馬

わたしの家の地方ではこういうふうに呼んでる
ちなみに、母の実家では作るけれど、父の家(わたしの実家)では作らない

同じ市内でも、地域でちがう
ふしぎ



仏さま(おじいちゃん、おばあちゃん)は、
行きはきゅうりで作られた馬に乗って、はやくやってきて、
帰りはなすで作られた牛に乗って、ゆっくり帰って行かれる、と
母から教わった


これをみると、いつもなつかしい気持ちになる




死んだら仏になる、とか、
信じているにせよ、いないにせよ、
自然にそれが生活に溶け込んでいる

風習ってすごいな

毎年、同じ日に、同じことを、行う
なんの疑問もなく

それはすべきことなのだ
考えることではなく





わたしのなかの神さまを信じるように、
信じれば本当になる




きょうも良く晴れて、
暑くて、
入道雲がきれいな空だった